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タンパク質と、何が同じで、どう違う?ジェーン・スーと〈味の素(株)〉社員が語るアミノ酸のこと。
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人は年を取る。それは脳も同じこと。脳の老化を完全に止めることは難しいけど、そのスピードを遅らせることは不可能じゃない。フレッシュな脳を保つために、今できることを知っておこう。今回は、世界保健機関(WHO)が公開した「認知機能低下および認知症のリスク低減」というガイドラインをベースに、脳機能を若く保つ7つの方法を紹介。
その昔、脳の神経細胞は1日10万個ずつ死ぬと脅されていたが、実は90歳以上になってもそれほど減っていないとか。それどころか、記憶に関わる海馬などではいつまでも細胞新生が続くし、運動によって新生が促進されることも知られている。
では、何が脳を老化させるのか。
「他の細胞と同じように、活性酸素による酸化や慢性的な炎症が脳の神経細胞にダメージを与えてしまい、記憶や判断力といった認知機能を低下させると考えられています」(脳科学者の篠原菊紀先生)
続いて心配なのは、脳の老化と認知症との関わり。
認知症とは、脳の認知機能の低下により、仕事や家庭といった社会生活に支障をきたすようになった状態を指す。日本における認知症の70%近くを占めるのはアルツハイマー病によるものであり、次に多いのは脳血管性認知症だ。
「アルツハイマーは脳内にアミロイドβという異常なタンパク質が蓄積して起こり、脳血管性認知症は脳の血管が障害されて生じる。いずれも神経細胞の老化といえば老化です」
脳老化=認知機能低下を防ぐ工夫は、認知症リスクを下げることにもつながるケースが多い。どうすべきか。じっくり学ぼう。
日本でもっとも多いのはアルツハイマー型認知症。次が脳血管性認知症であり、両者で90%近い。その急増は社会問題化しており、65歳以上の高齢者のおよそ6人に1人に認知症の恐れアリとされる。
認知機能に関わるのは大脳。なかでも額の奥にある前頭前野、記憶に関わる海馬などのエリアが重要である。視床下部、中脳や延髄などからなる脳幹は生命維持に不可欠。小脳は運動機能をコントロールする。
2019年、世界保健機関(WHO)は、「認知機能低下および認知症のリスク低減」というガイドラインを公開した。それをベースに、脳機能を若く保つ7つの方法を紹介しよう。
身体活動は、認知機能正常の成人に対して認知機能低下のリスクを低減するために推奨される。
身体活動は、軽度認知障害の成人に対して認知機能低下のリスクを低減するために推奨してもよい。
認知機能が正常な人が、将来の認知機能低下のリスクを下げたいなら、真っ先に取り組むべきは、身体活動。つまり運動だ。
カラダを動かして心拍数が上がると、脳内でBDNF(脳由来神経栄養因子)が増える。このBDNFは脳の神経細胞の栄養となり、新たに神経細胞を増やしてくれるのだ。
「どのような運動も、脳の働きを保つために有益。とくに筋トレと有酸素運動の組み合わせは、脳の認知機能と実行機能を改善させます。それには、運動により筋肉、骨、肝臓、膵臓などから分泌される情報伝達物質のエキセルカインも関わります」
ではどのくらい運動すべきか。
WHOのアドバイスは、週150分以上の中強度の有酸素運動(高強度なら週75分以上)に加え、主要な筋肉を鍛える筋トレを週2回以上行うこと。少々ハードルは高いけれど、いつまでも若々しい脳を保つ確実な投資だと思って頑張ってみたい。
地中海食は、認知機能正常または軽度認知障害の成人に対して認知機能低下や認知症のリスクを低減するために推奨してもよい。
WHOの健康食に関する推奨に準拠して、健康なバランスの取れた食事はすべての成人に対して推奨される。
