伊藤敦樹(サッカー)「レッズに入ることすらも、厳しい道だった」
集めた色紙30枚以上、浦和レッズに憧れ続けた少年は、紆余曲折の末にチームでの自分の居場所を見つける。そして迎えた3年目。伊藤敦樹は新たな世界へ飛躍しようとしている。(雑誌『Tarzan』の人気連載「Here Comes Tarzan」、No.864〈2023年9月7日発売〉より全文掲載)
取材・文/鈴木一郎 撮影/下屋敷和文
初出『Tarzan』No.864・2023年9月7日発売
Profile
伊藤敦樹(いとう・あつき)/1998年生まれ。浦和レッズのユースを経て、流通経済大学に入学。U-19大学選抜EASTに選出される。2020年6月に21年シーズンからの浦和加入が内定する。プロ1年目からボランチのレギュラーを奪取。公式戦53試合で3得点。23年6月のキリンチャレンジカップ2023では体調不良の選手に代わり追加招集され、翌日、初出場を果たす。
目次
ボランチなら攻撃と守備の両方で自分の持ち味を出せる
幼い頃から、Jリーグ・浦和レッズに憧れ続け、今そのピッチに堂々と立ち続けている男がいる。それが、伊藤敦樹である。
ポジションは中盤を支えるボランチ。彼のプレースタイルを一言で言うなら、オールマイティ。敵から奪う、足元に収める、突破する、リリースする、そして自らが決める。
そのときの状況や流れによって、自由自在に流れるようなプレーを展開していくのである。伊藤自身は自分をどのように考えるのか。
「ボックスtoボックス(攻守にわたり活躍できる選手をこう呼ぶ)の大型ボランチとよく言われているのですが、スタイルでいったらそうなれるのがいいですね。
ボランチというポジションは攻撃、守備の両方を求められているし、両方で自分の持ち味を出せるとも思っている。守備では球際を強く行って、ボールを奪い切ること。そこから前に出ていけること。
また、攻撃でも2列目、3列目から飛び出していって、得点やアシストでチャンスを作る。攻守両方でチームの中心になれると思うし、今シーズンはとくにここまで持ち味を出せていると感じているんです」
疲れがなかなか表に表れないというのも特徴かもしれない。前後半90分、走り切りプレーし続ける。もともとボランチはタフでなくては務まらないポジションだが、伊藤は一歩抜きん出ているようにも思える。
「そこは去年までの課題で、これまでは(運動)強度を90分間保ててなかったし、途中で足が動かなくなったり、攣ってしまうこともあり、交代することも多かったんです。
だから、オフシーズンで走り方のトレーニングもそうですし、カラダの使い方の基本的なことから見直してみました。効果がすぐに出ているとは思っていないですけど、徐々に練習で意識したことが試合の中で成果として出てきて。それで90分出られる機会も増えてきている。
強度的にもかなりいいところで試合をできていると思うけど、これはやっていく中でつく力なので、試合は最初から飛ばして、バテるところまで行く時間を延ばしていけたらと考えています」
ジュニアユースに入りませんか。その言葉はうれしかった。
両親が強烈なレッズサポーター。伊藤も物心ついたときからレッズが好きに。新聞をちぎって作った紙吹雪を持ってスタジアムに行き、練習場では選手の出待ち。
もらったサインは30枚以上。小学校3年のときに地元のチームに入るが、6年生のときに転機が訪れる。有望選手としてレッズの練習会に誘われたのだ。
「そのときに“レッズのジュニアユースに入りませんか”と言われました。うれしかったですね。でも、入ってみて衝撃を受けました。自分は地元では一番だったのに、みんな強いしうまい。ヤバイなぁ、とは思いましたけど、楽しかったです」
ただ思ったほどの結果は残せなかった。サッカーではジュニアユース→ユース→トップチームというのがエリートに与えられる道なのだが、彼自身もそれは難しいと考えていた。
