• スーパープレーを可能にする一因。股関節に見るアスリートと一般人の違い
TRAINING
2021.10.12

スーパープレーを可能にする一因。股関節に見るアスリートと一般人の違い

アスリートと股関節
写真/AP/アフロ

目を見張るファインプレイ、驚くほどのスピード。驚異のパフォーマンスの秘密はアスリートの股関節にあり。医師の視点からアスリートと股関節の関係を深掘りする。

「元大リーガーのイチローさんも、現役の大谷(翔平)選手も股関節の柔軟性が高い。それは試合前の準備体操を見ただけですぐわかります」

こう話すのは北里大学の高平尚伸教授。股関節に関しての著書も多い、この道の専門家はさらに続ける。

「その柔軟性に耐えるには股関節まわりの筋肉の強さが必要で、これが大きな力の発揮へと繋がるのです。そしてイチローさんも大谷選手も、股関節で生み出したパワーを末端まで伝えるのが上手いんです」

では、一般の人とアスリートの股関節はどのような違いがあるのか。実は、高いパフォーマンスを持続するアスリートの武器・股関節は、スペックからして我々とはまったく違っていたのである。具体的に高平教授に教えてもらうことにしよう。

教えてくれた人
高平尚伸(たかひら・なおのぶ)
高平尚伸(たかひら・なおのぶ)/北里大学医療衛生学部教授。同大学大学病院整形外科にて、股関節手術、ロコモティブシンドローム、姿勢などさまざまな分野の治療に従事。股関節の障害に詳しい。著書に『Save the Athlete 股関節スポーツ損傷』(メジカルビュー社)他がある。

筋肉量が多く、しなやかで弾力性にも富んでいる。

子供の頃から練習を繰り返してきたから、アスリートの筋肉量は当然一般の人よりも多い。そして、動かし続けてきたため、しなやかで弾力性にも富んでいる股関節は周辺の22の筋肉によって前後左右に動くのだが、そのうちの1つでも機能的に劣ると、全体の動きが悪くなる。

つまり、彼らの無駄のない、流れるようなフォームは、股関節まわりの筋肉がバランスよく働いている証拠。一般の人が簡単に真似できるものではないのだ。

また、しなやかで弾力性に富む筋肉はケガも防ぐ。急激に引き伸ばされた場合でも、それに対応できる余裕があるからだ。

でもアスリートって股関節のケガが多いよね?という疑問が聞こえてくるが、それは時に己を追い込みすぎ、限界を越えてしまうから。ケガをしないギリギリまで動くことが、パフォーマンスの向上に必要なのだ。一般の人の練習量とは比べものにならないのである。

拮抗筋が瞬時に大きな力を発揮する。

股関節を屈曲させる大腿四頭筋と伸展させるハムストリングスは拮抗関係にある。たとえば、股関節を曲げるために大腿四頭筋が収縮する。このとき関節の可動域を越えて脚が動いてしまうとケガに繋がる。そのために、拮抗筋であるハムストリングスがブレーキをかけるのだ。

一般の人の場合、股関節が動き出してすぐにハムストリングスが働き始める。じわじわと力を発揮して、最終的に可動域の限界でストップをかけるのだ。つまり、常にブレーキがかかっている状態なので、脚をすばやく動かすことができにくい。

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大腿四頭筋で蹴る。/太腿の表側にある大腿四頭筋で股関節を屈曲させ、足で蹴る。四頭筋は縮むが、関節の可動域を越えてしまわないように、太腿の裏にある拮抗筋のハムストリングスがブレーキをかける。

