【為末大さんインタビュー】走る哲学者が辿り着いた、学びを極める方法
羽生善治氏や山中伸弥教授といった人物に会い、書き上げた新著『熟達論 人はいつまでも学び、成長できる』。どのようなプロセスを経て人は“熟達”へと至るのか。著者である為末大さんに伺った。
取材・文/黒田創 撮影/小川朋央
初出『Tarzan』No.862・2023年8月3日発売
人は5つのプロセスを経て熟達に至ると思っています
元陸上選手の為末大さんの新著『熟達論 人はいつまでも学び、成長できる』が今、話題になっている。
『熟達論 人はいつまでも学び、成長できる』
侍ハードラーと呼ばれ、オリンピックや世界陸上で活躍した著者。現役引退後に指導者やコメンテーター、会社経営など幅広く活動し、さまざまな分野の達人と対話する中で考え、辿り着いた「いかに学ぶべきかの方法論」を自らの手で書き上げた一冊。1,980円。
現役時代、そのあくなき探求心から「走る哲学者」と呼ばれ、引退後何冊もの本を書いてきた為末さんだが、同書はどのような位置づけの一冊なのだろうか。
「現役を引退したときに“いつか現代版の『五輪書』を書きたい”と目標を立てました。『五輪書』は宮本武蔵が剣法の奥義を記したもので、どんな世界にも通じる勝負論です。
僕は昔からこの本や能楽の理論書である世阿弥の『風姿花伝』などを読み、競技者としての学びとしてきたのですが、どんなジャンルにおいても古今東西、成長するためのさまざまな要素があるなかで、それらを統合した僕なりの学習論のようなものが書けないかと考えたのです」
為末さんは羽生善治氏や山中伸弥教授といった人物に会い、その学習過程を聞くことにした。そこで、彼らは分野を超越して同じようなプロセスで学んできたのでは、と思い至ったという。
「熟達の過程には5段階あります。不規則さを身につける第1段階が“遊”、無意識に基本的な動きができるようになる第2段階の“型”、物事の関係や構造が理解できるようになる第3段階の“観”。そして中心を捉えて自在に動けるようになる第4段階の“心”、最後は自我をなくし、すべてにおいて解放される第5段階の“空”。
本書もこの順番で書いています。
段階ごとに習得の判断基準を明確に定めるのは困難ですし、時には各段階を行ったり戻ったりすることもありますが、熟達者の多くはだいたいこうしたプロセスを踏んでいるのかな、と思うんです。
こうしたことは今までぼんやりと考えてはきましたが、この本を書くにあたり、何人もの方に話を聞き、経験を振り返り、時間をかけて考えを整理してまとめることができました。自分の手で一から書き上げられたので、その意味ではとても満足しています」
為末さんは執筆段階で認知科学者や意識研究の専門家などにも読んでもらい、多くのフィードバックを得て書き進めたという。そうしたスタンスは、学生時代から専属のコーチをつけることなく試行錯誤を繰り返し、いろんな人の考えを聞くなかで世界レベルに到達した、その歩みにも表れている。
そして、競技者として一線を退いた今なお、“うまくなること”に対する興味は一層深まっている。本書はその集大成的一冊だ。
「どんな分野も“空”のような無我の境地に至るのは決して偶然ではなく、基礎の習得があってこそ。皆さんにもそのエッセンスを感じてもらえればと思います」