高平尚伸さん
教えてくれた人
たかひら・なおのぶ/北里大学大学院医療系研究科整形外科学教授。専門は整形外科学、リハビリテーション科学、スポーツ・運動器理学療法学。整形外科で対処困難な不調に対するセルフケアの重要性を説く。
筋膜は連続体として機能している
内臓、骨、筋肉など、カラダの組織はすべてファシアという膜状の結合組織で覆われており、筋膜は全身を覆うファシアの一部。そして、この筋膜はそれぞれ独立して存在しているわけではなく、連続体(ライン)として機能している。
「しかも筋膜はただ繫がっているだけではなく、ラインを通して力を伝えたり情報を伝達して影響を与え合っています」と言うのは、整形外科の分野で早くからファシアや筋膜、ラインに注目し、これらを意識したセルフケアを提唱している高平尚伸さん。
筋膜が担う「テンセグリティ構造」を見てみると、マストを支えるワイヤーの張力がバランスよく保たれているから強風でもマストは折れない。カラダの構造もこれと同じ。
テンセグリティ構造は、重力などの圧縮に耐えるパーツ(マスト)と、外からの力に対して抵抗力と復元力を担う張力を生み出すパーツ(ワイヤー)からなる。骨格という「第一の骨格」がヨットのマストなら、「第二の骨格」の筋膜はワイヤーに喩えられる。そしてこの筋膜というワイヤーは“テンセグリティ構造”の一翼を担う。
「筋膜の張力システムが崩れると骨を正しい位置に維持できなくなるので姿勢が悪くなり、動きにも偏りが出ます。普段よりも力を入れてカラダを動かさなくてはならないので疲れやすくなり、痛みや凝りの原因にもなるのです」
張力バランスの崩れは運動不足や悪姿勢、ストレスなどで筋膜の一部の滑りが悪くなっていることが原因。そこで今回紹介するのが、代表的な4つのラインを意識したストレッチプログラムだ。
代表的な4つの筋膜ライン
筋膜のラインはいまだ発見されていないものも含め、数多くあるとされている。ここで紹介するカラダの背面、前面、横、螺旋状に連なる4つのラインはどれも頭から足底に至る長い連続体。姿勢や動きに最も関連するラインだ。
すべてのラインを一度にストレッチすることで、カラダ全体の不調の改善やパフォーマンスアップに必ずや繫がるはず。
① バックライン
カラダの後ろ側を走るラインで姿勢を維持する役割を果たす。スタート地点は眉毛の上の前頭筋。ここから頭頂部を上って下がって脊柱起立筋に至り、骨盤を経由して太腿裏のハムストリングス、ふくらはぎの腓腹筋、足の裏の足底腱膜に至る。このラインのいずれかの緊張が高まると上のような関連症状が。
② フロントライン
バックラインと対の関係にあるカラダの前面を走るライン。後頭部の頭皮筋膜からスタートし、首の脇から鎖骨へ走る胸鎖乳突筋を経て胸の前を通り、腹直筋に至る。骨盤から下は大腿四頭筋、脛の前脛骨筋を通って足の甲から指先へ。下半身はとくに歩行に関わる筋肉群をカバーする。
③ ラテラルライン
頭から足底までカラダの側面を走るライン。カラダの左右バランスに大きく関係する。耳の後ろにある乳様突起からスタートし、前面の胸鎖乳突筋と後面の頭板状筋の二手に分かれて下降。胸郭を覆う内・外肋間筋で一体となり、外腹斜筋を経て太腿横の大腿筋膜張筋、腸脛靱帯から腓骨筋、足底に至る。
④ スパイラルライン
カラダを螺旋状にクロスして走行するライン。体幹の捻り動作や骨盤の傾斜に深く関わる。後頭部の頭板状筋からスタートし、肩甲骨内側の菱形筋から外側の前鋸筋へと繫がり、外腹斜筋、内腹斜筋を経由して逆側の大腿筋膜張筋、腸脛靱帯、前脛骨筋から足底に。そこからカラダの背面を上行して元の位置へ。
筋膜ストレッチのやり方
バックライン→フロントライン→ラテラルライン→スパイラルラインのストレッチを続けて1つのパッケージで行う。
パッケージのバリエーションは朝・昼・夕方・夜の4回。
朝の筋膜ストレッチ
朝一番の筋膜ラインストレッチはすべて動的ストレッチ。というのも、寝ている間は筋肉および筋膜は固まっている状態だから。反動をつけて行う動的ストレッチで血液循環を促し、筋温を上げ、筋膜の滑走性を取り戻すことが目的。4つのラインを整え、一日のパフォーマンスアップを狙おう。毎朝の習慣に。
バックライン|前屈ストレッチ(5回)
両足を腰幅に開いて立つ。両手を体側に垂らした姿勢から反動をつけて上体を前に倒し、両手を爪先に近づける。手を爪先に近づけることが目的ではない。背中、お尻、太腿裏、ふくらはぎまでの伸びを感じることが重要。
フロントライン|太陽礼拝ストレッチ(5回)
両足を腰幅に開いた姿勢からスタート。息を吸いながら反動をつけて両手を頭上に上げる。胸を大きく開き、余裕があれば両手をできるだけ後方まで持っていく。首から足首に至るまでのフロントラインの伸びを感じて。
ラテラルストレッチ|側屈ストレッチ(左右各5回)
両足を肩幅に開いて立つ。左手を腰に当て、右手を振り上げて頭上から真横に倒す。軽く反動をつけて5回繰り返したら、手のポジションを変えて5回行う。肋間筋周辺の筋膜が伸ばされることで呼吸が深くなる。
