「鈍感 but alive」文/上坂あゆ美|A Small Essay

文/上坂あゆ美 写真/編集部

文・上坂あゆ美

鈍感である。

私が持つ歌人という肩書きから、人間の中でもかなり繊細な人をイメージすると思うけど、私といったら人間の中でもかなりの鈍感である。

よりによって『Tarzan Web』の読者に言うことではないのだが、自分も他人も、太ったとか痩せたとかがいまいちよくわからない。人から「痩せたね」と言われ、「いや別に変わってないよ」と返したが、家に帰って体重計に乗ってみたら4kgも痩せていて驚いた。

姉が美容系の仕事をしていて、以前私もフェイシャルエステをしてもらった。「肌トーンかなり変わったよ! 」と言われたが全く違いがわからず無反応な私を見て、「大体のお客さんは驚いてくれるのに、あんたにはやり甲斐がない」と言われ、それから一度もしてくれなくなった。

美容系インフルエンサーが新色アイシャドウを紹介するためにピンクメイクとオレンジメイクを載せていて、「あなたはどっちが好き? 」と書かれていたが、どっちも等しく可愛かったので、じゃあもう瞼って何色でもいいんじゃんと思った。実際、自分のアイシャドウは数年間同じものをつかっている。私の瞼が何色でも世界は変わらないのに、世間にはあんなにたくさんの色のアイシャドウが売っていて不思議だ。

学校や職場で、誰が誰を好きとかいうことにも鈍感である。その矢印が自分に向けられているときも告白されるまで気づかない。中学生のころ、いつでもどこでも『HUNTER×HUNTER』の話をし続けて、当然ドン引きされていたが、それにも気づいていなかった。高校生になったときはクラスの女子からハブられていたのに、ハブられていることにすら気づいておらず、余計に怒りを買っていた。

痛みにも鈍い。幼少期から転んでも泣かないし、注射も歯医者も怖がったことがない。数年前に健康診断で胃カメラ検査を受けたら、十二指腸潰瘍を患っていたことが発覚した。医者から「鳩尾のあたり、痛みませんでしたか? 特に空腹時に出やすいと言われているんですけど」と聞かれ、私は「お腹が減ったらご飯を食べるのでわからないですね」と馬鹿みたいな返しをした。全く気づいていなかった。

「ストレスが溜まる」という状態がなんなのかよくわからないので、連日微熱や蕁麻疹の発症が続いて初めて、あー疲れているのかもな、と思ったりする。

先日とある編集者との雑談の中で、「私は自分のことを肯定していると思っているんですけど」と発言した。

編集者は少し考えて、「……上坂さんが、“自分は正しく生きている”と感じられている限りにおいては、そうですね」と答えた。びっくりした。つまり、自分は正しく生きていないと思った瞬間に、私は私を肯定できなくなるということだ。

確かに、身に覚えがあった。自分がかっこいいと思える生き様をしつづけなくてはいけない、そうじゃない自分のことは許せないという、強迫観念じみた考えを持っていた。

今の世の中には、「他人の目は気にせず、好きな自分になろう」的な言説が蔓延している。私もそれに倣い、持ち前の鈍感力も活かしつつ、他人の目は全く気にせず、好きな自分にできるだけ近づいてきたと自負していた。だけどこれは、「好きじゃない自分を否定する」ことと容易に両立する考えだったのだ。本当は、自分を好きじゃなくても生きていける世界の方がいいに決まっているのに。

そういうわけで、現在の私にとってのウェルビーイングとは、ダサい自分も、キモい自分も認めてあげること。正しくなくても生きていていいって思えるようになることだ。

ビジュアルにもフィジカルにも人の気持ちにもたいへん鈍感な私であるが、言葉だけには敏感だったようだ。若干、いやかなりキモいけど、それも認めてあげることにする。

Profile

上坂あゆ美
1991年静岡県生まれ。歌人。Podcast番組『私より先に丁寧に暮らすな』パーソナリティ。著書に『老人ホームで死ぬほどモテたい』『地球と書いて〈ほし〉って読むな』など。