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『SPARK』著者・レイティ博士が、2021年に考える「脳と運動の関係」

ジョン・J・レイティ博士/ハーバード大学医学大学院臨床精神医学准教授。運動と脳の研究領域における世界的第一人者。教育、企業、個々のライフスタイルを運動によって再設計させるという世界的ミッションに携わる。

運動することで脳をベストの状態に導くことができる。2000年代以降、神経科学の分野では運動と脳と心の生物学的な結びつきを示す発見が次々に報告された。実験室のラットで計測し、人間で確認した極めて科学的な事実である。

多くの人が知らずにいたこの情報を一般にもたらしたのが2008年にアメリカで上梓された『SPARK』(邦題は『脳を鍛えるには運動しかない!』)、著者は精神科医のジョン・J・レイティ博士だ。

『脳を鍛えるには運動しかない! 最新科学でわかった脳細胞の増やし方』

神経科学の視点から運動と脳の関係を明らかにしたロングセラー。アメリカのとある学区が導入した朝一番の「0時間体育」で生徒の成績が向上した事実に始まり、ストレス、不安、うつ、ADHD、加齢などをテーマに、運動がいかに脳の機能に影響するかを解き明かす。日本では2009年にNHK出版から上梓された。

運動が脳のはたらきをどれほど向上させるかを多くの人が知り、それをモチベーションとして積極的に運動を生活に取り入れるようになること》が当時の執筆の動機。上梓から13年、なお研究を続ける博士に『ターザン』が問いをぶつけた。


レイティ博士7つの回答。

ジョン・J・レイティ博士
インタビューはオンラインにて行った。「コロナ禍に生まれた健康やウェルネスに対する意識で、よりフィットネスの素晴らしさを実感できるはず」と、レイティ博士。

① 運動によって期待できる脳への効果とは、どんなものですか?

A. 新たな脳細胞が増え、既存の脳細胞も活性化されます。

運動自体が脳にさまざまなメリットをもたらすことは、アメリカでは一般常識となりつつあります。神経の活動を高める効果も期待できますし、脳細胞を増やす役割もあります。脳細胞が増えるということは過去20年の研究で発見されました。

新しい脳細胞が増えることは非常にセクシーです。でも運動がもたらす主要な効果はそれだけではありません。私たちがすでに持っている1000億個の脳細胞が活性化され、運動によって増える成長因子の働きでそれらを成長させることができるのです。これにより、脳はより多くの新しい情報を取り入れることができます。

② ウォーキングのような低強度の運動でも、効果は期待できますか?

A. 強度が高いほど効果は大きい。けれど歩行は入門に最適です。

答えはイエスです。走ることに比べると効果的ではないかもしれませんが、ウォーキングは運動の入門としては最適な方法です。神経伝達物質やホルモンは歩くだけでも増え、脳細胞を増やすことができます

それだけでなく、最近では恋愛のホルモンといわれる「オキシトシン」と運動についての研究もなされています。運動すると人と繫がりたいという欲求が高まることが分かってきました。ただ、運動の強度が高いほど得られる効果は大きいと言えます。ウォーキングを1時間することで得られる効果を縄跳びなら5分で得ることができるでしょう

③ レイティ博士の運動習慣を教えてください。

A. 筋トレや有酸素運動、さまざまなことに挑戦しています。

コロナの騒動が始まってからケトルベルの運動を始めました。レジスタンス運動の観点から素早くやると効果的だと考えています。有酸素運動という意味では、妻と一緒に「ズンバ」のクラスに週3回通っています。現在の拠点はボストンですが、カリフォルニアにいたときはハイキングやランニングに親しんでいました。

また、あるときはプッシュアップや200回のスクワット、縄跳びなどさまざまなことにもチャレンジしました。当時も今も、バランスやコーディネーション能力を磨いて心拍数を上げる運動を中心に行っています。

④ ストレス解消に有効な運動について、教えてください。

A. 脳の成長や気分の改善には強弱をつけた運動が有効です。

単調な運動よりもインターバルトレがおすすめです。強弱のあるインターバルトレは心肺機能や代謝を向上させるだけでなく、脳の活動を活発にする方法としても人気があります。インターバルトレで脳やカラダにストレスを与えることで脳の成長を促すことができます。

なぜなら強度の高い運動の後に回復期間があるからです。この回復期間にたくさんのことを考えたり、戦略を切り替えたり、バランスやリズムに気を配ったりすることで、脳内でよりよいことが起こることが分かっています。気分の改善にももちろん効果的です

⑤ 新型コロナで運動の機会が減っている状況をどのように捉えていますか?

A. 運動はやはり必要。健康であれば免疫力も上がります。

一般論としてコロナの影響で人々は体重が増え、座ることが多くなったと思います。運動していない人はしている人より2.5倍コロナによる死亡率が高く、2.25倍ICUに入りやすいというデータが出ています(British Journal of Sports Medicine、4万8000人のリサーチ結果)

この結果から運動を取り入れるさまざまなプログラムを開発するため、私にとってこれほど忙しい時期はありませんでした。パンデミックが収束した後に、政治家や教育に携わる人々は日常生活の中でより多くの運動を取り入れる働きかけをするべきであると考えています。

⑥ 筋トレが及ぼす脳への影響について、今分かっていることはありますか?

A. 認知や学習に影響します。動物による筋トレの実験も。

『SPARK』では触れませんでしたが、非常に関心が高まっている分野です。これまでの有酸素運動の研究は、ラットなどの動物を走らせて脳への影響を分析してきました。近年はそれだけでなく、動物によるレジスタンストレーニング研究も見られるようになってきました。

たとえばマウスの尻尾に重りをつけてハシゴを上らせ、カラダや脳への影響を研究している論文なども出てきています。現在ではレジスタンストレーニングはどちらかというと認知、学習、記憶に大きな影響を与え、有酸素運動は感情面の効果が大きいと考えられています

⑦ 具体的には脳のどの部位が成長するのでしょうか?

A. 記憶に関わる海馬のほか、前頭葉も成長します。

記憶に関わる海馬の容量が増えることはよく知られていました。現在では毎日あるいは一日に数回運動する動物では、脳の一番上の前頭葉の領域が大きくなることが分かっています。以前は脳細胞が増える領域は限られていると考えられていましたが、前頭葉も成長します。

私は前頭葉のことを脳のCEOと呼んでいるのですが、運動、とくにバランストレなどではその部分が大きく関与し、より繫がりが強くなり、集中力などもアップします。脳の成長は筋肉の成長と同様と考えていいと思います。運動で酷使することでより強くなるのです。

取材・文/石飛カノ 撮影/小川朋央 取材協力/Jim Baugh

初出『Tarzan』No.811・2021年5月27日発売

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