なぜやめられない? 臨床心理士が教える、悪癖から抜け出せない理由と解消方法
生活の8割以上は無意識に行う習慣とクセで成り立っている。習慣とはつい繰り返す行動。なかでも偏り強めなのがクセだ。体調の良し悪し、内臓の具合、見た目、果ては寿命やメンタルまで、どれも日々のちょっとした習慣とクセの積み重ねに左右されている。カラダとココロがボロボロになる前に、こうした悪癖を“見える化”して、健康な毎日のために行動を改めよう!
取材・文/井上健二 イラストレーション/ツナ・ダン 監修/中島美鈴(臨床心理士)
初出『Tarzan』No.881・2024年6月6日発売
教えてくれた人:中島美鈴さん
なかしま・みすず/臨床心理士、公認心理師。九州大学大学院人間環境学府学術協力研究員。専門は認知行動療法。保護観察所や少年院などでの臨床経験は22年を超えている。著書に『脱ダラダラ習慣!1日3分やめるノート』(すばる舎)など。
そもそもクセって?
悪い習慣には、隠れた理由や目的がある
絶賛ダイエット中なのにポテチに手がつい伸びてしまう、忙しいのにスマホゲームが止まらない…。頭では悪いとわかっているのに、どうにもやめられない習慣とクセは、誰にでも1つや2つはある。
そうした悪癖と縁を切るのに有効なのが認知行動療法の「機能分析」。認知行動療法とは、認知(モノの捉え方)と行動(物事への対処)を見直しながら、ストレスなどに対処する手助けとなるものだ。
「なかでも機能分析は、ある行動を通して、その人が本当は何をしたかったのかに目を向けて検討していく方法です」(認知行動療法が専門で臨床心理士の中島美鈴さん)
悪癖のような何気ない行動の裏側にも、本人が自覚していない理由が隠れている。機能分析は、そういった問題行動の背景にある理由や目的(機能)を見つけて分析。認知や行動の修正に結びつけていく。
ストレスなど目に見えないものが、悪癖という外から目に見える形を取って出てくることを、認知行動療法では「外在化障害」と呼んでいる。機能分析は、この外在化障害の解消にとくに向いているという。
「お菓子を食べている人に“なぜお菓子を食べているの?”とストレートに聞くだけでは、“好きだから”で終わってしまう。理由や目的の候補をいくつか示して、そこから選んでもらうようにすると機能分析がうまく進み、行動が変わります」
「~してはダメ」という禁止形ではやめられない
日本の学校には「廊下は走るな」と書いてあるけれど、アメリカの学校では「廊下は歩こう」と書いてある…。日米の発想の違いを伝える譬え話の一つだ。
廊下を疾走する子どもが増えると、思わぬ衝突トラブルが起こることもある。それを防ぎたいという願いに、国境はない。目的は同じなのだが、表現方法にはお国柄も出る。日本では「〜してはダメ」と禁止形で伝えることが多いのに、アメリカでは「〜しよう」と推奨形で伝えることが多いとされる。
禁止形が心に響くのか。それとも推奨形の方が心を動かされるのか。国民性の違いがあるし、それ以上に個人差もあるだろう。
では、自分で自身の悪癖と縁を切りたいなら、果たして有効なのは禁止形か、それとも推奨形か。
「日本人の大半は“タバコをやめるぞ”などと禁止形で悪癖から足を洗おうとしますが、それだと失敗に終わるケースが少なくない。
行動を禁じるとストレスが少しずつ溜まり、いずれ鬱積した欲望が暴発してしまい、元の習慣とクセに逆戻りするリバウンドが生じやすいからです」
禁止形ではなく推奨形で習慣とクセを変えるときの出発点となるのが、下の4つの観点から隠れたニーズを引き出すこと。禁止形に比べると遠回りのように思えるけれど、そこに目を向けてあげることが悪癖から抜け出す近道なのである。
4大ニーズのどれを満たしているかを知る
悪癖に走る隠れた理由や目的には、大きく次の4つがある
① すぐに達成感を得たい
お菓子などの好物を食べると美味しくて満足するし、お酒を飲んだら気分が良くなる。これらは達成感が即座に得られるのが特徴。
「行動に対する達成感のような“報酬”が、遅延せず速攻で得られるものほどハマりやすくなります」
② 人から注目されたい
SNSの写真に「いいね!」がたくさんつくと単純に嬉しい。他の人から注目されたい、承認されたいというニーズが満たされたら、何度もその行動を取りたくなる。
③ つらい現実を忘れたい
仕事のイザコザを忘れるためにゲームに没頭するのは、現実から逃げたいから。暇潰しも実はこれ。
「暇は悪いことではないので、潰さなくていい。暇を潰したくなるのは、暇だと自分自身と向き合い、現実の課題や将来の不安などを直視しなくてはならないから。それが嫌だから現実逃避したくなるのです」
④ 心地よい感覚が欲しい
歯応えのいいスナック菓子、口寂しさ(口唇器的欲求)を満たしてくれるタバコや飴、喉越しのよい冷えたエナジードリンクなどのように、心地よい感覚が得られるような行いは繰り返したくなるものだ。
やめたい行動は、以上4つのどれかに当てはまるはず。胸に手を当ててじっくり考えてみよう。
クセの背後に潜む4大ニーズ
