もう、走らないとは言わせない。ランで健康診断の結果が改善した話
取材・文/石飛カノ 撮影/小川朋央 イラストレーション/内田文武 取材協力/石井好二郎(同志社大学スポーツ健康科学部教授)
(初出『Tarzan』No.759・2019年2月21日発売)
そうか、オレ、軽度とはいえ「肥満」なのか。
そりゃ20代の頃に比べれば、ちょっと太ってきたけれど、デブってほどではない。30代半ばの周りの連中だって五十歩百歩、働き盛りの男なんてこんなもの。
でもま、そろそろメンテも必要かと、ここ数年パスしていた人間ドックを受診したのが、去年のこと。若干ビビりつつ診断結果を受け取りに病院に行ったところ、医者はなんとも渋い顔。
「このまま放っておくと、大変なことになりますよ?」
ってそれ、最悪の検診結果で出演者を脅しまくるテレビ番組のセリフじゃん!
身体計測はC判定。体脂肪率は22.1%と女子並みで腹囲は内臓脂肪がメタボレベルの約100平方cm蓄積されていることを示す85cm超え。立派な軽度肥満と判定されてしまった。そうか、オレ、軽度とはいえ「肥満」なのか…。
コレステロールや中性脂肪の数値もかなりヤバい。あろうことか、専門医の治療が必要なD判定。せ、専門医? ち、治療!?
糖尿病や高血圧の家系じゃないのに、糖代謝機能も血圧も、まさかのB、C判定。これでは5年前、ピンピンコロリで亡くなったじいちゃんに申し訳が立たない!
肝機能はというと、あああ、やっぱり。20歳を越えてからというもの休肝日ゼロの酒飲み人生、そりゃそうだろうの脂肪肝でC判定。「生活習慣の改善が必要です」って、そんなことは百も承知です…。
かろうじてのA判定は肺機能と血球検査のみという散々な結果に。
医者は即、ダメ出し。
医者の言うことには、「食習慣の見直しと適度な運動が必要です」。それができればとっくにやってますって。
「じゃあウォーキング始めます」
仕方なくテキトーに答えたオレに、医者は即、ダメ出し。
「ウォーキングよりジョギングの方が断然、効率的。半分の時間で健康効果が見込めるし、カラダの引き締め効果も段違いに大きい」と言う。
オレくらいの小太り体型なら、いきなりジョギングを始めても心臓発作を起こしたり膝を痛める心配もないとのこと。う〜ん、ラッキーなんだかそうでないんだか。
そこまで言われちゃ、ワタクシ田山猿人、やるっきゃない。時間のある週末、ジョギングを取り入れることを宣言。天国のじいちゃん、頑張るぜ!
適度な運動、中断すると元の木阿弥!?
自分をなだめすかして、なんとか走り続けているうちに年が明けて2019年。人間ドックを再び受診。
結果を見てびっくり仰天! CだのDだの要治療だの不吉な文字が並んでいた評価欄が軒並みA判定に! これがひょっとしてジョギングの効果? マジか!
ほーら、言った通りだろうという自慢げな医者の表情は癪に障るが、まあ結果オーライ。オレもじいちゃんのようにピンピンコロリ人生を歩めるなら文句はない。
「じゃあ、もうやめてもいいですよね? ジョギング」
と言うオレに、医者はまたしてもダメ出し。生活習慣病予備群の人間にとってジョギングのような適度な運動は何にも勝る薬。服用を中断することで元の木阿弥になることもあると言う。
運動が薬になる? その根拠をよくよく聞いてみたのであった。
ここからは主治医の見立て、7項目。
1. 身体計測|同じ運動量でも痩せ効果は“歩<走”
私が田山猿人さんのホームドクターです。健診結果の劇的な変化について、早速解説します。
すっかり便利になった現代人の生活環境、意識してエネルギー消費を促さなければ余剰分は体脂肪として蓄積され、生活習慣病のリスクは増す一方。だから運動でエネルギー消費するのですが、ウォークよりランの方が確実に痩せるのです。
考えられる理由としては、ある程度強度の高い運動をすると食欲を抑えるホルモンが消化管から分泌されること。また、運動後、カラダを安静時の状態に戻すためエネルギーが消費されることなどが推測されます。
2. 脂質代謝|走って効率的にコレステロール減
一般的なジョギング程度の運動量をこなすと、コレステロールは下がります。走ってこの運動量をこなした場合は高コレステロール血症の発症率が25.1%低下。一方、歩いた場合は21.8%低下します。どちらも同じくらい有効です。
