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これまで同性とペアを組んでいた岡田奎樹と吉岡美帆は、必要に駆られて急遽一緒に競技を始めた。そして今、五輪への道が見え始めているのだ。(雑誌『ターザン』の人気連載「Here Comes Tarzan」No.873(2024年2月8日発売〉より全文掲載)
2023年8月にオランダで行われたセーリングの世界選手権。男女混合470級で優勝したのが、岡田奎樹・吉岡美帆ペアである。これで、日本はパリ・オリンピックでの、この種目の出場枠を獲得した。
といっても、この二人が出場できるわけではなく、この先も国内での選考レースは続く。選手権を振り返って岡田がまず語る。
「枠が取れないってことは考えもしなかったし、だからそれに関しては何にも感じなかったというか…」
一方、吉岡はといえば、岡田とは少し違った感想を持っていた。
「あそこまでのレースができるとは思わなかった。最高ですね」
470級の大会では数日間で10回ほどのレースを行い、順位をポイント化して勝敗を決める。1レースにかかる時間は45分ほどか。世界選手権で岡田・吉岡ペアは、最終日のレース前に優勝を決めるという圧倒的な強さを見せた。吉岡が「最高だった」と言うのも、もっともなことだ。
ただ、彼らがペアを組んだのは2021年の東京オリンピック後。それまで岡田は男子と組み東京オリンピックで7位、吉岡は女子と組みリオデジャネイロ・オリンピックで5位、東京では岡田と同じく7位になった。
ところが、パリ・オリンピックの470級では男子ペア、女子ペアという種目がなくなり、男女混合のみとなってしまった。そこで、新たに男女で組む必要に駆られたのだ。
「東京が1年延びて、パリまで3年しかない。組むのならばある程度完成した選手でないと間に合わない。探していくなかで、吉岡さんが一番だと思った。(競技を)続けるなら連絡をくださいと伝えました」
ペアには役割がある。ひとつがスキッパーといういわば“舵取り役”。もうひとつがクルーで、こちらは全身を使ってバランスを取りつつ帆を操る。岡田はスキッパーなので、クルーを選ぶ際に、体力や運動能力を重視したであろう。身長177cmの吉岡はまさにピッタリだったのだ。
「東京が終わって、やるかやめるのかフィフティーフィフティーでした。2週間ぐらい考えたんですけど、やっぱり7位という結果だったので、ちょっとその先に行きたいなと思って。やるならばパリでは絶対メダルが欲しい。そうなると、岡田さんしかいないなって思ったんです」
かくしてペアが成立する。が、これまで同性としか組んだことのない二人だ。最初は戸惑いが大きかった。
「やはり筋力とか体力で男女差はある。男子とペアを組んでいたときは、自分もマックスでやり続けられた。でも女子となると、自分のペースに巻き込もうとすると難しいところもあるので、(自分の行動に)のめり込みながら、ちょっと落ち着いてというのを繰り返す必要があるんです」
「今までと一番違うのはスピード感ですね。行動に移すまでの速さとか、動きそのものもスピードアップする必要があった。今も難しいですね」
さらに、自分たちが世界的にどのレベルにいるのかがわからない。たとえば陸上競技なら100mを何秒というように比較ができる。
しかし470級をはじめとするセーリングでは、風や波、潮の流れなど自然環境が刻々と変化するなかでのレースとなる。実際に戦ってみなくては、自分たちの立ち位置は確認できないのである。岡田・吉岡ペアはこんな状態から、世界の頂点に立ったのだ。
さて、パリ・オリンピックまで、ほとんど時間がない。そんななかで二人はさらなる高みを目指している。海での実戦的な練習はもちろんだが、日々のトレーニングも重要となる。岡田は毎日の積み重ねが大事と言う。
「有酸素、筋持久力、筋瞬発力のトレーニング。すべて必要です。たとえば5kmを1km5分半ぐらいのペースでゆっくり走る。毎日ではないですがトレーニング期、つまり成長させたい時期には必ずやります。
ウェイトトレーニングも大切です。ただ、重い負荷ではなく、自重とか10kgぐらいの重さをプラスしたり。スクワット、プッシュアップ、まぁいろんなトレーニングをやっています」
吉岡も5~10kmのランニングを欠かさない。が、ひとつ岡田とは大きく異なることがある。それが、ウェイトトレーニングの負荷のかけ方だ。
「けっこう重いウェイトでトレーニングしています。私は(クルーとして)体重が必要になってくるので。バランサーにもなりますから、ある程度の重さがないとダメです。それにパワーも必要ですし」
そして、二人とも470級で戦うのに重要なのは下半身だと言う。吉岡は自分の弱点をこう分析している。
「クセで重心が高い位置で乗ってしまったり、煽る(ヨットを左右に揺らし人工的に風を作り、帆に当てて進む)ときにも、上半身で行っちゃったりするので、もっと下半身を固めていくことが課題ですね。単純にまだ下半身を使うのが苦手だし、筋力的にも弱いってことなんです」
「吉岡さんの言ってることは、支点の問題。船は常に浮いていますけど、たとえば65kgの人がずっと座っていれば、65kgの重さがかかっている。でも、一瞬支点を浮かせれば30kgぐらいに減らせるし、踏ん張れば100kgにもなる。その一瞬が重要で、上半身では決して作れないんです」
この日は撮影のために乗ってもらったが、微風という状況。しかしヨットは進んでいく。彼らが乗るのは車でいえばF1。操縦できれば速いが、それはトップ選手にしか不可能だ。
動きは繊細かつ大胆。取材班が乗り込んだ船の胴に向かって走り、直前でターンしてもらったのだが、ヨットの舳先が船腹にぶつかる!と思うぐらいまで近づいてくる。そして急に方向転換。これだけで凄さがわかった。
パリまで、まだ実力を上げられそうだ。ただ、前述したが、セーリングは自然環境に左右される。そして、すべてのヨットが同じ条件下で走るわけでもない。
数mの位置取りの差で、風や潮目が変わることもあるのだ。つまり、運という要素が強い。「そこが難しいところですが、面白い部分でもあるんです」と、吉岡。
「途中まで後ろのほうを走っていて、前に行くチャンスが急に現れるときもあります。得意不得意の風で勝つ確率も変わってきます。
でも、不確定な運という要素があるからこそ、絶対ダメだって諦めることもないですし、そういう競技なんですよ」
ただ、「オリンピックに出場できるチームにすべて優勝の可能性があるわけではない」と、岡田・吉岡ペアのコーチ・関一人さんは言う。実力上位の3チームがメダル争いをして、そこからの色は運になるようだ。
「優勝できる確率は、3回やったら1回ぐらいというところですかね。メダルは10回中7回は獲れても不思議じゃない。(オリンピックでは5日で勝負を決するのだが)初日は確実に金メダルを獲りにいかないといけない。それ以外の選択肢はない。それで3日目ぐらいに点差が開いてきて4日目でほぼ決まる。
ただ、メダル圏外の選手がバクチを打ってきて、それが当たるなんてこともある。レースを重ねていくなかで、行けそう、行けなさそうというのはわかってきます。流れのなかで勝負をしていって、最後に一番いい色のメダルが獲れればいいですね」
取材・文/鈴木一朗 撮影/岸本勉
初出『Tarzan』No.873・2024年2月8日発売