葛西優奈&葛西春香(スキー)「がんばった人だけが見られる景色がある」

オリンピック種目になると噂されずいぶんと長い時間が過ぎた。その日を夢見て二人は滑り続ける。(雑誌『Tarzan』の人気連載「Here Comes Tarzan」〈2025年5月8日発売〉より全文掲載)

取材・文/鈴木一朗 撮影/中村博之

初出『Tarzan』No.892・2025年5月8日発売

葛西優奈&葛西春香 スキー
Profile

葛西優奈(かさい・ゆうな)/2004年生まれ。165cm、52kg。18年、14歳で全日本スキー選手権大会のノルディック複合に出場して4位。21年、ノルディックスキージュニア世界選手権で4位。同年、ワールドカップの複合団体、個人で3位。22年、早稲田大学スポーツ科学部に入学。25年、ワールドカップで優勝し、総合4位となる。同年、世界選手権女子マススタートで日本人初の優勝。

葛西春香(かさい・はるか)/2004年生まれ。162cm、53kg。札幌市立西野中学時に全日本スキー連盟が行ったノルディック複合女子の合宿に強化選手候補として優奈とともに参加。20年、ローザンヌユースオリンピックで複合日本代表に。22年、ジュニア世界選手権で2位。同年、早稲田大学に入学。23年、世界選手権で日本人初の3位。25年、世界選手権3位。同年、ワールドカップ総合3位。

試合に出て二人で一緒に上がることが目標だった。

2025年3月にノルウェーのトロンヘイムで開催されたノルディックスキー世界選手権。その複合女子マススタートで優勝したのが葛西優奈、3位に入ったのが妹の春香である。二人は双子で、この競技では荻原健司・次晴兄弟というレジェンドがいるが、彼らさえできなかった姉妹での同時メダルを成し遂げた。ちなみに、優奈の金メダルは1999年の同大会のジャンプで優勝した船木和喜以来。大会前の心境を聞いた。

葛西優奈&葛西春香 スキー

写真左:葛西春香 写真右:葛西優奈

「普段と変わらないように生活していたけど、やっぱり気持ちは緊張していました。シーズンで転戦している間も最終的には世界選手権っていうのがずっと頭にありましたから。大きな大会なので、そこを一番の目標にしながら戦っていたんです」

こう話すのは優奈だ。転戦というのはワールドカップのことを指す。昨シーズンは全14戦が行われ、こちらは春香が総合3位、優奈は4位に入っている。そのシーズン中に、世界選手権が行われたのである。

葛西優奈&葛西春香 スキー

「転戦していると試合数が多いので疲労も溜まって、ちょっとジャンプのバランスが悪くなっていたんです。前回もメダルが獲れていたので、今回もやらなきゃというプレッシャーと、日本チームのためにもという気持ちが混ざって緊張しました。平常心でいようと思ったけど、少しそういう感じがありました」と春香。

世界選手権は2年に一度の開催。2023年にスロベニアのプラニツァで行われ、春香は3位になっている。今年はフィジカル、メンタルともに万全ではない状態で、それでもメダルを獲得できた。それは、春香にさらなる自信と貴重な経験を与えたに違いない。これから先、もっと強くなった二人を見られるだろう。

世界のトップレベルがすぐ近くで練習している。

女子ジャンプの先鞭をつけた叔母の吉泉賀子の影響で、小学校3年のときに札幌ジャンプ少年団に入り、スキージャンプを始めた。ここでは練習の一環でクロスカントリースキーも取り入れていて、二人は自然に2つの競技に馴染むようになった。

葛西優奈&葛西春香 スキー

「最初はコンバインド(複合)って競技も知らなかった。でも小学生の大会に出始めて、男子も一緒だったんですが、勝ったりして楽しくなっちゃって。中学校1年生から、本格的にやるようになりました」(優奈)

