作業効率を上げる脳の機能・ワーキングメモリのフル活用術。
勉強や仕事の効率を上げるために欠かせない脳の機能・ワーキングメモリ。限られた脳の資源をうまく使えるようになれば、大量のタスクを前にフリーズすることも減る。まずはコツコツと脳を鍛える習慣を身につけるところから。
取材・文/黒澤彩 イラストレーション/山本由実 編集/堀越和幸
初出『Tarzan』No.905・2025年6月19日発売

教えてくれた人
湯澤正通(ゆざわ・まさみち)/広島大学大学院人間社会科学研究科教授。ワーキングメモリを活用した発達障害児の学習支援等をテーマに研究を行う。『ワーキングメモリあそび』(学陽書房)などの著書がある。
できるビジネスマンの秘密。ワーキングメモリを使いこなす!
私たちが仕事や用事をこなせるのは、脳が「記憶しながら処理をする」機能、ワーキングメモリ(以下WM)のおかげ。
「WMはよく、黒板に喩えられます。授業では、先生がまず黒板にテーマを書いて、板書していきますね。その内容が一時的に蓄えられる場所という意味で、脳のメモ帳であるWMを黒板に見立てるのです。生徒たちはいろいろな話を聞きながら、そもそも何の授業を受けているのかを常に意識していなければいけません。直前に聞いたこと、今聞いていることを、頭の中でテーマに紐付けていきます。そうした目的志向的な活動において、WMは欠かせないものです」(湯澤正通さん)
“脳の黒板”は、限りあるスペースで、人によって大小もあるという。自分のWMを確かめるテストに挑戦してみよう。
テストで「WMのキャパシティ」を実感しよう。
WMを測る、有名なテストがいくつかある。ここでは2つのテストをご紹介しよう。
テスト1.優勝したのは誰?
まずは下の黒板イラストに書かれた文言2つを記憶してほしい。
上の黒板の文言を覚えたら、次に下の黒板の文言を覚えよう。先に覚えた文言2つを忘れたからといって、上の黒板を見返さないこと。
さて、優勝者は誰?
正解はたかし君。上の黒板では、たかし君とゆう君が勝者。そして新たな情報として、たかし君がゆう君に勝った。WMが容量オーバーの人は、新たな情報が黒板からはみ出してしまう。
短期記憶で上の2つを覚えていれば、それに下の黒板事象を加えてちょっと考えると回答できるはずで、あなたは今、頭の中の記憶を取り出し、それを駆使しながら新たな情報を加味して、回答を導き出したのだ。
WMが目的志向活動の元といわれる所以を実感できるだろう。
テスト2.数字の順唱・逆唱課題。
もう一つのテストは左下のランダムな数字を覚えて暗唱すること。何桁までいけるか試したら、覚えた数字を逆から暗唱する“逆唱”にも挑戦してみよう。

脳のWMには限りがある。一般的な大人では7桁前後が限界とされるが、9桁覚えられて逆唱までできた人はかなり強力なWMの持ち主かも!?
「7桁あたりから難しく感じるのではないでしょうか? 脳科学の世界では“マジック7”といって、7±2桁が、人間が覚えられる限界とされています。順唱は短期記憶を測るのに対し、WMを測るには記憶+思考も必要な逆唱を用います」
WMとは、短期記憶を使い考える機能のこと。

おでこの裏側、前頭葉に中央実行系があり、左右の側頭葉にある言語的短期記憶、視空間的短期記憶それぞれから記憶を取り出して思考する。
脳の高度な働きを担うWMのメカニズムは?
「脳の前頭葉にWMの中枢、中央実行系があります。そして左の側頭葉に、言葉や数を記憶する言語的短期記憶の機能が、右にはイメージを記憶する視空間的短期記憶の機能があります。これらの短期記憶を取り出しながら、中央実行系で考えるという作業をします」
基本的に言語的短期記憶と視空間的短期記憶の両方を使いながら考えるのだが、人によって言語とイメージのどちらが得意かが異なるという(詳細は下にて)。脳トレなどでWMを強化できそうな気もするが……。
「残念ながら、できないのです。小中学校の間にぐんと伸びますが、それは知識が増えていくことによって、知識を使って物事を整理し、速く考えられるようになるプロセスです。大人はすでに完成されているのでこれ以上伸びにくく、また60代頃から弱くなってきます」
それ自体を強化できないとはいえ、うまく働かせるための工夫はできるという。
「WMは環境、ネガティブな情動、発達特性などの影響を受けますから、そこに注目した“方略”を使うといいでしょう」
方略とは、WMを十分に機能させる方法のこと。湯澤さんの提案を紹介していこう。
ワーキングメモリを遂行させるために必要なこと。
環境、情動、発達特性に加え、抑制=我慢できること、オンオフの切り替えができることも重要。これらの段階をクリアできないとWMがうまく機能しない。
湯澤正通先生の資料を編集部が改編
ワーキングメモリをスムーズに働かせる方略5選。
1.予備段階として、まずは日常生活を整える。

