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立つのも苦痛な股関節の痛み。「大腿骨頭壊死症」とは?

大腿骨頭壊死症

軽症ならば長時間の立ち仕事・歩行、なるべく階段を避け、重い荷物は持たない方がいい。痛む足と反対側の足に重心をかけ、痛む足の負担を軽くするよう心がける。杖を使うのもいいし、必要に応じて鎮痛剤を服用しよう。体重の増加は患部の負担増に直結するので、太らないような注意も必要だ。

血流障害から酸素と栄養が届きにくくなった骨が壊死すると、骨頭は変形、萎縮し、股関節は滑らかな動きを失って、強い痛みを発するようになる。そもそも血流障害はなぜ発生するのか?

股関節の不具合、大腿骨頭壊死の可能性も

立ち上がり、歩こうとすると股関節が痛む。思うように足が運べず、足を引きずり、少し歩いては立ち止まって休み、痛みが和らぐのを待つ。こんな苦痛、不便に悩まされている人の股関節には、大腿骨頭壊死が起こっている可能性がある。

股関節は人体で最大の球状の関節だ。軟骨で覆われた大腿骨頭(大腿骨の先端)は、臼蓋(骨盤の窪み)に深くはまり込んでいるためそもそも血管が少なく、血流障害を起こしやすい部位とされる(下の図参照)。

大腿骨頭壊死症

左/血流の維持が骨を保護する:大腿骨頭は臼蓋に深く入り込んでいて、もともと血管の少ない場所だ。その血管が運んでくる酸素と栄養で骨を維持している。右/血流の悪化が壊死を進める:血管の少ない場所だからこそ、わずかな血流障害も壊死発生の確率をはね上げてしまう。

何らかの原因で血流障害が起こると、骨頭は酸素と栄養が不足がちになり、壊死が始まると考えられている(日本整形外科学会ホームページ)。

有名人が罹患すると、療養が長期にわたることに驚かされる。手ごわい病気で、根治に至る治療法がまだ見つかっていないため、厚生労働省は指定難病としている。

1990年代以降の疫学調査の結果によれば、推定年間新患数は2000人台で、激増は見られないが、10万人当たりの推定年間有病率は増加傾向が続いている(下の表参照)。

有病率はじわじわ増えている
大腿骨頭壊死症

出典/特発性大腿骨頭壊死症の頻度分布および関連因子に関する疫学研究(難治性疾患の継続的な疫学データの収集・解析に関する研究)

原因は不明。30〜60代の働き盛りに多発

高齢になるとどうしても増えるのが骨粗鬆症だが、大腿骨頭壊死症は往々にしてその前に表れる。30~60代の働き盛りに多発し、高齢になるとむしろ患者は減少する。30~60代に骨粗鬆症は少ないから、この病気の出発点に骨粗鬆症があるとは考えにくい。

男女とも働き盛りにも多発する
大腿骨頭壊死症

出典/ 特発性大腿骨頭壊死症の全国疫学調査(福島若葉、坂井孝司、中村好一ら/厚生労働省)

2012年1月1日~2014年12月31日に確定診断された2417症例を分析すると、男性は40代が最も多く、女性は30代と60代に2峰性のピークが現れた。

また、女性より男性に多いと聞くと、つい女性ホルモンとの関係を憶測したくなるところ。女性ホルモンは骨からカルシウムが溶け出すのを防いでくれるからだ。だが、多くの女性にとって閉経後の60代に発症のピークがあることとは符合するが、30代にもう一つのピークがあることを女性ホルモン説は説明できない。

実はこの病気がなぜ起こるのか解明されていない。冒頭で述べたように、きっかけは患部の血行障害だろうとする声は多いが、では、なぜ血行が悪化するのか?