ただ、問題となるのは効率。たとえば7.2メッツというのは、体重60kgの人が7〜8kmの距離を1時間くらいかけて走る運動量。これをウォーキングで行うとすると、2時間半くらいかけてようやくクリアできる計算になります。
たとえ週末だけとはいえ、毎回2時間半という時間を確保して運動に費やすのは難しいという人もいるはず。ここは効率をとってジョギングで脂質代謝を改善した方がお得です。
3. 糖代謝|走れば走るほど糖代謝機能が上昇
ランニングと糖尿病リスクを見てみると、一番運動量が低い人に比べて、3.6〜5.4メッツの運動をしているランナーは44.1%リスクが減少。それ以上の運動量をこなしている人はさらにリスクが減。1年間のジョギングで糖代謝機能が上がるのも頷ける結果。
ちなみに空腹時血糖は、文字通り空腹時の血糖値。HbA1cは赤血球中のタンパク質、ヘモグロビンが糖とくっついた糖化ヘモグロビンの割合のことです。
筋肉に糖を取り込むインスリンの働きが悪くなることで血糖値は高まります。ところがランなど適度な運動をすると、インスリンに頼らない糖の取り込みシステムが作動して血糖値が正常値になるのです。
4. 血圧|血管を柔らかくするNOが増える
高コレステロール血症のリスクに関してはウォークもランも大差はなく、糖尿病はランの方が若干有効。これに対して国民病といわれる高血圧のリスクはウォークよりランの方が圧倒的に減少します。
その理由は、血管の中の内皮細胞がランによる血流量の増加を感知するから。
内皮細胞が血流のスピード増をモニターすると一酸化窒素を増やします。すると、一酸化窒素(NO)が血管を柔らかくして血管が広がり、血圧の適正値が維持されるという仕組み。
ただし、走ることを中断すると血圧は逆戻り。ちょっと血圧の値が良くなったからといってサボると元の木阿弥です。
5. 肺機能|呼吸筋の筋トレで肺活量アップ
中年になると若い頃に比べて深呼吸がしにくくなったという人が増えます。
最大まで息を吸って最大まで息を吐く。この最大値の振幅が肺活量です。「予測肺活量」というのは年齢と身長によって導き出される肺活量のことで、実際の肺活量がそれに比べてどのくらいの割合かを示すのが「%肺活量」。
「努力性肺活量」は最大限に息を吸った状態から一気に息を吐き出したときの空気の量で、1秒率は最初の1秒で吐き出した空気量の割合です。
ランやジョグでは呼吸で使われる横隔膜や肋間筋に常に負荷がかかり、これがいわば筋トレになります。息が上がる運動をしていない人に比べ、肺の機能が底上げされて当然なのです。
6. 肝機能|走れば肝臓の負担が減
「AST」「ALT」は肝細胞で、「γ-GT」は胆汁の通り道の胆管で作られる酵素。肝臓の細胞が壊れると血液中に漏れ出すため、この数値が高いほど肝機能が低下しているということになります。
過食や運動不足のために余った糖質や脂質が中性脂肪に変わり、肝臓の30%以上脂肪が溜まった状態が脂肪肝。ジョギングによって過剰な糖質、脂質を消費すると肝臓の負担が減り、壊れる肝臓の細胞も少なくなります。
とはいえ、数値が改善したからと調子に乗ってアルコールを飲み過ぎると、骨格筋の合成が抑制されるのでエネルギー消費は減ります。飲酒はほどほどに。
7. 血球検査|強い赤血球が増える
ランニング時には体内に必要な酸素量が増加するので、一時的な酸素不足が生じ、造血作用が働きます。これは高地トレで酸素不足になり、造血作用が高まるのと同じこと。赤血球が増えれば、その中にあるヘモグロビンの数も増えます。
また、赤血球は狭い毛細血管を通るとき、自ら歪んですり抜ける能力を持っています。
赤血球の膜が弱いと、歪んだときにすぐに壊れてしまいますが、この膜の機能もランなどの適度な運動と適切な栄養によって高まります。
ちなみに、白血球は免疫機能に関連しますが、激しい運動後には一時的に免疫機能が低下することが知られています。一方、ジョギングなどの軽い運動は免疫機能を向上させます。
病気予防と健康維持には週末ランで十分なのだ
18歳から100歳の成人5万5137人をランナーと非ランナーに分け、15年間以上追跡調査をした研究があります。このデータから分かったことは、週に1〜2日ランニングするだけでも、非ランナーより死亡リスクが減るということ。時間にすると週に51分未満、距離にして約 9.6 km未満。死亡リスクは週3日以上走る人たちとほぼ変わらず。つまり健康を維持するという意味では週末ランナーで十分ということ。というわけで、これからも走り続けてくださいね?