文・三宅香帆
だいたい1ヶ月に30冊くらいの本を読む、というと、ちょっと怪訝そうな顔で「すごいですね」と言われる。本当かよこいつ、なぜ? 暇なのか? という言葉が相手の顔に浮かぶ。
でも違うのだ。それは聞かれたから答えただけであって、私だって本を読むことが決して偉いことだなんて思っていない。ただ、本を読めていないと心が荒んでくる。それだけなのだ。
自分なりに、こういう症状が現れるといまの自分は何だかストレスが溜まってるんだなあとわかる、というサインがいくつかある。味の濃い、雑なものを食べたくなる。部屋を片付ける元気がなくなる。人のLINEをすばやく返せなくなる。そしてなにより、本を読めなくなる。
そう、私にとって読みたい本を読めているか否かは、自分のウェルビーイングを測る重要な指標なのである。
ひとりで部屋で本を読む。喫茶店で本を読む。移動中に本を読む。できるだけその時間を確保したいのに、あああの原稿が終わってないから書かなきゃ、とか、この連絡返したっけ、返してないや、などと言いながらPCやスマホを触っているとどうしたって読書の時間が減る。すると心は荒むばかりだ。
この打ち合わせ、本当に必要ですか? このメールのラリー、本当に本当に必要ですか? と他人に言いたくなったら黄色信号。本を読めてなくて機嫌が悪いだけなのに。
自分の機嫌を保つということは、自分の時間を守るということでもある。私の場合は。そして自分の機嫌が保たれてれば、他人を不必要に傷つける物言いは減るはずだと信じている。この世のパワハラの原因は過労だ、と私は思っているのだ。寝てない食べてない自分の時間が取れてない、はパワハラの元である。
しかしそうは言っても、仕事は降り積もる。どうすれば働きながら機嫌良くいられるだろう? とにかく適度に仕事をサボるしかない。必要ない礼儀は省略したい。適切にサボって迷惑をかけない、大丈夫なラインを見極められる大人になりたい。
仕事をサボることは、自分の機嫌を保つために最も必要な儀式だと思っている。
降り積もる連絡と仕事と会食の中で、ウェルビーイングを保つことは難しい。だけどそれでも、自分で自分の時間を守らないと、他の誰も守ってなんてくれない。
サボることは覚悟である。楽しく明るく仕事を続けるための、本を読む時間を確保するための、それは儀式なのだ。
Profile
三宅香帆
1994年高知生まれ。文芸評論家。著書『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社)がベストセラーに。