- 即効性:筋トレやダイエットは成果が出るのに時間がかかる。お酒、危険ドラッグ、ゲームなどは達成感(報酬)が即座に得られてハマる。
- 注目・承認欲求:誰しも「注目されたい」「愛されているか確かめたい」という承認欲求があるもの。それを満たせるような行いばかり好む人もいる。
- 現実逃避:現実は厳しいから、面と向かって向き合うのはしんどい。それを避けるために没入してすべて忘れられる行動を取る。暇潰しでもある。
- 快感欲求:やめたくてもやめられない行動の裏には、それをしていることで得られるカラダの感覚が好きだというニーズが隠れている場合も多い。
悪いクセを直す方法
悪癖を置き換える代替行動を用意する
4つの選択肢から悪癖に潜むニーズに気づけたら、それを満たせる別の行動を用意する。これを「代替行動」という。満たされないニーズをきちんとケアしないと、そのうち悪癖へUターンするだけ。
仮に仕事の人間関係の憂さをスマホゲームで晴らしている(③ 現実逃避)なら、ストレスを解決する代替行動が必要になる。タバコを口にくわえる感覚(④ 心地よい感覚)を欲しているなら、ガムを嚙むなどの代替行動を準備しておくべきだ。
とはいえ、代替行動は何でもいいわけではない。最低満たしておきたい条件を2つ挙げよう。
第1に、心身に悪い影響を及ぼさないヘルシーなものに限る。
ストレス軽減の手段としての飲酒をやめるから、代わりに危険ドラッグでストレスを紛らわすというのはナンセンスの極み。
第2に、ハードルをいきなり上げすぎないこと。初めから理想を追い続けるのもNGなのだ。
飲酒の代わりに、ジムでの運動でストレスがリセットできるとしたら、体型も引き締まって一石二鳥。
万々歳だが、運動に不慣れな未経験者にはハードルが高すぎるので、早晩挫折するのがオチ。
ハードルを下げて、いまの自分にもできそうなものから代替行動をチョイスしよう。たとえば、浴槽入浴で気持ちいい汗をかいてストレスが軽くなるとしたら、誰しも続けやすいだろう。
新たな習慣化には3週間かかると覚悟する
悪いクセが定着しやすい理由の一つは、前述の通りご褒美(報酬)が即座に得られるから。
対照的に、ダイエットやトレーニングのように定着してほしい良い習慣が思い通りに続かないのは、痩せるとか、筋肥大が起こるといった報酬が見える形で得られるまでに時間を要するため。
一念発起してビジネス英語の学習を始めても、翌日からTOEICの得点が跳ね上がり、ペラペラになれるわけではない。これらを報酬遅延課題という。
「60秒以内に報酬が得られるような習慣は長続きしますが、それ以上時間がかかるものは継続しにくいと研究でわかっています」
悪癖を置き換えるとしても、代替行動が報酬遅延課題だと続けるのは難しいだろう。どうすべきか。
大切なのは、新たな代替行動がコツコツ続いているという事実を“見える化”すること。それを報酬と捉えてモチベーションを保つのだ。
「たとえば、続けたい代替行動ができた日は手帳にシールを貼ってみる。子ども騙しのような手法ですが、案外効きます。また、理由はよくわかっていませんが、見える化するなら、スマホやタブレットのようなデジタル機器ではなく、手帳のような紙媒体の方が効果的なようです」
新たな習慣が定着するまで、3週間前後かかる。この3週間を見える化で乗り切れば、悪癖を駆逐する代替行動が身につく確率は上がるのだ。
自分の価値観に合う代替行動を見つける
代替行動を決めるうえで重要なのは、自分が何を大事にしているかという価値観にマッチしているかどうか。価値観に合わない行いには本気になれないし、継続も望めない。
お金、仕事、家族、健康、快適性、正義などなど、重視する価値観は人それぞれ。何よりも健康が大事なタイプは、飲酒の代わりに運動でストレスを発散するという代替行動が、案外ツボるかもしれない。
ただ「あなたの価値観は?」と問われても即答できない。まず下の例から優先したい価値観を3〜5個ピックアップしてみよう。その過程で曖昧だった価値観が具体的になる。
自らの価値観を知るもっと手軽な方法は、スマホに保存した写真やビデオのライブラリを見返すこと。
「そこには言語化できない価値観のヒントがある。家族と撮った映像が多いなら家族を大切にしているでしょうし、SNSでバズった場所の映像が多い人は好奇心を満たしたいという欲求が強いと考えられます」
ちなみに運動が続かない人も、価値観を踏まえると成功しやすい。
「私も運動は続かないタイプだったのですが、運動を通して何を得たいかという価値観を見つめ直したら、続く運動に出合えました。私には運動で強くなりたいとか、健康になりたいといったニーズは弱かった。“美しさ”を追求したいという価値観が強かったので、バレエをやってみたら見事ハマりました(笑)」
大事な価値観の一例
お金、健康、家族、友人、ワーク・ライフ・バランス、自己実現、自立、成長、美しさ、強さ 、楽しさ、挑戦、正直、パッション、正義、誠実、感謝、正確、厳格 、効率、スピード、好奇心、協調 、社会的評価、創造性、堅実、多様性 、ユニーク、安心・安全、快適性