低カロリー食でも血糖値は上がる。正しく学ぶ「血糖値」のこと

「糖質を控えると低血糖になる」「ベジタリアン食なら血糖値は上がらない」。実はコレ誤りです。さまざまな病気を引き起こす原因になりうる“食後高血糖”を避けるためにも、血糖値のこと、知っておきましょう。

取材・文/井上健二 イラストレーション/naotte(記事中) 監修/山田悟医(北里大学北里研究所病院糖尿病センター長)

初出『Tarzan』No.822・2021年11月11日発売

血糖値検査のイラスト

食欲を左右するのは血糖値ではなくホルモン

食欲を左右するのはホルモンです

食欲の中枢があるのは、脳。脳の視床下部という場所には、空腹を感じると「食べなさい!」という指令を下す空腹中枢があり、満腹を感知すると「食べるのをやめなさい!」という指令を下す満腹中枢がある。

ならば、一体何が空腹中枢と満腹中枢に働きかけているのか。

一般的には、これらの中枢は血糖値に反応するとされる。食事をしてしばらくすると、血糖値が下がって空腹中枢が刺激されるし、食事をすると血糖値が上がって満腹中枢が刺激される…。

そんなストーリーを、どこかで一度は見聞きしたことがあるはずだ。ところが、この話はどうやらフェイクニュースらしい。

「健常者の血糖値は、糖質を含む食事をしてもしなくても、70〜110mg/dLで安定しています。それでも、彼らはちゃんと空腹や満腹を感じている。脳の食欲中枢が、血糖値によって制御されているというのは、生理的にあり得ない話です」(北里大学北里研究所病院の山田悟医師)

食欲中枢にもっとも大きな影響を与えているのは、胃腸から分泌される消化管ホルモン。食後しばらくして胃が空っぽになると、胃からグレリンというホルモンが分泌される。グレリンは、空腹中枢に作用して食欲を促す。

タンパク質や脂質がリッチな食事でお腹が満たされると、小腸などの消化管から、インクレチンやペプチドYYといったホルモンが出てくる。これらの消化管ホルモンが、満腹中枢に作用して食欲を抑えるのだ。

糖質を摂りすぎると低血糖になる

糖質を摂りすぎると低血糖になります

血糖は細胞の大切なエネルギー源。糖質が足りないと、低血糖で頭もカラダも動かないから、糖質を控えすぎるのはNGだという主張もある。でも、糖質を適正に抑えても、低血糖になることは通常ない。

睡眠中は誰もが糖質断ちをしているのだから、糖質を減らして低血糖になるなら、起床時は全員ひどい低血糖状態のはず。そうならないのに、三食で糖質を含む食事をしている日中に、低血糖が起こるわけがない。朝起きて頭がボンヤリするとしたら、それは寝不足か起床時に一時的に血圧が下がる起立性低血圧を疑うべし。

糖質を減らしても低血糖に陥らないのは、肝臓や腎臓で糖質を作る糖新生が働くから。これは、貯蔵されている糖質(グリコーゲン)以外から、糖質を新たに作り出す仕組みだ。

「血糖値を下げるホルモンはインスリンだけですが、糖新生を促すホルモンにはグルカゴン、成長ホルモン、コルチゾールなどがあり、血糖値を一定の範囲内に保っています」(山田悟医師)

筋肉などを作るタンパク質や体脂肪は、分解と合成を繰り返している。その過程で、タンパク質から生じるアミノ酸、体脂肪から生じるグリセロール、そして糖質を代謝してできる乳酸やピルビン酸などから、糖新生で新たに糖質が合成されている。

「低血糖が起こるとしたら、糖質の過剰摂取で食後高血糖が起こり、その後に血糖値が下がりすぎるため。これを反応性低血糖と呼びます」

低血糖になりたくないなら、糖質を控えめに摂るのが正解なのだ。

玄米菜食でも糖質が多ければ血糖値は上がる

糖質が多ければ、血糖値は上がります

健康意識が高い人が好む食事に、玄米菜食、マクロビオティック(マクロビ)、ベジタリアン食がある。こうしたいわゆる“ヘルシーな食事”なら、誰もが危険な食後高血糖から逃れられるのだろうか。結論から先に言うと、残念ながら答えはノー。

おさらいしておこう。玄米菜食とは、玄米や雑穀米などの未精製穀物を主食に、豆腐などの大豆食品、野菜や海藻類などをおかずにする食事。

マクロビは玄米菜食を基本に、旬のもの、地のものを、丸ごと食べることを重視する。ベジタリアン食は、動物由来の食品を避け、植物性食品を主役に据える食事である。

そう聞くと、ファストフードなどよりヘルシーに思えるけれど、血糖値の視点から見ると必ずしも健康的とはいえない。未精製穀物でも植物性食品でも、糖質が多ければ、体質次第で食後高血糖は起こるからだ。

たとえば、玄米ご飯はお茶碗1杯(150g)で50gほどの糖質を含む。これは白いご飯とほぼ同じ糖質量で、食後高血糖に襲われやすい。未精製の穀物は、食物繊維が多いため、血糖値の上昇を緩やかにするとされるが、摂った糖質は2時間以内にほぼすべて血糖に変わるから、精製された白いご飯と五十歩百歩。

問題なのは、糖質の絶対量。玄米でも雑穀米でも、あるいは全粒粉のパン、パスタ、挽きぐるみそばも、一度に食べすぎると、食後高血糖を起こす恐れがある。ヘルシーなイメージに惑わされないようにしよう。

食後高血糖を防ぐ糖質量はどう決まった?