生活の乱れがWMの働きを鈍らせる。「睡眠はとくに大事です」と湯澤さん。目覚めのカラダの状態は、脳のコンディションそのものかも?
「前提として、WMを働かせるためには気持ちが落ち着いていなければいけません。仕事や勉強など、やるべきことに脳が参加するために、心が平静であることがもっとも大切です」
「方略」と聞けばスペシャルな秘策のようにも思えるが、その準備段階として、きちんと生活することが基本。拍子抜けするくらい当然の、規則正しい生活、睡眠、栄養のあるおいしい食事、運動習慣などを徹底しよう。環境も大切なので、部屋やデスクの片付けも怠らない。
とくに気をつけたいのはスマホの見すぎ。就寝前などに画面を見てしまうと、睡眠時間が短くなるだけではなく睡眠の質も下げることになり、WMのパフォーマンスも慢性的に低下する。わかっているなら、やめよう。
2.ネガティブな情動を遠ざける。

切り替えて仕事に集中しようとしても、どうしても嫌な出来事が繰り返し頭に浮かんでしまう。そんな経験が誰にでもあるのでは。
ではなぜ、心が落ち着いた状態でなければならないのか?
「WMは限りある思考の資源であり、その多くがネガティブな情動に取られてしまうからです。不安が脳のエネルギーを消費してしまうのに加え、不安を払拭しようとエネルギーをさらに使うという面もあります」
嫌な記憶や心配事はもちろん、SNSなどにあふれる情報も阻害要因になる。ネガティブな感情や情報に振り回されないために、マインドフルネス、ヨガ、瞑想などがおすすめ。
WMは鍛えられなくても、心の雑音を取り除いて、やるべきことに集中するためのトレーニングならできそうだ。また、筆記開示も手軽な方略の一つ。起きたことと気持ちを文字にすることで、心を客観視できるという。手書きに限らず、スマホのメモやボイスレコーダーの録音を文字に起こすかたちでもいい。
3.言語かイメージか。自分に合ったやり方で情報を構造化。

視空間的短期記憶が強い人が多くの情報を整理するときには、構造を図式化する。人に伝わるかよりも、自分が理解しやすいことがポイント。
上で説明したように、WMの短期記憶には言語と視空間、2つのパターンが左右の側頭葉に分かれて存在することが明らかになっている。自分に合った短期記憶の方法を活用して、WMをできるだけ効率よく働かせよう。
「言語かイメージか、得意な方を用いて情報を構造化します。例えば4万字のレポートを読んで、すべて記憶することはできませんよね。でも、4万字の内容を構造化して、脳の黒板に収まるサイズに整理することはできるはずです」

言語優位の人は、キーワードを項目にして細部をツリーに下げていく。人が把握できるのは4項目程度なので、最初の項目数を増やしすぎない。
言語が優位な人は、キーワードや見出しを4項目くらいに分け、各項目にさらに下位項目をつなげていく。一方の視覚優位な人はキーワードを羅列せずにチャートなどで図式化する。自分で図を描かずAIに描かせてもOK。大事なのは整理された状態でインプットすることだ。
「私たちは読書したり映画を見るときにも、膨大な情報に触れますが、ちゃんと内容を覚えています。無意識のうちに、脳内で構造化しているのです」
4.情報をチャンク化して脳の空き容量を増やす。
しつこいようだがWMは限りあるものなので、情報が多すぎるとすぐに容量オーバーしてしまう。ならば、情報そのものをコンパクトにしよう、というのが「チャンキング」だ。
「統合することをチャンキングといいます。情報をまとまりごとにチャンク化して記憶の負荷を下げ、目的とする作業にWMの資源を多く割り当てるという考え方です。構造化もその一つといえます」
チャンキングのわかりやすい例が、歴史年の覚え方。1192という脈絡のない数字のままでは4つの数字を覚えなければならないが、「いい国」と語呂合わせにすれば1つの単語を覚えるだけですむ。これはストレージの空き容量を増やすためにファイルを圧縮するようなもので、同じく空き容量確保のために、目的に応じて必要な情報だけを選別して不要なものを消去していくこともポイント。
覚えづらい数字(年号)を意味のまとまりにすると……。

3つの年を覚えるのに、数字のままだと10もの数(4桁+3桁+3桁)を覚えなければならず、WMの負荷もそれだけ大きくなる。
5.知識や最新技術を味方に! 長期記憶を利用する。

慣れた仕事であれば効率よく短時間に遂行できるのは、長期記憶を活用したWMの方略を無意識に使っているということ。
大人になればWMの発達は望めないということだが、その分、知識の蓄積は多くなる。脳に長期記憶として保存されている経験値を有効に使おう。
「仕事が熟達している人は、経験値が脳の長期記憶として蓄積されています。平時はもちろん緊急時にも長期記憶から経験を引き出して対応することができるので、WMに無駄な負荷をかけることがなくなるわけです」
脳は、長期記憶の助けを借りて短期記憶を把握し、処理することができる。また、外にある長期記憶としてAIも使える。
「肝心なところにWMの資源を割くためには、AIを活用するのもありでしょう。ただし、あまりに頼ってしまうと、自分の知識が蓄積されなくなってしまうかもしれませんね」