スパイラルライン|イチローストレッチ(左右交互に10回)
両足をできるだけ大きく開き、左右の手を膝に置く。爪先は斜め外側方向に。カラダを左側に捻りながら右肩を前に出す。次にカラダを右側に捻りながら左肩を前に出す。カラダを捻るときは背骨の腰椎から捻ることを意識。
昼の筋膜ストレッチ
日中、仕事の合間に行う筋膜ラインストレッチはすべて静的ストレッチ。デスクワークで固まった4つの筋膜ラインを全方位的にじっくり伸ばす。椅子や壁を使って行うと、より筋膜の伸びが感じられるはず。全部行っても10分とかからない。リモートワークの合間のブレイクタイムに取り入れてほしい。
バックライン|チェア前屈ストレッチ(3回)
椅子の後ろに立ち、椅子の背を両手で摑む。両足は肩幅。そのままカラダを前に倒す。できるところまで頭を下げたら20秒キープ。膝の裏をしっかり伸ばし切ること。キープ中、上体を左右に揺らすと肩甲骨まわりがより伸びる。
フロントライン|ウォールストレッチ(左右各3回)
壁のコーナーの前に立ち、左手を左の壁、右手を右の壁につける。左足を1歩前に出し、腕と脚をまっすぐ伸ばす。両肘と前脚の膝を曲げて腰を落とし、上体を壁に近づける。20秒キープ。3回繰り返したら足を入れ替えて行う。
ラテラルライン|首のストレッチ(左右交互に6回)
スマホやPCの長時間使用で負荷がかかるのは胸鎖乳突筋や頭板状筋。このラテラルラインの起点を伸ばす。椅子に座り、左手を右の側頭部に当て、首を左やや後方に倒していく。倒せるところまで倒したら10秒キープ。逆側も同様に行って計6回。
スパイラルライン|チェアツイストストレッチ(左右交互に6回)
椅子に浅く座って左脚を上にして脚を組む。左手で椅子の背を摑み、背すじを伸ばして左側に上体を捻って後ろを振り返る。20秒キープ。脚のポジションを変えて逆側も。背すじを伸ばして上体を捻ると前面のスパイラルラインが伸びる。
夕方の筋膜ストレッチ
気合を入れた運動に最も適しているのが夕方のタイミング。体内リズム的に一日のうちで最も筋温が高く、カラダの柔軟性も高いからだ。ならば、ストレッチだけでなく筋トレ要素も取り入れて4つの筋膜ラインの活性度を高めてみよう。リモートワーク日の習慣にすると、疲れにくいカラダが手に入るはず。
バックライン|ダウンドッグストレッチ(3回)
ヨガでいう犬の伸びのポーズ。両手を肩幅よりやや広めに開いて床に四つん這いになる。両足は腰幅。両膝を伸ばしてお尻を引き上げ、カラダの下に三角形の隙間を作る。手と足で床を押して顔と上体を脚に近づけ、10秒キープ。
フロントライン|ランジストレッチ(左右交互に6回)
立った姿勢から右足を1歩大きく前に出し、両手を頭上に上げる。両足の爪先はまっすぐ前方に向ける。右脚の股関節と膝を直角になるまで曲げて腰を落とし、顎を上げてできるだけ視線を上に向け、10秒キープ。脚を入れ替え同様に。
ラテラルライン|ウォール側屈ストレッチ(左右各3回)
壁の横で足を肩幅よりやや広めに開いて立つ。そのまま上体を真横に倒して両手を壁につける。次に両脚をクロスさせて10秒キープ。脚をクロスさせることでラテラルラインがより伸びる。3回繰り返したら逆向きで同様に。
スパイラルライン|体幹捻りストレッチ(左右各3回)
ヨガの捻りポーズのバリエーション。左足を前にして大きく足を開く。左膝を曲げた姿勢からスタート。上体を前に倒しながら捻り、右肘を左膝の外側にひっかけて10秒キープ。胸郭のラインが効率的に伸びる。3回行ったら逆も。
夜の筋膜ストレッチ
あとは寝るだけという就寝前のタイミングで行いたい筋膜ラインストレッチは、床に座るあるいは寝た姿勢で行う静的ストレッチ。じんわり筋膜ラインを伸ばして副交感神経を優位にし、快眠を得るためのプログラムだ。明日の朝の目覚めも良好になるはず。朝と就寝前のこのストレッチはとくに毎日の習慣にしてほしい。
バックライン|床前屈ストレッチ(3回)
両脚を伸ばして床に座る。両手は太腿の上に。手を前方に伸ばし、爪先に近づけるようにしながら上体を倒す。10秒キープ。バックラインのうち、とくにハムストリングス周辺が伸びる。上体を倒すときは股関節から曲げるように。
フロントライン|上体起こしストレッチ(3回)
床にうつ伏せになり、両手の掌を胸の横で床につく。肘を伸ばしながら腕の力で上体を持ち上げる。肘を伸ばし切ったところで背すじを伸ばし、頭を高く上げて10秒キープ。脚の付け根をしっかり床につけ、腹筋群の伸びを感じよう。
ラテラルライン|ラテラルライン(左右各3回)
床に座り左脚を真横に伸ばし、右脚の膝を曲げる。右手を頭上から左方向に持っていきつつ上体を真横に倒す。左脚の膝が曲がらない範囲でできるだけ上体を倒したところで10秒キープ。3回繰り返したら脚のポジションを変えて逆側も。
スパイラルライン|ビジョンストレッチ(左右各3回)
あぐら座りから左脚を後ろに移動させる。上体を右に90度捻りながら右手で左足の爪先を摑んで胸を広げる。できない人はループバンドなどを使って手で足を引っ張る。右肘を天井に向けて顔を上げ10秒キープ。3回行ったら逆も。