田中希実&健智コーチ対談|速く走るための「体幹とフォーム」の話
1500mは聳え立った山だった。男女ともに日本人では五輪出場すら叶わなかった種目。その舞台で希実は8位入賞を果たす。しかし、これは8合目か。ここでは、さらなる高みを目指す親子に、今までのこと、これからのことを語ってもらった。
取材・文/鈴木一朗 撮影/下屋敷和文
初出『Tarzan』No.820・2021年10月7日発売
親子であり、師弟である2人が何を考え、何を大切にしながら日々トレーニングを行なっているか。対談形式で教えてもらった。
田中希実さん
教えてくれた人
たなか・のぞみ/1999年生まれ。豊田自動織機TC所属。日本選手権では2020年に1500mと5000mで優勝。東京オリンピックでは、1500mで8位入賞を果たす。
田中健智さん
教えてくれた人
たなか・かつとし/1970年生まれ。現役時代は川崎重工業で中距離ランナーとして活躍。現在は豊田自動織機TC担当コーチとして指導を行なっている。
はじめはマラソンランナーが目標だった
健智 小さいころから、走るということが、ご飯を食べたり、歯を磨いたりといった習慣の中に溶け込んでいたんです。私も家内もランナーですし、市民ランナーからトップアスリートまで、日常的な付き合いもあった。だから、それをずっと見ることができたのが、今の彼女にとってプラスになっていると思います。
希実 身近にすごいランナーの方がいて“あの人みたいになりたい!”って父に言ったら、“人の後追いでは越えられないよ”って。ただ、それを言われて意識は変わりました。誰々みたいになりたいじゃなく、自分の走りを追求していこうって。
健智 小学校のときだったかな。でも、あのときはマラソンランナーになればいいと思っていたんです。当時はスピードがなかったから。ただ、心肺機能が高く、ひとつのことに打ち込む姿勢は人並み外れていた。
だから、マラソンで最低限必要なスピードを、時間をかけて育てていきたいと考えていました。小学校はこのぐらいの速さ、中学校では、高校ではというように、私なりに理想とするタイムを思い描いてました。
希実 私自身も大人になったらマラソンをやるのかなぐらいの考えでした。中学校で全国1位とか全然思ってもいなかったし、それは父がそういう考えで、急がせなかったことが大きかったんでしょうね。
健智 ところが中学、高校の部活で記録が伸びて、想像していたよりも一歩先を行くようになった。それで、目標修正して、まずは1500~5000mで行こうとなったんです。
プランクは30秒もやれば十分
健智 スピードはついたのですが、ひとつ課題があったんです。彼女は速く走りたいという気持ちが出すぎたときに、カラダがどんどん前傾してオーバーストライド(歩幅が大きくなりすぎること)になってしまう。歩幅は伸びるが、ピッチ(1歩にかかる時間)が遅くなる。
そうすると、周りの選手が急にスピードを上げたときに、動作が遅くてついていくことができなくなる。変化に対応できないわけです。それをトレーニングで修正していきました。
希実 高校のときまでは上下動も大きくて、カラダがブレていたんです。そのころから体幹トレーニングはやっていたのですが、ただカタチを真似ているだけという感じ。それが、最近になって走りとリンクしたトレーニングができるようになってきた。これが大きかったと思います。
骨盤の位置も、前後傾せずに絶妙な位置に保ちやすくなった。ただ、悪いときはやっぱり前傾になってしまいますし、体幹トレーニングをしても何かしっくりこない感じなんです。
健智 みなさんもやってるトレーニング(写真下のプランク)ですが、自分自身でポジションを決めないと効果がない。ここ1、2年でやっと自分のものにできたように思います。
希実 よく私の記事で“体幹で走る”みたいに書かれていて、すごい量のトレーニングをしているっていうイメージを持ってる人がいるかもしれません。
でも、実はまったくそうではなくて、プランクの姿勢を取って、ここに力が入ればいいというポイントを押さえておく。具体的には、みぞおちの少し下ですね。それで走っているときに、その感じを思い出せば、カラダがブレなくなるし、骨盤の位置も保てる。30秒やれば十分です。私にとって体幹トレーニングは筋力強化じゃないんです。
大幅にフォームが崩れたら練習をストップ
陸上は2022年、つまり来年と翌23年に世界選手権が開催される。そして、24年はパリ五輪だ。2人はその日に向けて、これからまた練習の日々を送ることになる。
毎日の練習時間は、実は他の選手に比べ、かなり短い。1時間半から2時間といったところ。だが、その内容は「私と同じ練習をすれば誰でも同じ記録が出せる」と言うほど厳しい。
健智 走る距離は変わるのですが、たとえば1000mを走るなら、300mや200mといった距離を刻んでレースペースで走り、つなぎのジョグをダラダラしないように心がけている。トータルで1000mをどう走れたかが重要で、これを何本か繰り返すんですね。
希実 誰かと一緒にやっていれば、互いに引っ張れるからいいんですが、一人だからキツいです。だけど、それだから、いつでも自分のペースで走れる。練習のときはフォームなんか意識しません。できる限り効率よく走らなくては持ちませんから、意識しなくても進化するんです(笑)。
健智 練習でもがいているんで、レースが楽になる。よく彼女は“レースはごまかせる”って言うんですが、それは自分をコントロールできているから。練習でフォームが崩れそうになったとき、そうならないようにする無意識の努力が、本番で役に立ってくるんですよ。ただ、本当に崩れだしたときには、練習を止めます。それ以上やっても無駄ですから。
希実 止められても、もっとやりたいこともあるんです。“どうして?”ってケンカになることもしょっちゅう。お互いに怒りの沸点が低いですから。ただ、そうなったときに父は、原因となったことを温めて、整理して新たな提案をしてくれる。それは、本当にありがたいと思っています。
健智 自分たちがやりたいのは、日本人選手がラスト1周まで第1集団に残って、いかに最後まで世界と渡り合えるかということです。もし、ラスト100mで置いていかれても、もしかしたらっていうワクワク感はあるねって(笑)。100mで置いていかれたら、次は50mまでついていこうという感じで考えています。
希実 オリンピックが終わってすぐの8月にレースがあったんです。1000mに出場して2分37秒72(日本記録)が出た。このペースで1500mを走れば、3分57秒台になる。世界選手権でそこに届けば、もしかしたら55秒台も目指せるかもしれない。
そうなれば、オリンピックでのメダル争いにも加われる可能性もある。やっぱり、とにかく走り続けるしかないですね(笑)。