気持ちのいい一日を送るための「朝と体内時計」の話
朝は苦手…、というあなた。それは人生の大損だ。本来、朝の脳やカラダはその日一日に必要なエネルギーを最も効率的に使う準備を整えた、すっかりスタンバイOKの状態だからだ。その根拠となるキーワードは体内時計。カラダに備わった時計を正確に動かせば、生活のパフォーマンスを上げ、不調を取り除き、病気のリスクを減らし、太りにくい体質になることも可能。その科学的根拠をとくとご覧あれ。
初出『Tarzan』No.854・2023年4月6日発売
取材・文/石飛カノ 撮影/五十嵐一晴 スタイリスト/津野真吾 ヘア&メイク/村田真弓 取材協力・監修/南陽一(東京大学大学院医学系研究科特任准教授、ERATO上田生体時間プロジェクト研究推進主任[技術])
目次
朝のカラダは着々と活動の準備を整えている
日が昇ると鳥がチュンチュン鳴き、植物はザザッと水を吸い上げ、犬はクンクン鳴き、人はパッチリ目覚める。毎朝のこの現象は一定のリズムに則って繰り返されている。
細菌を除くほぼすべての生物には1日単位で時を刻む「体内時計」が備わっている。ざっくりしたリズムは下に示した通り。
ヒトの体内時計が刻むカラダのリズム
起床前後にはコルチゾールが分泌され、血圧や体温が上昇。カラダは覚醒モードに導かれる。就寝後はその逆の休息モードへ。
この体内時計が毎朝目覚めるきっかけを与えてくれるのだ。東京大学大学院特任准教授の南陽一先生は次のように言う。
「体温、血圧、心拍数、自律神経、ホルモン、いろいろなものがリズムを持っています。体温は眠るときに下がって覚醒時には上昇し、1度くらいの変化を示します。カラダを活性化するコルチゾールというホルモンは朝方に上昇し、覚醒後にまた少し高まります。目覚まし時計の助けなしで起きられる人は体内時計のタイミングがうまく合っているからだと考えられます」
朝のカラダは体温が上がり覚醒モードにシフトしつつあるアイドリング状態。次の活動に向けていつでも行動できるよう、着々と準備を整えている状態なのだ。さあ、そろそろ起きようか。
体温、血圧、ホルモンの1日24時間の変化
体温は午前6時頃から急上昇し、日中から夕方にピークを迎える。血圧やコルチゾールの分泌量は睡眠中に最も低い状態になり、深夜から起床のタイミングに向けてかなり急激に高まっていく。
朝スタートを切るためのカラダの内と外の条件
おはよう。目覚まし時計が鳴る直前に起きられたのは、コルチゾールがうまい具合に分泌されたおかげ? それもあるが、実は今日は朝一番から大事な会議が予定されていて絶対に寝坊ができないから。
「カラダはひたすらリズムを刻んでいますが、その要因はカラダの内と外にあります。カラダの中にあるのが体内時計によるサーカディアンリズム(概日リズム)で、外にあるのは太陽の光や食事、社会生活を営むための人工的に与えられた時間のこと。体内の時刻と体外の時刻が嚙み合ってカラダの準備が整うことで、私たちは健全に生きていくことができるのです」
体内時計が狂っていては快適な朝どころではないし、たとえ体内時計が正常でも予定や制約がまったくなければどこまでも自堕落になれる。カラダの内と外の時計に大きなズレはないか? 今日の朝は二度寝してしまったという人、そこそこズレている可能性あり。
リズムのカギを握るのは脳とカラダの体内時計
脳の視床下部という部位に視交叉上核という小さな神経の塊がある。その名の通り、両目から脳に延びる視神経が交叉する場所のちょっと上。
