- 整える
タンパク質と、何が同じで、どう違う?ジェーン・スーと〈味の素(株)〉社員が語るアミノ酸のこと。
PR
目次
30代から疲れや老いを自覚する機会が増える。背景にあるのは、自律神経の老化。呼吸、心拍、血圧、体温を保ち、消化吸収やエネルギー代謝を司る自律神経が老いたら、若さは保てない。
ところが、交感神経と副交感神経からなる自律神経のトータルパワー(活動量)は、10代をピークとして加齢とともに右肩下がりで低下するとわかっている。
「トータルパワーは、10代と比べて40代で約半分、60代では4分の1を下回ります」(東京疲労・睡眠クリニックの梶本修身院長)
男女差もあり、60代までは男性の方が女性よりトータルパワーは高く、70代でほぼイコールになる。
自律神経の老化の引き金は、有害な活性酸素による酸化。ヒトは呼吸で酸素を取り込まないと生きられないが、その酸素の1〜2%は活性酸素に変わる。自律神経に限らず、老化とは酸化がもたらすものなのだ。
なかでも自律神経を構成する神経細胞(ニューロン)は一度傷つけられると二度と再生しない。ゆえに年を追うごとに酸化ダメージが蓄積し続け、自律神経の機能は右肩下がりとなる。30代からは自律神経に負担をかけない穏やかな生活を心掛けよう。
働き方改革が推進されつつあるとはいえ、ビジネスパーソンの多くは1日10時間近く平気で働いている。現代のライフスタイルに馴染んでいると何の疑問も感じないが、これは自律神経のリミットを遥かに超えている。
「活発に狩りをするライオンなどの肉食野生動物の活動時間は、せいぜい1日3時間。ヒトは雑食ですが、活発に動き回れるのは同じく恐らく3時間ほどが限界だと思われます。10時間以上も活動し続けるのは無茶な話。自律神経の老化を一層進める一因になります」
動物でも牛のような草食動物はゆっくり移動しながら一日中ムシャムシャと食べ続ける。でも、体温や心拍数の変化をほとんど伴っていないから、自律神経にはさほど負荷をかけてない。
じっと坐ってデスクワークをしていると、活動量自体は草食動物とさして変わらないかもしれない。しかし仕事中は「敷居を跨げば七人の敵あり」という諺があるように常時緊張を強いられるアウェイなモード。交感神経がオンになりやすく、自律神経のバランスが崩れがちだ。また、同じ姿勢を続けると血流が悪化して、それも自律神経には有害である。
2017年の新語・流行語大賞トップ10に選ばれたのが「睡眠負債」。睡眠不足を放置すると借金のように積み重なり、心身に悪影響を及ぼす。その危険性を注意喚起するワードだ。
どこよりも睡眠負債が溜まるのは自律神経。日中、自律神経は休みなく作用し続ける。睡眠中も自律神経はオンだが、昼間と比べるとひと息つける。この間に自律神経の回復が進むのだ。睡眠不足だと修復が不十分なまま翌朝を迎えるために、自律神経に疲労が蓄積。加齢による老化に拍車をかける。
少し詳しく解説しよう。自律神経が酸化ストレスを受けると、SOSとして疲労因子FFと総称されるタンパク質が出てくる。すると酸化を防いで疲労因子FFを中和するために、疲労回復因子FRの分泌が増える。
睡眠中は疲労因子FFの分泌が落ち、疲労回復因子FRが作用しやすくなり、自律神経のリカバリーが促される。忙しくて昼間に長くアクティブに活動するほど疲労因子FFは増えるから、長く眠って疲労回復因子FRを働かせるべき。現実には忙しいと睡眠時間はそれだけ短くなるため、睡眠負債が積み重なって自律神経は劣化の一途をたどる。
歳とともに駅の階段を上るのが億劫になり、長い距離を歩くのを避けるようになる。これは持久力が低下したサイン。
持久力には全身を動かし続ける全身持久力と、特定の筋肉だけを動かし続ける筋持久力がある。加齢で落ちやすいのは前者の全身持久力。俗にスタミナと呼ばれる。
スタミナは、筋肉に必要な酸素を送り届ける心肺機能に左右される。心肺機能とは、肺から酸素を吸い込み、心臓と血管ネットワークで筋肉などの組織にデリバリーし、呼吸の結果出てくる不要な二酸化炭素を肺から排出する能力だ。この心肺機能を背後から操るのは、他ならぬ自律神経。
「強度に応じて呼吸数や心拍数を上げ下げしたり、血液で酸素を巡らせたりするのは、自律神経。カラダを動かして上がりすぎた体温を発汗などで下げるのも、やはり自律神経です。自律神経の能力が持久力の質を決めているのです」
息が切れるようなペースで走るとすぐに疲れて足が止まる。息が切れる=自律神経ではコントロールできない強度だから、脳がそれ以上の運動を強制的にストップさせるのだ。そして加齢でスタミナが落ちるのも、歳を重ねるごとに自律神経のパワーが下がるせいだ。
