目次
オン|欧州のスタンダードを常に意識しながらの筋トレ
「ドイツでは入念な筋トレは週頭の2日間ほど。チームのメニューに入っていることもありますが、基本的には全体練習後に個別で行うことが多いです。それ以降は週末のリーグ戦に向けてスピード系のトレーニングに変わっていきます。
筋トレは量よりも質。
ヨーロッパでプレーするうえでは当たり前のようにフィジカルコンタクトを増やし、かつそこで勝つことが常に求められるので、自分のカラダがその高い要求に応えられるようウェイトも体幹トレもいろいろと試行錯誤しながらメニューを組み立てます。
当たり負けしないカラダは欧州サッカーのスタンダードでもあるので、技術面の練習と同じように継続性を意識しています」
(田中碧選手)
オフ|読書や散歩で、サッカーから頭を切り離す時間を大切に
「週末の試合でより良いパフォーマンスを発揮するためには、サッカー以外のことに考えを巡らせることも大事。ドイツに行ってからはそれをより実感するようになりました。
だからオフの時間は積極的にデュッセルドルフの街に出て散歩したり、家で読書しながら過ごしています。
特に本を読む時間は日本にいるときよりも増えました。読んでいるのはもっぱら経営者の方の自著など。
フィールドは違えど、その道で成功された人たちの人生経験や考え方を知ることで自分のサッカー選手としての立ち位置を俯瞰して見られるようになったといいますか、より明確なテーマや課題を持って日々の練習と向き合えるようになったと思います」
(田中碧選手)
田中選手の愛読書
サッカー界きっての読書好きとして知られる田中選手の代表的なバイブルがこちら。
昭和43年の発刊以来、累計550万部超えのロングセラーとなっているパナソニック創業者・松下幸之助著『道をひらく』(PHP研究所)と、京セラやKDDIを創業し、日本航空の再建にも尽力した稲盛和夫著『考え方』(大和書房)。日本を代表する名経営者の言葉から常々インスピレーションを得ているそうだ。
カラダと頭脳の調和がピッチで最高のパフォーマンスを引き出す
守備では優れた洞察力と危機察知能力で相手ボールを奪取し、攻撃に移るや正確なパスワークでチームに推進力をもたらす。
そんなインテリジェンス溢れるプレースタイルからも、田中碧選手といえば“頭脳派ボランチ”の印象が強い。しかしながら、知性は強靱なフィジカルとメンタルが伴ってこそ最良の形で“機能”することを彼はよく知っている。
「サッカー選手として一番大事なのはやはりメンタル。次にカラダが来て、最後に頭なのかなと。心とカラダがいい状態にあってこそ、思考が研ぎ澄まされる感じがしています」
頭脳とカラダの関係性については、独特の表現でこうも語ってくれた。
「もちろん考える力はトップレベルで戦うために必要不可欠。それでも自分のパフォーマンスを最大限に発揮できていると一番実感できるのは、無意識にカラダが動いているとき。そういうときは集中力が“考えること”を超越したところに達しているといいますか、いい意味で頭の中が空っぽになっている感じですね」
そこが田中選手にとっての、いわゆる“ゾーン”。その状態に入るために彼が何より重視しているのは「準備」。その最たる要素が筋トレだ。
筋トレも思考力が大事。自分自身でクリエイトする
「筋トレは日本の選手の中でもかなりやるほうですね。プロに入ってすぐの頃から他の選手たちと比べて体格面で大きな差があることを自覚していましたので、そのギャップを埋めるために始めて以来、ずっと自分のペースでやり続けています」
やらされるのではなく、自分で考え、一歩先をイメージしながらやる。それが田中碧流の筋トレスタイル。
「川崎フロンターレ時代から、フィジカルコーチから与えられたメニューをこなすだけでなく、自分に何が必要かをきちんと考えながら取り組まないと身にならないと思い、いろんなところから得た知識を元に自分でアレンジするようにしていました。
何より大事なのは試合でいいパフォーマンスを見せること。
そこにしっかりと焦点を当てて、日ごと、週ごとに、例えばカラダが重く感じる時はウェイトを減らしてスピード系のトレーニングを重視しようとか、常に自分のカラダと対話しながらアップデートさせてきました」
早くから意識高くトレーニングに取り組んできたのも、全てはヨーロッパでのプレーを見据えてのこと。
「フィジカルコンタクトの多さはヨーロッパサッカー特有の文化。どの国のリーグもぶつかりに行くことを怖がる選手はまずいませんから。Jリーグでプレーしている頃から、やはり世界で戦うためにはその領域でも勝ちに行かなくてはいけないという意識は昔から強かったですね」
成果はご存じの通り。2021年夏にドイツ2部のフォルトゥナ・デュッセルドルフへ加入するやすぐにフィットし、今やチームに欠かせないピースとなっている。
オフの読書は欠かせないインスピレーション源
さて、そんな田中選手のドイツでのサッカーライフをさらに充実させているのが、オン・オフの切り替え。現地でその重要性を再確認したそうだ。
「日本ではいろんな人としゃべったりする機会も多かったから自然とサッカー以外のことを考える時間も得られていましたが、ドイツに行ってからは思いのほか暇な時間が多くて(笑)。
もともと放っておくとサッカーのことばかり考えてしまうタイプの僕としては、よりいっそうオンとオフを意識して分けないと頭が疲れてしまうことに気づいたんです」
前述のようにオフはもっぱら散歩か読書。なかでも読書は、ドイツでの生活において欠かせないライフワークだ。
「本の面白さに目覚めたのは中学生の頃。誰かの知識が自分の中に情報として入ってくる、その新しい世界が開けた感覚にすごく楽しみを覚えてしまって。もちろん映像から何かを得ることもあるのですが、僕の場合は活字で自分の中に取り込んだほうがダイレクトに心に刺さります」
とりわけ近年は名のある経営者の著書に没頭することが多く、アスリートの自叙伝などはあえて読まないという。そこもまた彼らしい。
「どんな本も読んで終わりだともったいないので、その体験によって自分の中の何かを変えることが人として次のステップへの近道だと思って、いろんな人の考え方を取り入れてみています。
最近はよりスムーズにアウトプットできるよう、読み終えて気になったフレーズやその本の構成で面白かった点などをノートに書いて残しておくようにしていますね」
オン=筋トレでカラダと向き合い、オフ=読書で考える力を養う。
そのバランスによって田中選手が享受しているプラスアルファはピッチでのパフォーマンスアップのみならず。サッカー選手としての人生観そのものにも、こんな変化があったそうだ。
「何事にも動じなくなったというか、焦らなくなりました。周りにどう評価されようが“いずれ成功したらいいや”って。だって成長のスピードは人それぞれ。長くやれる人もいれば、短いけどそこで発揮できる人もいるので。
それこそサッカー選手は半年や1年そこらで置かれている状況が目まぐるしく変わりますけど、自分の中では28、29歳で全盛期を迎えられればいいなと。以前よりもゆっくり自分のサッカー人生を捉えられているかもしれないですね」
そう、昨年のカタールW杯での目覚ましい活躍も田中選手にとってはあくまで通過点。地に足をつけながら、視線はすでに次へ向けている。
「4年前はあの舞台に立っていることすら想像できなかったので、我ながらよく頑張ったなという感覚はあります(笑)。
とはいえW杯のベスト8を懸けた戦いに挑むに値する選手だったかどうかと問われると、まだその域に達していなかったなと。シンプルに、ここからさらに成長するためにもドイツでの挑戦をより意味あるものにしていきたいですね」