ここが哺乳類の体内時計の中枢、マスタークロックだ。分子レベルで言うと、神経細胞にあるいくつかの時計遺伝子がタンパク質の合成・分解を繰り返すことでサーカディアンリズムが作られている。
「その昔は視交叉上核だけが体内時計だと思われていました。でも時計遺伝子の発見によって、それらの遺伝子が脳だけでなく全身でリズムを刻んでいることが分かったのです」
マスターは視床下部、サブは全身の細胞に
主時計=マスタークロック、末梢時計=サブクロック。全身のほぼすべての細胞には時計遺伝子が備わっていて独自のリズムを刻んでいる。全身に時計システムありと言ってもいい。
視交叉上核をマスタークロックとすると、全身でリズムを刻む時計はサブクロック。肝臓や腎臓などの臓器はもちろん、皮膚、骨、筋肉、脂肪といった各細胞にも時計遺伝子が備わっていて、強弱はあれどそれぞれのリズムを刻んでいる。
さらに、マスタークロックは朝の光に影響され、サブクロックは主に食事の影響を受けることが分かっている。
脳の時計はより正確でカラダの時計は狂いがち
さて、全身に体内時計が備わっているそもそもの理由は、地球の自転リズムに合わせて行動する方が生存するのに有利だから、と考えられている。とはいえ、体内時計は地球のリズムにばっちりシンクロしているわけではない。
「サーカディアンリズムは24時間より少し長いリズムを刻んでいます。このため、外部からの時刻の情報がないと一日の長さが長くなっていきます。毎日修正をかけなければそのズレは大きくなる一方。
主時計(視交叉上核)は光でズレを修正することができて正確に機能します。これに対して全身の末梢時計は狂いやすいというのが特徴です。喩えて言うなら主時計はオーケストラの指揮者、末梢時計はそれぞれ異なる楽器の奏者です」
実際、下のグラフの通り、指揮者不在の状態になると、奏者である全身の時計はリズムを失う。地球で生きていくためには不利な状態となってしまうのだ。
末梢時計は主時計なしには機能しない
正常なマウス(上)と主時計を壊したマウス(下)の末梢時計のリズム。指揮者がいれば、多くのマウスの臓器の時刻は同じ時間(上)。指揮者がいないと、マウスによって臓器の時刻はばらばらになる。
体内から取り出しても主時計はリズムを刻む
上は生体内での視交叉上核が刻むリズム。下は生体から取り出して培養した視交叉上核の細胞が刻むリズム。体内から取り出した後でもなお、力強くリズムを刻んでいる。主時計はかように正確に機能しようとする。
食事時間に合わせて時計のリズムは変化する
狂いやすい末梢時計をコントロールするにはどうするか? カギとなるのが食事による刺激だ。たとえば、マウスの興味深い実験がある。
「本来夜行性のマウスは昼間に食事をしませんが、日中の同じ時刻に食事を与えるとだんだん食べられるようになってきます。ごはんが来るぞという時間帯を覚えて活動するようになるのです。カラダ全体のリズムを司る主時計とは別に、末梢の時計は食事のタイミングに合わせてリズムを刻み始めます」
下のグラフはマウスの別の実験で、輪回しをすると食事がもらえるよう条件づけをすると、マウスはやがて日中に活動し始めるようになるというもの。
食事条件でマウスの活動時間が変化
左は通常の飼育条件。右は輪回しをするとエサがもらえる条件。エサをもらえる輪回しの回転数を上げていくと、マウスは活動時刻が前倒しになり、夜行性から昼行性化するという結果に。
このように末梢時計は食事時間に合わせて時計をリセットする。となると、主時計が光でリセットされるタイミングに合わせて朝食を摂れば、オーケストラはきれいな音色を奏でられるはず。
体内時計が乱れると死亡リスクが高まる?