自律神経を構成する交感神経と副交感神経は、二重支配と相反支配という2つの原則で、体内環境を一定範囲内に保つ恒常性(ホメオスタシス)を守る。
二重支配とは、一つの臓器や組織を交感神経と副交感神経がダブルで束ねることを指す。どちらか一方のみが司る臓器は汗腺などの例外を除くと存在しない。
相反支配とは、交感神経と副交感神経が対照的な役割を果たすという意味。交感神経は心臓を刺激して心拍を速め、副交感神経は心臓を抑制して心拍を遅くする。胃腸は交感神経がブレーキを踏んで消化吸収を抑え、副交感神経がアクセルを踏んで消化吸収を進める。
スイッチが入るタイミングも対照的。交感神経は緊張や興奮、危険や恐怖に呼応し、日中の活動時や運動時、ストレス下で優位となる。副交感神経は安心・安全で平穏な状況に呼応し、食事中や夕方〜夜間に心身をリラックスへ誘う。
この2系統は別々のルートで全身にネットワークを広げているが、その中枢があるのは脳の視床下部と前帯状回、大脳辺縁系だ。この中枢で交感神経と副交感神経の働き度合いが決められており、神経ネットワークはその情報を末端まで伝える単なるラインにすぎない。
天は人の上に人を造らず、人の下にも人を造らなかったが、自律神経には厳然たる主従関係がある。交感神経が“主”、副交感神経が“従”であり、トータルパワーのうち交感神経で余った分が副交感神経に割り当てられる。
それもそのはず、生存には交感神経の活躍が欠かせない。天敵に出くわした瞬間など、生きるか死ぬか、闘うか逃げるか(ファイト・オア・フライト)という緊急事態は交感神経の面目躍如。心拍と血圧を上げて瞬時に活動モードに切り替え、血管を縮めてケガをしても出血を最小限に抑える。
「交感神経は0.2秒でオンになりますが、副交感神経はオンになるのに5分くらいかかります」
副交感神経は緊急事態が去って安全が確保されてから、心身を休息モードにする役どころだから、スロースターターでちょうどいいのだ。逆に交感神経のスイッチが入るまでに5分もかかっていたら、闘うことも逃げることもかなわず、敵に襲われて命を失うだろう。
ちなみに「息を吐くときは副交感神経が優位になり、吸うときは交感神経が優位になる」という話を聞くけれど、自律神経の性質を踏まえると眉唾モノのようだ。
夏バテの解消のために、ウナギ料理やレバニラ炒めなどのスタミナ食を食べるという人も多いだろう。ウナギもレバニラ炒めも栄養たっぷりだが、それは夏バテ軽減には結びつかない。
なぜなら夏バテは栄養不足が引き金ではなく、自律神経の過労によるものだから。ウナギのようなスタミナ食はこってりしているので、思惑とは逆に消化吸収を担う自律神経の疲れを起こす恐れすらある。
高温多湿な日本の夏は、発汗などで温度調整を行う自律神経の作業量が増える。かんかん照りの屋外と冷やしすぎの屋内を出入りするたびに自律神経により強い負荷が加わる。
そして汗をかいたのに水分補給が追いつかずに脱水気味だと、自律神経のダメージに。また夏の強烈な紫外線を浴びると体内で酸化が起こりやすく、それも自律神経へのボディブローとなる。
夏バテ予防にはエアコンを賢く使って体温の上下動を抑えて、早め・少なめの水分補給で脱水をブロック。日傘やサングラスで紫外線を避ける工夫もお忘れなく。
自律神経をいたわるならスタミナ食ではなく、脳の酸化ストレスを抗酸化作用で中和するイミダペプチドを鶏胸肉などから摂ろう。
過度な運動は酸化を進め、体温、心拍、血圧が激変して自律神経に悪い。辛い運動ほど終了後の達成感&爽快感が強く、自覚できない自律神経の疲れが溜まる危ない「疲労感なき疲労」を招く。
かといって運動しないと体力は衰える一方。運動で汗をかくと汗腺が活性化して体温調節力が高まるし、筋肉が増えて血流が良くなると自律神経も助かる。必要なのは自らのキャパシティ(許容範囲)とステート(状況)に応じた運動の負荷&時間の調整だ。
キャパシティは自律神経のトータルパワーで決まる。加齢でパワーは落ちるから、30歳を越えたら有酸素運動なら軽いジョグ、筋トレなら自体重トレ程度に留めて。汗がダラダラ流れ続けたり、息が切れたりするのは、キャパを超えた証拠。また60分×週2回のように長時間×低頻度で行うより、30分×週4回のように短時間×高頻度の方が自律神経には優しい。
ステートは活動や睡眠の内容で日々変わる。それを無視して毎度同じノルマをこなそうとするのは、無謀。心拍数の上がり具合や発汗量などでステートを見極め、普段より心拍が上がって発汗も多めなら即切り上げ、休息に力を注ごう。
取材・文/井上健二 イラストレーション/松原光、Yunosuke 取材協力/梶本修身(大阪市立大学大学院疲労医学講座特任教授、医学博士、東京疲労・睡眠クリニック院長)
(初出『Tarzan』No.769・2019年7月25日発売)