ところが、アスリートのハムストリングスは可動域の限界直前に大きな力を発揮してブレーキをかけることができるため、脚をすばやく動かすことが可能となる。

拮抗する筋肉が互いにすばやく、大きな力を出すことが、アスリートのスピードのヒミツなのである。

大きな可動域を生む要素のひとつが“ファシア”という膜。

実は筋肉や骨、内臓はファシアという膜に包まれている。電気ケーブルなら、外側のビニールがファシアで中の銅線が筋肉。そして筋肉はファシアの中を滑るように収縮する。

一般の人の場合、この滑りが悪くなっていることがあり、なかにはファシアと筋肉が癒着を起こしてしまうこともある。そうなると、筋肉の収縮スピードは遅くなり、かつ縮みにくく股関節の可動域は狭くなる。

ファシア
ファシアと筋肉の関係/ファシアという膜の中に、筋肉は筋線維というユニットで並んでいる。そして、この膜の中を滑るようにして縮む。スムーズに滑ることが重要なのだ。

また、劣化したビニールのようにファシア自体の伸縮性が低下してしまうこともある。この場合もファシアが伸びない分、関節は本来の動きができなくなる。

股関節を動かす頻度が高いアスリートの場合、筋肉はファシアの中で抵抗なく縮むことができるし、それ自体の伸縮性にも富んでいる。その結果、股関節の可動域を目一杯使った、ダイナミックな動きができるのである。

血管が股関節まわりを復活させる。

筋肉が収縮と弛緩を繰り返せば、疲弊してしまうのは、一般の人もアスリートも同じだ。ただ、そこから回復するまでの時間は、アスリートのほうが早いと考えられている。

アスリートは筋肉量が多い。つまり、その中にある血管も多いということ。しかも、筋肉は使えば使うだけ酸素を必要とするから、より細かく毛細血管が張り巡らされる。とくに股関節まわりの筋肉は、さまざまなスポーツ動作で重要な役割を果たしているのでなおさらである。

血管が増えると、まずエネルギーを作り出す際にできる代謝物質を血液によってすばやく排出することができる。つまり筋肉疲労の原因にもなる代謝物質を効率よく出せるのだ。

それと同時に、筋肉の修復材料であるタンパク質や、その他の栄養も血液によって運び込まれるので、筋肉は効率よく回復することが可能に。こうして、翌日は新たな気分とカラダになって、練習に向かえるのだ。

股関節を固定することで、無駄のない動きができる。

骨盤外側の上部と大腿骨の出っ張り(大転子)を繋いでいるのが中臀筋。この筋肉の仕事のひとつに、骨盤の位置を安定させることがある。たとえば、片脚立ちをしたときに、軸脚側の中臀筋が収縮することで、骨盤を保持できる。一般の人たちも歩くときに普通に使う筋肉だ。

中臀筋の力が弱いと、骨盤は浮かせた足側へと傾いてしまう。そして、それを是正するために、傾いたのとは反対側に上体を倒し、バランスを取ろうとする。実は、こうなっていることは一般の人にも見られる。

アスリートの場合はこんなことは起きない。中臀筋がしっかり働くので、片足を上げても軸脚の股関節と骨盤の位置関係はまったく変わらない。だから、上体を反対側に倒してバランスを取るという、余分な動作は必要がなくなる。結果、ムダがなく、シンプルな動きができるのだ。

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中臀筋の弱い人は…

中臀筋の弱い人は…

片足を上げたとき、中臀筋の力が弱く、骨盤が上げた脚側に傾く。それを補うために上体を反対へ傾けてバランスを取ろうとする。余分な動きが生じるために、速い動きに対応しにくい。

アスリートの片脚立ち

アスリートの片脚立ち

片足を上げたとき、軸脚側の中臀筋がしっかりと収縮する。そのため、股関節が固定され、骨盤は動かない。余分な動作を行うことなく、すばやく次の動きへと移行していくことができる。

アスリートの鍛え上げられた股関節は、スポーツシーンで、考えられないようなファインプレイを生み出す、コアの役割を果たしているのだ。

取材・文/鈴木一朗 撮影/小川朋央 イラストレーション/林田秀一

初出『Tarzan』No.814・2021年7月8日発売

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