汗をかかないと汗腺も衰える?夏前に知りたい汗の基礎知識
汗をかいて体温調節することは人が持つ優れた能力の一つ。夏=汗をかく季節の前に「発汗にまつわる基礎知識」を学ぼう。汗をかくメカニズムとは? 汗にはどんな種類がある?
取材・文/黒田創 イラストレーション/前田豆コ 取材協力/井上芳光(大阪国際大学人間科学部名誉教授)
初出『Tarzan』No.858・2023年6月8日発売
汗をかかないと汗腺も弱まる?
人は無意識のうちに汗をかく。
汗は脳からの指令が交感神経を通じ、汗腺に伝達されて出るようになっている。言わば、汗のかき方も自律神経のなせる業。汗には体内の有害物質を体外に排除する働きがあり、汗をたくさんかいた後に心地よさを感じるのは、副交感神経がより優位に働いているからといえる。
人間の深部体温は一定範囲内に保たれているが、これが可能なのは、暑さや運動場面で体内の熱を放散させる優れた発汗機能が備わっているから。しかし、現代の快適生活下では汗をかく機会が激減していると言っても過言ではない。
「常態化したリモートワークで運動の機会が減り、外出先もエアコンの効いた涼しい室内が当たり前。汗をかく機会が減れば、それだけ汗腺は弱まっていく。暑い夏も、弱まった汗腺ではしっかり発汗できず、熱をうまくカラダの外に放散できません」(大阪国際大学の井上芳光さん)
こうした状況が続くと、次第に自律神経が乱れ、汗のコントロールができなくなってしまう恐れがある。夏の暑さの中、いかに気持ちよく汗をかき、快適に過ごすのか。まずは発汗の仕組みから知ろう。
汗はどこからやってくるのか
汗は皮膚の下にある汗腺から分泌され、その99%が水分である。汗腺には全身ほとんどの皮膚の表面に存在する「エクリン腺」と、脇の下や乳首、下腹部などの毛根に開口部がある「アポクリン腺」の2種類があり、前者は主に体温調節のために汗を出す役割を持ち、後者の汗は微量で匂いを発散する役割を担っている。
エクリン腺とアポクリン腺
エクリン腺では血液の血漿を元に汗の原液が作られ、ほとんどが水分のため分泌直後は無味無臭。一方のアポクリン腺は脂質やタンパク質など匂いの元となる成分を含み、出る汗はやや濁り気味。もともと異性を惹きつけるフェロモン的な役割も担っている。
次に、脳とエクリン腺の関係。
「視床下部にある体温調節中枢には絶えず深部体温や皮膚の温度情報が送られているのですが、それらを統合して視床下部が“暑い”と判断すると、すぐ熱を放散するよう指令が下ります。1つ目は皮膚血管の拡張、もうひとつが“汗をかけ”という指令です」(井上さん)
特に夏は後者の「汗かき指令」が重要で、その結果として汗が作られて体表面に現れると、気化熱によって体内の熱が取り除かれる仕組み。
発汗のメカニズム
視床下部が「暑い」と判断すると、皮膚血管を拡張するよう指令が下り、皮膚に血液が集まり体表面の温度が上昇。外気温との差で放熱される。汗腺は発汗の指令を受け、アセチルコリンが放出されてエクリン腺に汗の原液を作るよう刺激を与え、発汗する。
汗には大きく3種類ある
多くのケースでは気温や湿度、運動などの影響で体温が上昇し、それを下げるべくたくさん汗をかく。これは「温熱性発汗」と呼ばれるものだが、それ以外でも汗をかく場面はある。
「激辛ラーメンを食べた時などに、頭皮や額からダラダラ流れ出る脂汗。これは“味覚性発汗”と呼ばれ、辛み刺激で反射的に汗が出るもの。レモンや梅干しといった酸味の強いものを食べた場合も同様の作用が起こります」(井上さん)
もうひとつは贔屓のチームがチャンスを迎えたり、ピンチに追い込まれた時、また試験や面接の前などに出る汗。これは「精神性発汗」で、緊張や危険を感じた時に手のひらや脇の下、足の裏といった特定の部位に汗をかくのが特徴。
「手に汗握る」「冷や汗をかく」といった言葉はこれに由来し、ウソ発見器もこのメカニズムに基づいて作られている。
このように、同じ汗でも原因によって出方や発汗部位が異なるが、この3つのケース以外の状況で汗が異常に出たり、止まらなかったりした場合は、「多汗症」の可能性がある。これは自律神経が乱れて常に交感神経が活性化している自律神経失調症の症状の一種である。
味覚性発汗
香辛料が効いた辛いものや、すっぱいものを食べた時に、鼻や額など主に頭部にかく汗。味覚の刺激によって反射的に起こるため、食べ終わると汗もただちに引くケースがほとんど。
精神性発汗
緊張した時や驚いた時、動揺した時など、精神的な刺激に伴って出る汗を指す。部位は手のひらや足の裏、脇の下など局所的で、短時間のうちに発汗する。冷や汗もこれに含まれる。
温熱性発汗
暑い時や運動した時に、上昇した体温を下げるための汗。手のひらや足の裏以外の全身から絶えず発汗するのが特徴で、暑い日に激しい運動を行うと1時間に2Lほどかくことも。
「いい汗」と「悪い汗」
運動後などに思わず「あ~、今日はいい汗かいた!」と口にした経験は誰しもあるだろう。医学的に「いい汗」「悪い汗」は存在しないが、強いて言うならどんな分け方になるのか。
井上さんによる分類は下の通り。素早くスッと出て、ボトボト落ちず、しょっぱくないサラサラとした汗が「いい汗」と定義づけられるという。
逆に舐めるとしょっぱく、なかなか引かず、乾いてもベトベトしているような汗は「悪い汗」。これは汗腺機能の衰えに起因するケースが多く、運動で汗をかく習慣をつけることで機能を回復できる可能性が高い。
Good
- サラサラしている
- 乾きやすい
- しょっぱくない
- 小粒でボトボト落ちない
- スッと出る
Bad
- ベトベトしている
- 乾きにくい
- しょっぱい
- 大粒でボトボト落ちる
- スッと出ない
運動とサウナ、かく汗に違いはある?
ブームを超え、多くの人の生活に定着したサウナ。足繁く通う人も多いと思うが、サウナと運動とでは、かく汗の成分が違ったりするのだろうか。
「そんなことはありません。サウナや暑熱環境においては、温熱性要因だけで汗が誘発され、運動時は温熱性要因に非温熱性の要因が加わって汗が誘発されるため、同一の深部体温時にサウナよりも運動の方が汗の量は若干多くなりますが、汗に含まれる成分はいずれもほぼ同じです」(井上さん)
また、サウナで痩せることもない。
「大量の汗をかけば、直後の体重は確かに減りますが、これは脱水症状に陥っているだけ。その後水分を補給すれば減量には結び付きません。真に減量したければ、カラダの脂肪を落とすしかないのです」