脳と血球の糖質必要量から定められました

特集を監修してくれた山田先生は、食後高血糖を防ぐために「美味しく楽しく適正糖質を摂る」食事法を提唱している。それがロカボ®。

ロカボ®は、1食20〜40g以下×3食+間食10g以下=1日70〜130g以下の糖質の摂取を、適正糖質として推奨している。間食も食べられるので、続けやすいのが特徴だ。この糖質量は、どうやって導き出されたものなのだろう。

適正糖質の基準をいち早く示したのは、アメリカ糖尿病学会。2006年、糖質1日130g以下の食事を糖質制限食と定義した。

「血糖を体内で優先的に消費するのは、脳の神経細胞と血中で酸素を運ぶ赤血球。とくに赤血球は、脂質を代謝するために必要なミトコンドリアを持たないので、血糖しかエネルギー源にできません。脳と赤血球が消費する血糖が、1日130g程度なので、それを最低限カバーできる量を糖質摂取の上限としたのです」(山田悟医師)

ただし、前述のようにカラダには糖質を自ら作る糖新生という仕組みがあり、1日最大150gの糖質を自前で合成できる。ゆえに安静時なら、糖質をまるで摂らなくても脳も赤血球も機能不全に陥る心配はない。血糖値を上げるのは、通常は糖質のみ。1gの糖質が、血糖値をどれだけ押し上げるかには個人差も大きい。

でも、1食20〜40g以下の適正糖質を心掛けていれば、血糖値が上がりやすい体質の人でも、140mg/dL以上の食後高血糖が起こるリスクは限りなく低いといえるだろう。

カロリーを減らしても血糖値は上がる

カロリーを減らしても、血糖値は上がります

昔から腹八分目はカラダにいいという。だが、いくら摂取カロリーを抑えても、そこに過剰な糖質が含まれていれば、食後高血糖は起こる。たとえば、塩むすび2個+野菜ジュース1本≒430キロカロリー。間違いなく腹八分目だが、約100gもの糖質を含み、食後高血糖を誘発しやすい。

一方、サーロインステーキは2枚(300g)で約1000キロカロリーもあるが、糖質をほとんど含まないので、血糖値は上がらない。

カロリーが高くても、糖質が少なければ、食後高血糖の不安はない。むしろカロリーが足りないと、それを補うために筋肉のタンパク質が分解される。筋肉は、血糖を引き受けて血糖値を下げる役目を担うから、筋肉が減ると血糖値は上がりやすい。

ちなみに、その昔カロリー制限で寿命が延びるという話があったけれど、現在では疑問視されている。

「酵母や線虫ではカロリー制限で寿命が延びますが、エサがブドウ糖でしたから、糖質制限で寿命が延びたともいえる。サルの実験で、70%のカロリー制限で寿命が延びるという報告が出て話題になりました。しかし、それは24時間ダラダラ食べる群と比べた実験。

実は、食事時間を2.5時間と定めたサルとそこから70%にカロリー制限したサルを比較するとカロリー制限で寿命が縮まる傾向に。カロリー制限がいいというより、24時間ダラダラ喰いで寿命が短くなると解釈すべき。控えるべきはカロリーではなく過剰な糖質です」(山田悟医師)

実は隠れ食後高血糖の人が大勢いる

隠れ食後高血糖の人が大勢います

血糖値なら、会社や自治体の健康診断で測ってもらえるが、困ったことに食後高血糖や血糖値スパイクのアリ・ナシはそれではわからない。どういうことだろう。通常の健康診断で測るのは、空腹時血糖値とHb(ヘモグロビン)A1cという2つの値。

空腹時血糖値は、文字通り、空腹時の血糖値を示している。ヘモグロビンA1cは、赤血球内のヘモグロビンに、血糖がどのくらいくっついているかを示すもの。赤血球の寿命はおよそ3か月なので、過去1〜2か月間の血糖値の平均値を示していると考えられる。

だが、空腹時血糖値とヘモグロビンA1cが正常でも、食後高血糖や血糖値スパイクが起こっている可能性は否定できない。空腹時血糖値は基準値内でも、糖質を一度にたくさん摂ると、食後高血糖は起こり得る。

また、食後高血糖の後、血糖値スパイクで血糖値が下がりすぎると、血糖値の平均値を示すヘモグロビンA1cも基準値内に留まることもあり得るのだ。いわば、隠れ食後高血糖だ。

隠れ食後高血糖の疑惑を本気で晴らしたいなら、75g経口糖負荷試験(75gOGTT)を受ける。これは、10時間以上絶食した後、空腹時血糖値を測り、続いて75gのブドウ糖液を飲み干し、30分、60分、120分後の血糖値とインスリン分泌量を測るもの。

人間ドックのオプション検査や、糖尿病専門医のいるクリニックなどで受けられる(自費診療)。