
教えてくれた人
芥田憲夫(あくた・のりお)/虎の門病院で2022年から肝臓内科部長、臨床研究センター長を務めている。〈MASLD診療ガイドライン作成委員会〉委員長。医学博士。
目次
太っていなくても蓄積する「異所性脂肪」とは。
体脂肪(中性脂肪)の代表例・皮下脂肪と内臓脂肪のほかに、近年では“第3の脂肪”として「溜まらないはずの場所(異所)の脂肪」こと「異所性脂肪」が注目されている。
心臓、血管、腎臓、筋肉などにも異所性脂肪は点在するが、いちばんポピュラーな異所性脂肪は肝臓に溜まる脂肪肝。そして、日本人をはじめとする東アジア人には、太っていなくても異所性脂肪の蓄積が進む体質を持つ人が一定程度いることがわかっている。
ここでは太っていなくても気にしたい異所性脂肪として脂肪肝に焦点を当てよう。
日本人の4人に1人が脂肪肝!
もっとも身近な異所性脂肪である脂肪肝とは、肝臓を作る約3000億個の肝細胞の30%以上に、余分な中性脂肪が蓄積した状態だ。日本の脂肪肝患者は増え続け、現在は推計3000万人。4人に1人に脂肪肝の疑いがある計算だ。
その多くは、カロリー過多で体脂肪蓄積を促す過食と運動不足によるもの。現代の怠惰で体脂肪が溜まりやすい生活習慣が脂肪肝急増の背景にあるが、それ以外に体質的な理由もありそう。
「日本人には肝細胞の内部で脂肪の処理に関わるPNPLA3という遺伝子の働きが弱いタイプが多く、それによって脂肪肝を招きやすいと考えられます」(虎の門病院肝臓内科の芥田憲夫部長)
一説にはPNPLA3の働きが弱いタイプは日本人の約3割に上るとか。そう聞くと4人に1人が脂肪肝と言われても何の不思議もない。あなたもその一人かも?
脂肪肝が心臓病やがんのリスクを上げる。
通常、脂肪肝から起こる病気というと、肝硬変や肝がんといった肝臓の病を真っ先に心配する。だが脂肪肝は肝臓に留まらず、全身に悪影響を及ぼす。その合併症は命を脅かすものばかりだ。
「当院のデータでは、脂肪肝のある人が心血管イベント(心臓病や脳卒中)を起こすリスクは年1%、肝がん以外の悪性腫瘍(がん)のリスクは年0.8%ですが、肝硬変や肝がんのリスクは年0.3%です。また、肝臓以外のがんは脂肪肝アリだと、男性は大腸がんに約2倍、女性は乳がんに約1.9倍罹りやすくなります。脂肪肝は肝臓の病気である以上に万病の元だと思ってください」
むろん脂肪肝が肝臓をダイレクトに蝕む事実からも目を逸らせてはダメ。ことにお酒をたくさん飲むタイプほど、脂肪肝だと肝がんの発生率も上がるから油断は禁物なのである(下グラフ参照)。
お酒を飲む人は肝がんに注意する。
虎の門病院で、腹部超音波検査で脂肪肝と診断された9959例から、アルコール摂取量(純アルコール換算)で肝がんの累積発生率を比べたもの。アルコール摂取量が多いタイプほど、肝がんのリスクが高くなる。
出典/虎の門病院
血液検査で脂肪肝を見つける方法。
脂肪肝は健康診断でも見つけやすいのがメリット。その存在をじかにチェックするのが、俗に“エコー”と呼ばれる超音波検査。スキャンして肝臓に白い部分が多かったら、脂肪肝だ。血液検査の値も精査すべき。
「肝細胞が分泌するALTという酵素の値が重要。ALT31以上だと脂肪肝の可能性があります。ALT30以下でも、同じく肝細胞が分泌する酵素のASTよりも値が高い場合は危険。いずれもエコーで肝臓に脂肪が蓄積していないかを詳しく確認してください」
虎の門病院のデータでは脂肪肝の持ち主の半数はALT30超で、そこから進んだ肝硬変では約80%がALT30超だった。脂肪肝よりも一層危険で、肝がんの発端にもなり得る肝硬変の有無を見分けるのにALTはかなり有益。健康診断の結果をいますぐ見直そう。
血液検査の肝機能の数値の見方(単位:U/L)
基準範囲 | 要注意 | 異常 | |
AST(GOT) | 30以下 | 31〜50 | 51以上 |
ALT(GPT) | 30以下 | 31〜50 | 51以上 |
γ-GTP | 50以下 | 51〜100 | 101以上 |
ASTは心臓や筋肉、肝臓に多く存在する酵素で、ALTは肝臓に存在する酵素。脂肪肝になるとALTがASTより高くなる。またALT31以上だと慢性肝臓病のリスクあり。γ-GTPはアルコール摂取が多すぎると増えてくる。
出典/日本人間ドック・予防医療学会「検査票の見方」を基に作成
体重を3〜5%落とせば、脂肪肝は解消しやすい。
脂肪肝のみならず、異所性脂肪の元凶はカロリー過多。食事と活動のカロリー収支を赤字に傾け、減量する努力が求められる。
「従来は体重を5〜7%落とすべきとされましたが、太っていない人には設定が厳しすぎる。肥満ではない、日本人を含む東アジア人は3〜5%の減量で脂肪肝解消に効果的とわかっています」
運動は有酸素運動とレジスタンス運動の組み合わせを。食事は「地中海食」か「オサカナスキヤネ」で。どちらも減量にも合併症予防にも有効だ。地中海食は、魚介類、豆類、野菜、果物、未精製穀物、オリーブオイルなどが主体。1日の食事で8品目を意識して摂るのが「オサカナスキヤネ」(下記参照)。取り組みやすい方を選ぼう。
脂肪肝を防ぐ「オサカナスキヤネ」とは?
脂肪肝やそれに伴う心臓病などを予防する食事のポイント。左記8品を1日1回摂る。1日で摂るのが難しい場合は3日で8品を網羅する。
出典/虎の門病院広報誌T-MagazineVol.16『特集/男女とも増加傾向にある 脱・脂肪肝!見逃さない』
日本で唯一の「脂肪肝改善入院」とは?
脂肪肝対策の柱は生活習慣全般のリセット。でも、生活パターンを改めるには、一人ひとりの状況に応じて持続可能なメニューを提案する「パーソナライズ&サステナブル」が必要だ。そこで東京・虎の門病院が2021年に始めたのが日本初の「脂肪肝改善入院」。3年で延べ約1200人が入院した。
6日間の入院中、運動指導、栄養相談、採血検査が行われる。入院半年後のフォローアップでは肝機能が向上し、心血管イベントの危険度も下がるなど、着実な成果が得られている。
ただし、虎の門病院にいきなり電話しても入院できない。かかりつけ医の診察で脂肪肝が疑われたら、虎の門病院を紹介してもらおう。気になる料金は3割自己負担で約11万円だ。
脂肪肝改善入院のスケジュール。
【運動指導】
理学療法士からの指導が連日20〜40分。
【栄養相談】
管理栄養士からの指導1回(30分)、体成分分析(体脂肪/筋肉量測定)1回。
【採血検査】
入院時と退院前日の2回、Fib-4インデックスなどで肝機能を評価する。
運動指導、栄養相談、採血検査が3本柱。医師、理学療法士、管理栄養士が、部門の垣根を越えてタッグを組むことで初めて実現する。