運動と並ぶ脳老化予防の大きな柱は栄養的介入。要するに食事だ。
栄養バランスに配慮した食事は健康の礎だが、WHOが脳老化を防ぐ食事として名指しするのは、地中海食。地中海沿岸で古くから食べられていた伝統食である。
特徴は、野菜、果物、豆類、ナッツ、魚類、未加工の全粒穀物などが豊富であり、オリーブオイルを調理に用いる点。ご飯を玄米に替えて、野菜や魚類をオリーブオイルで料理すれば、日本人でも実行しやすい。果物やナッツはおやつで食べよう。
個別の栄養素では、魚類からのDHAやEPAといった多価不飽和脂肪酸の摂取が、健康な人の記憶力低下を抑えるという報告がある。
「ただし、ビタミンB・E、多価不飽和脂肪酸、複合サプリメントは、いずれも認知機能低下や認知症のリスクを減らすためには推奨されないとWHOは指摘しています」
なるべく食事から摂取したい。
認知トレーニングは、認知機能正常または軽度認知障害の高齢者に対して認知機能低下や認知症のリスクを低減するために行ってもよい。
脳を鍛える基本のキは、ワーキングメモリーを積極的に使うこと。
ワーキングメモリーとは、情報を一時的に記憶・処理し、それを用いながらさまざまな認知を行う脳の働き。おもに脳の前頭前野が担う。
ワーキングメモリーを駆使して脳を鍛えるために行われるのが、認知的トレーニング。脳トレだ。
「わざわざ脳トレ本を買って紹介されたトレーニングに励まなくても、普通に新聞や本を読んで理解したり、計算をしたり、資格試験のためなどに勉強したりするだけでも、ワーキングメモリーは鍛えられます」
肝心なのは、どんな脳トレでも、気持ちを込めて行うこと。
「私たちの実験では、同じマス計算でも、普通に行ったときと、“心を込めて行ってください”と指示して行ったときでは、後者の方が脳の前頭前野の働きが活性化しており、ワーキングメモリーがより盛んに働いていることがわかっています」
危険で有害な飲酒を減量または中断することを目的とした介入は、他の健康上の利点に加えて、認知機能正常または軽度認知障害の成人に対して認知機能低下や認知症のリスクを低減するために行われるべきである。
禁煙介入は、他の健康上の利点に加えて、認知機能低下と認知症のリスクを軽減する可能性があるため、喫煙している成人に対して行われるべきである。
タバコとアルコールは万病の元。生活習慣病のリスクとなり、カラダを老けさせるうえに脳のエイジングも進める。
脳老化を食い止めるうえでより重要なのは、禁煙。認知機能の低下と認知症リスクの低減が期待される。ニコチン依存症で自力で禁煙するのが難しいなら、禁煙外来を受診する。一定の要件(35歳以上で1日の喫煙本数×喫煙年数=200以上など)を満たせれば保険が適用される。
お酒で注意が求められるのは、まずアルコール使用障害(アルコール依存症)が疑われる人。アルコール依存症では、認知機能が正常または軽度認知障害に対して、認知機能の低下や認知症のリスクを軽減するために、危険で有害な飲酒を控えることが推奨されている。
依存症ではなくても、お酒はたとえ少量でもカラダと脳をじわじわ蝕み続ける。左党もできる範囲で節酒を心がけたい。
糖尿病のある成人に対して、内服やライフスタイルの是正、または両者による糖尿病の管理は現行のWHOガイドラインの基準に従って行われるべきである。
高血圧の管理は、現行のWHOガイドラインの基準に従って高血圧のある成人に対して行われるべきである。
「人は血管とともに老いる」という名言がある。その指摘通り、脳を養う血管にダメージが及ぶと、脳老化を促進しやすい。また、認知症のおよそ20%を占めている脳血管性認知症は、脳梗塞や脳出血などにより脳血管が障害を受けて起こる。