「実際、試合も出ていなかったので高校はどこに行こうかと思ってました。自分でも当落線上にいるのはわかっていましたから。でも、そのときのユースの監督の大槻(毅・19~20年、レッズ監督)さんが誘ってくれたんです。大槻さんがいなかったら上がっていなかったと思います」
大槻監督には確信があった。基本的なサッカー技術を持っている。それに、身長も伸びるはずだと。その確信は現実となる。今の伊藤は身長185cm、体重78kg。サッカー選手では珍しく、カラダの厚みもある。
「大谷選手に似てますね」と言うと「いやいや」と笑うのだが、まぁスゴイ。当たり負けすることもほとんどない。が、ユースに入って高身長というキーワードが伊藤を苦しめる。身長は伸びるが体重が増えない。成長期にはよくあることだ。
「太れない体質でなかなか大きくなれなかったんです。そこで毎月基準体重を決められて。だいたい月に1kgぐらい増やす感じで。でも増えなくて、ごまかしながらやっていたんです。それがバレて試合に出られなくなった。大槻さんには“そういう些細なことで信頼関係は崩れるんだぞ”と言われてしまいました」
大学での経験を武器に憧れのレッズに入団。
トップへの道が断たれるが、サッカーは諦め切れない。法政大学のセレクションを受けて、落ちた。桐蔭横浜大の練習にも参加したがダメだった。そして、ここでも助け船を出してくれたのが大槻監督だった。
「流通経済大学の人と関係性があって、その場で連絡してくれて“うちの選手が行きたいと言っているんだけど”と話してくれた。ぜひ、という返事をもらって1週間後には練習に参加して、入学できたんです」
流経大のサッカー部は部員が約200人いる強豪。しかし、伊藤は1年の夏にトップチームに上り詰める。これは異常な速さだ。成長期も終わりつつあり、体重も増えた。最高で82kg。「これは増えすぎ」と笑う。
ポジションも変わった。ボランチ、左サイドバック、センターバック。攻撃的だったプレーが、この経験で攻守にわたった幅広いプレーができるようになった。大槻監督からは「オレはお前を(浦和のトップチームに)上げろと言っているから」とも言葉をかけてもらい、憧れのレッズに入団した。
レッズの絶対的な存在になれれば、もっと上のステージに行けると思う。
そして今年、伊藤には2つの大きな出来事があった。一つがAFCチャンピオンズリーグでの優勝だ。
クラブチームによるこの大陸選手権大会を、彼は子供の頃から見てきた。17年の浦和の優勝はテレビの前で大騒ぎし、19年の決勝では、サウジアラビアのアル・ヒラルに敗れ2位になった姿を、スタジアムで目にした。
「2位になったのを見たとき、レッズのユニフォームを着て、満員のスタジアムでプレーしたいと強く感じました。そんな思いがあっての優勝だったので、うれしかった。だって、あのときはレッズに入ることすらも、厳しい道だったんですから」
もう一つが日本代表だ。6月のキリンチャレンジカップで初選出され、翌日にはエルサルバドル戦で初出場。もしかしたら今年は、伊藤がレッズに入団した年と同じく、大きなターニングポイントになるかもしれない。
「レッズに入って3年目で、立ち位置も変わってきています。そういった自覚も自分の中にあるので、だからこそ今シーズンに懸ける思いはかなり強い。
前半戦はいいポジションにつけているので、タイトルを獲りたいです。そのなかでレッズの絶対的な存在になっていきたいですし、なることができればもっと上のステージにも行けると思う。
今年6月、レッズでのプレーを評価されて日本代表に選出されて、また一つ夢が叶った。これからは、日本代表に定着するためにも、浦和レッズで結果を出し続けることが重要だし、それでチームがいい方向に進んでいければいいと思っています」
取材に伺った日の練習メニュー
この日は天候がコロコロと変わった。しかし、練習は淡々と続く。サッカーは天候に左右されない。ランニングに始まり、障害物を置いてのパス練習、攻守を替えての実戦的な練習と続く。
伊藤は全体練習の他に、シーズン中もウェイトトレーニングを欠かさない。シーズン中盤になると「さすがに疲れが溜まって」、自体重の体幹トレが中心となるが、重いウェイトを担ぐことも。