性欲も愛情も、浮気癖も。SEXと関わる4大ホルモン・全解説
性欲も、愛情も、あなたの隠れた浮気癖も、実はすべてがホルモン次第? セックスの神髄はホルモンにあり。いま注目したい4つのホルモンを取り上げる。
取材・文/井上健二 イラストレーション/町田ヒロチカ 取材協力/坂本浩隆(岡山大学大学院自然科学研究科准教授)
初出『Tarzan』No.816・2021年8月5日発売
SEXへと誘う4つのホルモン
陰謀論でも何でもなく、あなたの知らない間にその一生を操っている物質がある。その名はホルモン。ことセックスにおいても、ホルモンが担う役割は想像以上に大きい。
そもそも胎児のうちに、カラダとココロを男性仕様、もしくは女性仕様に誘導するのはホルモンだ。その後思春期を迎えて、男女ともに大人のボディへと成熟させるのも、ホルモンの妙技にほかならない。
そして大人同士がセックスを交わし、幸せなオーガズムを得るプロセスでも、ホルモンは八面六臂の活躍ぶりを見せている。
ここでは最新研究を踏まえ、快適なセックスライフを実現するための縁の下の力持ちとも言える、ホルモンの意外な側面にスポットを当てる。登場するのはオキシトシン、アンドロゲン、バソプレシン、ドーパミンだ。
①オキシトシン
話題の絆ホルモンが、男性の勃起と射精をコントロール?
ここ数年、オキシトシンというホルモンの名前を聞く機会が増えてきた。
オキシトシンは、脳の視床下部という場所にある神経細胞が作るホルモン。その一部は、視床下部に隣接する下垂体から、血中へ分泌されて全身を巡り、残りは脳内で作用している。
このホルモンは、一般的に「絆のホルモン」または「母性のホルモン」として知られる。
それもそのはず、親しい人やペットと触れ合うことで分泌されるからだ。自閉症患者の鼻に、オキシトシンをスプレーすると、脳内で他者の感情を読み取る働きを担う部分が活性化できたという研究結果がある。
母性のホルモンという呼び名も伊達ではない。出産時にはオキシトシンが大量分泌されて、子宮の筋肉を収縮させて陣痛と分娩を促す。さらに、赤ちゃんがお母さんのおっぱいを吸う刺激でも分泌されて、母乳(乳汁)が飛び出してくる。
このオキシトシンが、実は男性が勃起してから射精するまでの行動に深く関わることが、最近明らかになってきた。オキシトシンが働くのは、脊髄にある「性機能センター」。脊髄は大脳から背骨に沿って腰まで延びており、性機能センターはその末端に近い腰髄にある。
「性機能センターには、SEGニューロンという神経細胞が集まります。オキシトシンを分泌する神経細胞は、視床下部から腰髄まで延び、SEGニューロンの受容体がオキシトシンをキャッチすると、脊髄でオスの交尾行動を促すのです」(岡山大学大学院の坂本浩隆准教授)
オキシトシンが、自律神経をスイッチ
男性の交尾行動を陰で操っているのは、交感神経と副交感神経からなる自律神経。交感神経と副交感神経は対照的な働きを担っており、一方が優位になると他方の活動は抑えられる。
男性が性的に興奮して、ペニスが充血して勃起するプロセスでは、副交感神経が優位になる。副交感神経は血管を緩めて血流を促してくれるから、ペニスを満たす海綿体という毛細血管の固まりが充血するのだ。
射精する際は、一転して交感神経が優位となり、精液が前立腺内に送られる。続いて精液が逆流しないように、膀胱の出口をシャットアウト。筋肉が収縮して精液が体外へ射出される。
「勃起から射精までの過程で副交感神経と交感神経のスイッチングを行うのがSEGニューロンであり、それをオキシトシンがコントロールするのです」
自律神経の中枢も脊髄にある。副交感神経の中枢は骨盤あたりにある仙髄で、交感神経の中枢は胸の高さにある胸髄。SEGニューロンはこの両者にネットワークを広げており、切り替えを鮮やかに制御するのだ。
