日本文化の伝統から学ぶ、骨盤の使い方と重要性
骨盤をあまり意識せずに生活をし、腰痛などに悩まされる現代の日本人。しかし、伝統的に骨盤や腰をカラダの要として大切にしてきた歴史がある。古きに学び、機能的な骨盤を取り戻そう。
取材・文/神津文人 撮影/小川朋央 イラストレーション/渡邉唯
初出『Tarzan』No.826・2022年1月27日発売
目次
日本文化に骨盤を学ぶ
着るものに、使うもの。日常生活の至るところに骨盤を大切にする文化があった日本。西洋とも比較しながら現代に活かせるヒントを探る。
教えてくれたひと
矢田部英正(やたべ・ひでまさ)/日本身体文化研究所主宰。武蔵野美術大学講師。著書に『日本人の坐り方』(集英社新書)、『たたずまいの美学 日本人の身体技法』(中公文庫)などがある。
①服飾|和装の要は帯。つまり骨盤を中心にしている
身に着けるものには、その民族のカラダへの考え方が反映される。洋服は立体裁断を用いて胸まわりを中心にカラダの立体感を強調する。一方で和服は、平坦な布からカラダの造形を再構成し、むしろボディラインを隠そうとする特色がある。その中心にあるのが帯だ。
帯は衣服を留めて整える役割だけでなく、姿勢保持機能も備えている。そもそも帯は、ベルトとは巻く位置が異なる。ベルトはウェストに巻くが、帯は骨盤上部に巻く。帯でサポートすれば骨盤が後傾せず、自然と背すじも伸びる。まさに腰(骨盤)がカラダの要であることを、日本人は古くから理解していたのである。
仮に猫背になると、襟が緩んで形が崩れ、骨盤上部に巻かれていた帯は、ウェストの方へとずれ、着崩れの原因に。着物には服の状態を固定するボタンやファスナーがないため、姿勢や動作が崩れると着付けも乱れる。
着物を着こなすということは、日常動作や立ち居振る舞いが整うということでもある。たまに浴衣などを着た際、すぐに着崩れてしまうのは、姿勢や動作の乱れの証しなのだ。
②道具|道具を使いながら軸の作り方を学んできた
道具の形状や使い方には、その土地の文化が宿り、何を重んじているのかがわかる。たとえば、同じ弓でも和弓とアーチェリーでは握りに違いがある。アーチェリーは親指、人差し指の握りが中心になるが、和弓は薬指、小指の握りが重要視される。
前者は、肩、首、胸に、後者は脇、背中、そして骨盤と連結している。和弓を使いこなすには下半身からの力も上手く伝える必要があるのだ。
形状も異なり、和弓の持つポテンシャルを十分に引き出すためには、熟練度はもちろん、腕力に頼らずカラダの中心にある大きな筋肉を使うことが求められる。
またカンナやノコギリも使い方が異なる。西洋では押して削る・切るを行うが、日本のものは引いて削り、引いて切る。日本由来の道具では、腕や肩の筋力任せではなく腰を使わないと削れない、切れない。つまり、カラダの軸を使いこなすことが求められるのだ。
③座|椅子に座らない生活は自然に骨盤を前傾に導く
長時間のデスクワークは、骨盤の後傾、猫背の原因になり、腰痛や肩こりに繫がる。多くの現代人が悩まされている問題だ。
では、昔の人々は長く座ることをしなかったのかというと、そんなこともない。かつての日本では、食事の支度や水場での洗濯は床座で行われていたし、武士が君主の前に控える際、会議を行う際も座りっぱなしだったはずである。
大きく変わったのは座り方。現代を生きる我々は、背もたれのある椅子にもたれかかるように身を預けていることが多い。強く意識しなければ、背中の筋肉は弛緩し、骨盤は後傾しがちだ。
一方、正座や立て膝、相撲で見られる蹲踞などは、骨盤はニュートラルからやや前傾のポジションに。膝には負担がかかるが骨盤、腰には優しい座り方が一般的。かつての日本人は、座ることで腰痛を招くことは少なかったと考えられる。
④所作|伝統芸能から読み解く日本人と腰のつながり
何を美しいとするか。その価値基準も文化に色濃く反映される。たとえばクラシックバレエと日本の伝統芸能を比較すると、足腰の強さが必要なのは共通だが、方向性が異なる。
バレエでは腰を高い位置に保つことが求められ、見せ場では膝も足首も伸びた状態が多い。一方、歌舞伎の「見得」は腰を落とした安定感のあるポーズが一般的だ。
つまり腰の入った安定して動きやすい姿勢こそが、日本人が“かっこいい”と感じてきたものなのである。この重心を下へと向けるポーズは、日本人が腰を落として稲を植える農耕民族であったこととも関係がありそうだ。
反対に骨盤、腰、体幹部を蔑ろにした動作は“小手先”と言われ、軽いものとされてきた。美しく機能的であろうとするならば、腰が安定せねばならないと考えてきたのが日本の文化だ。自分の骨盤とともにいま一度見直したい。