そこで気をつけたいのが、高血圧、糖尿病、脂質異常症といったメタボ系の生活習慣病。このうち高血圧と糖尿病に関して、WHOはそれぞれを適正に管理するべきだと戒めている。
いずれも血液を心臓から末梢へ運ぶ動脈が硬くなり、血管が詰まりやすくなる動脈硬化の危険因子であり、血管のエイジングを大いに左右するからだ。
高血圧患者は4000万人超、糖尿病かその予備群は約2000万人とされる。国民全員が気をつけるべき疾患だ。健康診断などで高血圧や糖尿病の疑いアリとされたら軽視せず、食生活と運動などで血圧と血糖値のコントロールに取り組もう。
多忙だと睡眠不足になりがち。でもそれは脳老化を加速する一因になりかねない。WHOガイドラインでは触れられていないが、アルツハイマー型認知症を引き起こすアミロイドβの蓄積を促しやすいからだ。
眠りには、深いノンレム睡眠と浅いレム睡眠がある。どちらも必要なのだが、脳を若返らせるためにより重視したいのは、ノンレム睡眠。
「アミロイドβは、ノンレム睡眠中に脳の外へと排出されています。ですから、ノンレム睡眠が足りないと、アミロイドβが脳内に溜まりやすく、アルツハイマー型認知症のリスクが上がる恐れもあるのです」
ストレスをお酒で発散して無理に寝たりするのは最悪。アルコール自体が脳に悪いし、眠りの質が下がりノンレム睡眠はほぼ取れない。
早起きして朝日を浴び、日中活動的に過ごし、夕飯以降強い光を避ける。体内時計に従った生活リズムで眠りの質を上げよう。
30代以上の3人に2人が密かに罹っている国民病が、歯周病。これは歯周病菌により、歯ぐきに慢性的な炎症が生じてしまう病気である。
「歯周病菌は血液に乗り全身に広がる。それで脳で炎症が起こると、脳老化の引き金です」
マウスの研究では、歯周病菌が作る炎症物質は、アルツハイマー型認知症をもたらすアミロイドβを作ることがわかっている。さらに、歯周病菌はアミロイドβをキャッチする受容体を増やし、脳の外で作られたアミロイドβまで取り込むようだ。
また、歯を抜けたままで放置していると、認知症になりやすいという報告もある。おそらく咀嚼が疎かになることなどで脳の血流量が減り、神経細胞に悪影響が及ぶのだろう。
なぜかWHOはスルーしているが、歯周病対策は大事。地道な歯磨きで歯周病菌の棲みかとなるプラークを除去。3〜4か月に一度、歯科クリニックで専門的なクリーニングを。
2023年、新薬《レカネマブ》が「アルツハイマー病による軽度認知障害、および軽度の認知症の進行抑制」の効果・効能により、厚生労働省から承認された。
原因物質のアミロイドβを排出する作用があり、臨床試験では症状の進行を18か月の投与で6か月程度遅らせる効果が得られた。
だが、認知症は症状が出た頃には、アミロイドβが8〜9割蓄積している。《レカネマブ》がアミロイドβを排出しても、それを上回る量のアミロイドβが作られたらお手上げ。
「認知症をいかに早期発見して、早めに投薬するかが鍵です」。
2015年、アンチエイジング業界をざわつかせる発見が著名な科学誌『サイエンス』に掲載された。若いネズミの血液を年老いたネズミに輸血すると、脳をはじめとする全身の臓器が若返ったというのだ。
血液の何が抗老化に効くのか。同じ研究班が2023年、秘密の一端を突き止めた。
「血液を固める血小板のPF4というタンパク質が関わるらしいのです」。
PF4は神経細胞の新生を促し、認知機能を向上させるようだ。最近では若い頃の血液を保存・培養し、後年自己輸血する医療サービスも存在するとか。効果の程はいかに?
取材・文/井上健二 撮影/吉松伸太郎 イラストレーション/藤田 翔 取材協力/篠原菊紀(公立諏訪東京理科大学工学部情報応用工学科教授、脳科学者)出典/日本総合研究所:WHOガイドライン「認知機能低下および認知症のリスク低減」日本語版より抜粋
初出『Tarzan』No.880・2024年5月23日発売