性機能センターは女性の脊髄にもあるが、SEGニューロンの数は男性の方が女性より多いとか。勃起から射精までのプロセスは複雑であり、多大なエネルギーを消費する。それを滞りなく行うには、それだけ多くのニューロンが求められるのだ。
②アンドロゲン
女性の性欲にも、男性ホルモンが関わっている
性欲は、食欲や睡眠欲などと並ぶ、本質的な欲望。それにもホルモンが関わる。
性欲の中枢は、生存に必要な機能を調整する脳の視床下部にある。視床下部で性欲を高めるのが、アンドロゲンというホルモン。アンドロゲンをキャッチする受容体は、視床下部に加え、進化的に古い脳とされる大脳辺縁系にもある。
改めて整理しておくと、アンドロゲンとは、男性ホルモンの別称。その大半を占めるのが、おなじみのテストステロンだ。
男性ホルモン=男性だけのホルモンというイメージが強いが、実は女性でも作られている。
男性のアンドロゲンの大半は、精巣から分泌されるテストステロン。精巣を持たない女性の場合、テストステロンは、卵巣と副腎で合成されている。
卵巣で作られたテストステロンは、アロマターゼという酵素により、エストラジオール(女性ホルモン)に変換される。
加齢でも減りにくい性欲ホルモンがある
一方、男女ともに副腎では、アンドロゲンの一種であるDHEA(デヒドロエピアンドロステロン)が合成されている。
副腎は、腎臓の上に乗る三角形をしたホルモン分泌器官。外側の皮質と内側の髄質からなり、皮質がDHEAを分泌する。
「DHEAはアンドロゲンとしての作用がテストステロンより低く、各細胞に備わるアンドロゲン受容体と引き合う強さも、テストステロンの10分の1程度に留まります。とはいえ、弱いながらもアンドロゲンとしての機能はちゃんとあります」
この副腎由来のDHEAは、女性の性欲にも関わっている。
女性の多くは40代半ば〜50代半ばで閉経を迎える。閉経すると、女性ホルモンの分泌量は激減するのに、副腎由来のDHEA量はさほど減らない。また男性のテストステロンとDHEAの分泌量も加齢で落ちるが、女性ホルモンのように激減しない。
こうした事実を踏まえると、男女ともに性欲は生涯キープされると考えてよさそうだ。
③バソプレシン
浮気性か、一途か。それを左右する、たった一つのホルモン
続いて焦点を当てるのは、バソプレシンというホルモン。
バソプレシンは、視床下部で作られて下垂体から分泌されるホルモン。下垂体から血中に出ると、尿を作っている腎臓に到達して、体内への水分の再吸収を促す。
尿の量を減らすその仕事ぶりから、バソプレシンは長らく「抗利尿ホルモン」の名で知られてきた。調子に乗ってお酒を飲みすぎると、トイレが近くなるのは、アルコールがバソプレシンの作用を邪魔して尿の量が増えるため。
そう聞くと、セックスとは縁もゆかりもなさそうだが、2000年前後から状況が一変。どちらかというと地味な存在だったバソプレシンにユニークな働きが見つかった。なんとオスが浮気なドンファンになるか、誠実で家庭的になるかを決めているという研究が出たのである。
再評価のきっかけは、アメリカ・エモリー大学のラリー・J・ヤング教授らが行った、北アメリカに棲むハタネズミに関する研究。このネズミは体長10cmほどとミニチュアサイズだが、性機能を探求する科学者に大きなインパクトを与えた。
ヤング教授らの研究で判明したのは、次のような事実。
山岳地帯に暮らすサンガクハタネズミは通常、出会いがあると乱交して子孫を増やす一夫多妻制を取る。その方が、子孫をどんどん増やせるからだろう。
対照的に、平原(プレーリー)に棲むプレーリーハタネズミは、一度つがいになると巣と縄張りを共有し、ほぼ一生添い遂げる一夫一妻制を取る。出会うチャンスが山岳地帯と比べて少ないため、一夫一妻制で貴重な出会いを逃さない方が有利だからと考えられる。
ヒトは遺伝的には一夫一妻制?
