「まあまあ役に立つ」で良い。長野県の薬草ワークショップ。

日本で唯一チベット伝統医として認められた小川康さんは、〈森のくすり塾〉を営み、客をもてなしている。開かれた場こそチベット医学的だと語る小川さんとともに、薬草を見つめる。

取材・文/村岡俊也 撮影/阿部 健

初出『Tarzan』No.908・2025年8月7日発売

薬草ワークショップ

長野県〈森のくすり塾〉|チベット医に、薬草との付き合い方を訊く。

「薬草って、雑誌広告で宣伝されているほどにすごくはないけれど、かといって極端に軽視するのも違います。“まあまあ役に立つ”が正しい立ち位置です。例えばドクダミ茶がアトピーや高血圧などに劇的には効かなくても、長く続ければ少しは助けになるかもしれない。また、腫れ物に湿布薬として用いられてきた歴史があり試してみる価値はありますが、そもそも、患部を清潔に保っておくだけで結局はたいてい治るものです(笑)」

小川さんと歩きながら草花を見ていると、高まった期待を軽やかに逸らすような話題が次々と繰り出される。では薬草について知っていたら、何かいいことがあるのかと訊けば「話題が豊かになるじゃないですか」と笑う。

薬草ワークショップ

小川さんは多様な話題で、その人との共通点を探していく。その対話の過程がそのままワークショップ。

「柳田國男先生は、“人類史を二つに色分けする最大の尺度は飢えである”と述べています。これを薬草に置き換えると、薬が不足しているチベットでは医学生たちが山に出かけて薬草を採取することに大いなる意義があったけれど、薬が過剰なほど豊富な日本社会における薬草の意義は治癒のためというよりは、心を豊かにするものとするほうがしっくりこないでしょうか」

薬草ワークショップ

半自生化している「当帰」。薬としては根を使う。カラダを温める効果がある。

冗談口調から時折、真面目な表情でグッと染み入るような話をしてくれる。そのバランスの面白さに惹きつけられつつ、小川さんが「薬草のアジール(聖域・避難場所)」と呼ぶ、無造作に生えている草むらを子細に見る。火傷の薬である紫雲膏などに根が使われる、絶滅危惧種の紫草。平安時代の文献に登場する、感染症に効く黄蓮。日本人にとってとても重要な薬草は、どれも地味で目立たない。

薬草ワークショップ

畑と「万里の長城のように」積まれた薪。

「黄蓮は日本人にもっとも貢献してきた薬草の一つです。でも見分けることができる人はほとんどいないですよね。ワークショップに参加したら一つだけでいいから“推し薬草”を見つけて帰ってほしい。すると普段から意識がその薬草に向くようになり、次第に自分で見分けられるようになる。山に出かけるのが楽しくなってきますよ」

薬草ワークショップ

〈森のくすり塾〉。ふらっと訪ねても迎えてくれる。市販薬と野草茶、入浴剤のほか、絵本も扱っている。

医療関係者など専門家向けの薬草ワークショップも開催しているが〈森のくすり塾〉の垣根はなく、誰にでも開かれている。ただ、おしゃべりして帰るだけで、どこか心が軽くなる。そのあり方こそが“まあまあ役に立つ”薬草のようで、とても尊いものだと帰り道で気づくはず。

〈森のくすり塾〉

〈森のくすり塾〉

「百薬堂」は、薬草の貯蔵庫として使われている。長野県上田市野倉8416。10:00〜17:00、月曜休(臨時休業、小川さん不在の日もあり)。〈風の旅行社〉が主催する1泊2日のツアーなども。WEBサイト