すっかりリモートワークだから朝起きられなくたっていいし、ちょっとくらい体温が低くても問題ないし、夜中のラーメンはやめられないし。
いや、そんな呑気な話ではない。体内時計が乱れることイコール不調に繫がることが分かっているのだ。
「一日の明暗周期をずらしてマウスを飼育した実験があります。4日ごとに8時間明暗周期を前倒しさせた場合と7日ごとに8時間後ろ倒しにした場合とでは、前者のマウスの方が早死にする傾向が見られました。人の場合も、シフトワーカーや時差のある地域を頻繁に旅している人に不調が起こることは疫学的に分かっています」
ハードな明暗環境では死亡率が高まる
規則正しい明暗環境で飼育したマウスの平均寿命は約2年半。7日ごとに明暗環境をずらした環境では300日を越えたあたりから生存率が低くなり、4日ごとにずらしたよりハードな環境では200日を越える前に生存率が低下した。
時計そのものが原因で早死にするとは言えないが、脳やカラダのリズムが乱れた状態が続くと不調が起こり、結果的に死亡率が高まると考えられる。
起きる時間や食事時間がバラバラでなんだか調子が悪い? それ、放っておくとヤバいことになりますよ。
歳をとるごとに時計のメリハリは低下する
とくに健康に興味はないけど、朝はシャキッと起きて日中バリバリ働き、夜はぐっすりと深い眠りにつける。こういう人はおそらく、脳とカラダの時計が地球の自転にばっちりシンクロしている。
10年前まではそうだったけど今はシャキッと起きられないし、ぐっすりとは眠れない。中年期を迎えたそんな人は加齢による体内時計の変化に見舞われているかも。
「加齢が進んでいくと体内時計のリズムは弱くなり一日のメリハリが失われていきます。末梢時計はもちろん、主時計のある視交叉上核の働き自体も弱くなっていきます。とくに中高年以上は光や食事など外部の条件を利用して、自らの時計をコントロールする必要があります」
下のグラフをご覧の通り、高齢者の日中の覚醒活動ははかばかしくなく、睡眠も浅く、一日のリズムが短いため早朝から覚醒してしまう。50代以降はその予備群に突入している可能性もある。
加齢による体内リズムの変化
若年者に比べて高齢者の覚醒活動や視交叉上核のリズムは振幅が小さい。体内時計の時刻は前倒しになり一日がやや短くなる。
気分が晴れない、カラダが重い、仕事のパフォーマンスが落ちた。もしかして、体内時計と地球の自転リズムにズレが生じているせいかもしれない。何もしなければ時計のズレは増すばかりだ。
気持ちよく起きられないのは社会的時差のせいかも
では、早起きすることはすべての人にとって正解か? 実はそうとも言い切れない。
「一日のうちで最も活動的な時間帯は人によって異なります。これをクロノタイプと言いますが、自分が朝型なのか夜型なのか、クロノタイプの見極めをすることが重要です。数日間、同じような時間に気持ちよく起きられれば、それがその人のリズム。また平日の朝に起きるのが辛いという場合、ソーシャルジェットラグに陥っている可能性もあります」
ソーシェルジェットラグの和訳は社会的時差ボケ。
入眠から起床までの中央時刻を平日と週末で比べ、3時間以上の差があったら「時差ボケ」状態に陥っているかもしれない。平日の外部時間と体内時計がズレているので気分よく起きられないのだ。
ソーシャルジェットラグとは?
就寝・起床時刻の中央の値の平日と休日との差を「ソーシャルジェットラグ」という。これが大きくずれている場合、普通に暮らしていても「時差ボケ」状態に陥っているかもしれない。
対策としては平日と週末の生活パターンをできるだけ同じにすること。平日11時に寝て朝6時に起きるなら、週末は12時に寝て朝8時には起きる。そんな習慣をつけよう。
【結論】体内時計のリセットに一番効くのは朝
いい時計を持っていても時刻が早まっていたり遅れていたら意味がない。それと同様、せっかく備わっている体内時計が乱れていたら宝の持ち腐れというもの。体内時計の性質上、毎日リューズを巻き、時刻をリセットする必要がある。
マスタークロックのリューズは朝の光、サブクロックのリューズは朝の食事。つまり、すべてのカギは朝の習慣にあり。毎朝のちょっとした工夫で、時計の針を合わせるべし。