「zzz」文/Tai Tan|A Small Essay
ウェルビーイングな時間ってなんだろう。様々な人に、その人ならではの視点でエッセイを寄せてもらいます。
文/Tai Tan 写真/編集部
文・Tai Tan
いつ寝ているのですか。
そんな質問をよく受ける。私がさまざまに活動をしている風に映るから、寝る間を惜しんで忙しなくやっているように思ってのことだろうと推察するが、いつも不思議に思う。
なぜなら、私はいつも寝ているからだ。
日を超えるまで起きていることの方が少ないし、かといって健康的に朝5時に起きてますみたいなライフスタイルでもなく、毎日しっかり8時間は眠る。仕事の合間も疲れてきたらチンタラ散歩をしたのちに眠るし、ランチの後も大体5分は仮眠する。もし私の人生に密着のカメラが入ったら、退屈なものだろう。とにかく眠ってばかりいるからだ。
眠るのは、いい。何を今更と思うだろうが、毎日新鮮に実感している。眠るのは、何よりいい。心にも身体にも、最上にいい。かつて「努力か、才能か、いや体調だ」と喝破したボディメンテの広告コピーがあったが、あれは正しい。さらに補足するなら、その体調をつくるものはほぼ睡眠であると私は信じて疑わない。
一般的な睡眠推奨論でいえば、睡眠は良き活動を支えるための手段とされるが、私の捉え方はむしろ真逆。睡眠を主体として、それを達成するために日々の活動に気を配っている。例えば、楽しいアクティビティやハードな仕事、ジムでのトレーニングをやり終えたあとの夜、その寝床を想像してみてほしい。きっと極上の睡眠が約束されているだろう。不安も不完全燃焼感もないクタクタな身体が、寝床にぎゅうとのめり込むように落ちていく快楽。あれを超える幸せは、現時点では地球にまだない。
かつては夜更かしの粘りこそが、自身の創造性の質を担保すると信じる典型的な鼻もちならない人間だったので、睡眠主体論は私にとっては大いなるパラダイムシフトをおこしたわけだが、この考え方に則るようになってからの方が私の脳は冴えている。
だから、みんなもっと寝た方がいい。メンタルヘルスの話をもっと長々と書く予定だったけれど、何かこう本質じゃないような気もして、結論はここに辿り着いた。嫌なことがあったら寝る、だし、嫌なことを跳ね返す身体を手にいれるために寝る。この原理原則さえ守っていればどうにかなるのではないかと思うが、極論だろうか。
この原稿も、寝てばかりいたら締切を随分過ぎてしまったが、その申し訳なさすらも眠ってしまえばくよくよ考えずに済むのだから、やっぱり睡眠が最強なのである。