ともに東海大学付属札幌高校へ進学し、1年のときの20年のユースオリンピックでは春香が複合で、優奈はジャンプで出場した。国際大会での複合デビューは春香が早かったのだが、そこからステップアップしていくのは優奈のほうが早かった。

21年、世界ジュニアの複合で4位に入り、世界選手権にも出場を果たす。そして、ワールドカップにも参戦し、2戦目ではマススタート、3戦目ではグンダーセン(マススタート方式とグンダーセン方式の違いは後述)で3位となる。これが、春香にとっては非常に厳しかった。

葛西優奈&葛西春香 スキー

「世界選手権に出場できなかったときは、本当に悔しい気持ちしかなかったです。テレビの前で見ていても、やっぱりキツかった。スキーも辞めたくなったんですが、とにかく勝ってやろうって気持ちだけで、這い上がっていった感じなんですよ」

翌22年、その成果が表れる。世界ジュニアで2位に入ると、初めてのワールドカップ、最終戦の2試合で2位の成績を残したのである。

葛西優奈&葛西春香 スキー

「メダルを獲れるところまで行ったということを考えると、気持ちで人は変われる、何でもできるんだって思った一年でもありました。そこからは、やっぱり強くあり続けなきゃいけないし、世界のレベルも上がってきているので、自分もそれについていくというか、追い越していかなきゃいけないと思っているんです」

一方、優奈も感じてきたことがある。それは、22年以降、春香に引き離されているという思いだ。昨シーズンのワールドカップでも、序盤に好成績を挙げたのは春香だった。

葛西優奈&葛西春香 スキー

「どっちかが(大会に)出られて、どっちかがダメだった時もあった。試合に出て、二人で一緒に上がることが目標でした。でも、その中でも私がついていけない時もあって。春香は世界のトップレベルで、そんな人が近くにいたっていう感じ。もちろん負けられないのもあったけど、なんだろう、近くで練習してる人が世界の上のほうにいるってのは、なかなかないと思っていました」

そして二人は同じ舞台の同じ表彰台に立った。ひとつの夢は叶った。

来年はないと聞いたとき本当に衝撃的だった。

さて、ノルディック複合男子と違い、女子は実はオリンピック種目ではない。“次こそ!”と言われ続けたが、未だ五輪種目には選ばれていない。二人も近い将来オリンピック種目になるということで、中学から本格的に始めたのだ。しかし26年のイタリアのミラノ・コルティナダンペッツォ・オリンピックでも不採用。

で、方式の話もする。二人が表彰台に立ったマススタートは最初にクロスカントリーで5kmを滑り、その後にジャンプで優劣を競う。グンダーセンはその逆だ。ジャンプが得意な選手はマススタート、クロスカントリーが得意な選手はグンダーセンが有利とされる。オリンピックの男子ではグンダーセン方式で、女子もオリンピックに採用されれば、こちらになる可能性が高い。

葛西優奈&葛西春香 スキー

「マススタートで金メダルだったんですけど、やっぱりジャンプが先で、クロス(カントリー)でゴールを切るグンダーセンで優勝というのが、本当だろう、勝った感があると思います。だから、それに関しては、これからはもっとがんばらないといけない、厳しいトレーニングもしなければと考えています」(優奈)

「オリンピックがあると思って私たちも取り組んできたので、来年はないとなったときは衝撃的でした。でも、毎年ワールドカップはあるし、世界選手権も2年後だから、自分としてはそんなにモチベーションが崩れることはなかった。世界選手権でメダル獲れる人はごく僅かしかいない。それをできたからこそ、練習をやるのが無駄じゃないっていうか、時間を割くべきところではあると思っています。ほぼ毎日やっていますね。がんばった人にしか見られない景色っていうのは、もちろんみんながんばっているのですが、表彰台に上った人にしか見ることができないのかなって思っています」(春香)

5年後、30年はフランスでオリンピックが開催される。そして来年には、どの競技が採用されるかが決まる。二人が抱いてきた一番大きな夢が、実現することを切に願いたい。