山のネズミと平原のネズミで何が違うのか。
究極のおしどり夫婦とも呼べるプレーリーハタネズミを調べたところ、視床下部で作られて脳で作用するバソプレシンをキャッチする受容体(V1aR)の遺伝子に“多型”という変異があるとわかった。それによりバソプレシンが、一夫多妻制か、一夫一妻制かという両極端の性行動に向かわせる鍵を握るとわかったのだ。
「乱交制のハタネズミに、一夫一妻制のプレーリーハタネズミの遺伝子を導入すると、一夫一妻制に変わることがわかっています。たった一つの遺伝子の多型により、一夫多妻制か一夫一妻制かが左右されるという事実は大きな驚きでした」
その後、ヤング教授らは、この遺伝子多型を、ヒトを含めた霊長類全般でも見つけており、ヒトは基本的には一夫一妻制のプレーリーハタネズミ型だということを突き止めている。
ヒトでも、バソプレシンは性行動に影響するようだが、ヒトの脳はネズミとは比較にならないくらい高度に発達している。だから、ネズミのようにバソプレシンの受容体だけで性行動と家族のカタチが決まるわけではないだろうが、バソプレシンが何らかの形でそれらに関わっている可能性は十分ありそう。
そしてバソプレシンは、前述のオキシトシンの仲間でもある。
「オキシトシンとバソプレシンは、ともに9つのアミノ酸からなるペプチドホルモンであり、両者は2つのアミノ酸が異なるだけで構造が非常に似ている。両者とも、生殖と深く関わる他人との関係性を脳内で調整していると考えられます」
④ドーパミン
セックスを病みつきにする報酬系ホルモン
何かをしたいという「欲」と、気持ちいいという「快楽」は、脳内では密接に結びつく。それはセックスでも同じ。そこで中心的な役目を果たすのが、報酬系。主役となるホルモンの一つが、ドーパミンだ。
ホルモンにも、いろいろなタイプがある。なかでもドーパミンは、脳の神経細胞の末端が分泌する神経伝達物質。脳という限られたエリア内だけで働く。ドーパミンは、簡単に言うと、脳内で快楽をもたらす物質。
ドーパミンが得られる行為は、脳が「またあの快楽を報酬として得たい」と強く望むので、繰り返しやすい。セックスでオーガズムに達すると、脳内でドーパミンが大量分泌される。
それで快楽が得られると、「またセックスしたい」という気持ちになるのだ。セックスは快楽の追求だけが狙いではなく、子孫を残す生殖活動そのもの。報酬系が働くのは理に適う。
詳しく見ると、ドーパミンを分泌する神経細胞が集まるのは、脳内の脳幹と言われるところ。脳幹とは、その名の通り、大脳を支える幹のような部分。生命維持で重要な役割を果たす。
より具体的には、脳幹のうちの中脳で、腹側被蓋野と、黒質と呼ばれる場所にドーパミンを出す神経細胞が集まっている。
オキシトシンともリンクして働く
このうち腹側被蓋野のドーパミン作動性ニューロンは、脳の側坐核や扁桃体、前頭前野、前帯状皮質などへ、ドーパミンを放出して快楽を演出する。なかでも、側坐核に放出されたドーパミンは、報酬系を強く活性化することが知られている。
この他、黒質で作られたドーパミンは、脳の線条体というエリアに放出されており、運動機能などを調節する。黒質で十分なドーパミンが作られなくなると、カラダの動きや機能の調節がうまく進まなくなり、手足の震えや筋肉のこわばりなどを伴うパーキンソン病に陥りやすい。
このドーパミンと深く関わるのが、再三登場のオキシトシン。
「ドーパミンを受け取る受容体がある神経細胞には、オキシトシンを受け取る受容体が発現しているケースが多い。ドーパミンを中心とする報酬系に、オキシトシンが組み込まれており、両者が同時に出ることで、セックスにおける快楽の度合いを調整していると考えられます」
神経とホルモン
ホルモンからセックスを語ろうとすると、神経にも触れざるを得ない。神経とホルモンは切っても切れないからだ。
「神経細胞同士は直に繫がっておらず、シナプスと呼ばれるわずかな隙間があります。神経細胞内では電位の変化で情報が伝わっていますが、シナプスでは神経伝達物質というホルモンによって情報の受け渡しが行われているのです」
神経とホルモンの関わりを探る観点からも、先に解説したオキシトシンの作用はたいへん興味深い。
血中に分泌されるホルモンの作用は、電波で情報を発信し、受信機(受容体)を持つものだけに伝わるBS放送のようなもの。シナプスを介した神経細胞の情報伝達は、有線LANと似ている。
「一方、脳から延びる神経細胞から放出されたオキシトシンが働く様子は、受け手の近くに無線ルーターを配置し、受信機(受容体)を持つものだけに1対多で繫がるWi-Fiにも喩えられます」