動物による飲酒実験ではオスに不利なデータが

もちろん、仮説はいくつも提唱されている。男性に関してはアルコールの多飲が、女性では病気治療などでのステロイド剤の服用との関連が古くから囁かれてきた。

飲酒習慣は血行をよくすることもあるが、多飲が常態化すると逆によくないとする報告もある。ステロイド剤はいくつもの重大疾患で魔法の薬のようによく効くが、副作用として血液の粘稠度が増して凝固しやすくなり、血管に閉塞をもたらすことがあるという。

また、ステロイド剤は脂質代謝異常を招くことがあり、動脈硬化促進作用があるとする報告もある。経口摂取したステロイド剤は血中を流れ、全身に広がるから、大腿骨頭に分布するような微細な血管があれば、そこでも何らかの影響を及ぼしても不思議ではない。

やはりステロイドなのか…?
大腿骨頭壊死症

出典/ 特発性大腿骨頭壊死症の全国疫学調査(福島若葉、坂井孝司、中村好一ら/厚生労働省)

影響を疑われている因子の度数分布と確定診断時年齢の度数分布は酷似している。ステロイドの投与対象疾患は全身性エリテマトーデス(SLE)が23人で最多だった。

実際に大腿骨頭に壊死を起こした人を診察すると、膝や肩など他の関節にも同時多発的に病変の起こっていることがあるという。

また、飲酒に関しては長年の多飲による酒害のように見なされがちだが、札幌医科大学の清水淳也助教の研究では、動物(ラット)で飲酒実験を行うと、オスは少量・短期間でも早々と壊死の起こることがわかった。ところが、同じ酒量で長期間実験しても、メスに壊死は非常に少なかった。

この実験で内臓の変化を見ると、オスは少量・短期間でも重度の脂肪肝になっていた。その結果、脂質代謝に異常が起きれば、末梢で血行障害を起こすことは十分に考えられるが、詳しいことはまだよくわかっていない。

動物実験の結果がそのままヒトに当てはまるかどうかに関しては何とも言えない。とはいうものの、酒との距離感に関しては、一考の価値があるだろう。

オスは飲酒1か月で壊死発生

大腿骨頭壊死症

MCはラットのオスの対照群(飲酒なし)、M1はオス1か月飲酒、FCはメスの対照群(飲酒なし)、以下F1はメス1か月飲酒、F2はメス2か月飲酒…と続く。長期飲酒でもメスに壊死は1匹も現れなかった。

メスに長期飲酒の影響は少ない

大腿骨頭壊死症

肝臓の切片を採取し、脂肪肝になっている部分が5%未満を0、5~33%を1、34~66%を2、66%より多ければ3と採点した。オスは1か月の飲酒で重度の脂肪肝になったが、メスは飲酒期間の長短によらず平均1点と軽度。5か月に及ぶと、なぜか脂肪が激減した。

出典/ Susceptibility of Males, but Not Females to Developing Femoral Head Osteonecrosis in Response to Alcohol Consumption(Junya Shimizu, Shunichiro Okazaki, Satoshi Nagoya, et al.: PLos One. 2016; 11(10): e0165490)

壊死を治す特効薬はないが、必要以上に恐れないことも大切

この病気では、壊死が始まってから痛みなどの症状が出るまでに、多くの場合は数か月から数年の時間差がある。壊死部の骨に陥没などの変形が起こるまでは自覚症状もないから、予防の方法はないし、無症状のうちから壊死が起こる“かもしれない”不安で、定期的に整形外科を受診する人もほとんどいないだろう。

また、壊死を治す特効薬もなく、軽症であれば受診しても鎮痛剤を処方されるなど対症療法しかない。ただ、不思議なことに壊死の範囲が小さい患者の中には、自然治癒する人もいるという。

指定難病と聞くと致命的な重大疾患をつい連想しがちだが、いまでは人工関節の技術が素晴らしい発展を遂げ、以前と比べれば耐用年数も格段に長くなった

適切なタイミングで手術を受ければ、痛みのない動きを取り戻すことは十分に可能だ。必要以上に恐れないことも大切だ。

こんな症状があれば壊死の疑いあり
  • 股関節の痛み
  • 膝の痛み
  • お尻の痛み
  • 太腿の痛み
  • 鼡径部(股関節の前)の痛み
  • 股関節の動きにくさ
  • 股関節からの音
  • 殿部のしびれ
  • 足をひきずる
  • 関節の赤み、腫れ、熱っぽさ

壊死の起きている箇所以外にも影響は波及することがあるし、股関節以外の関節で同時に壊死が始まっていることもある。

取材・文/廣松正浩 イラストレーション/横田ユキオ 取材協力・監修/金谷幸一(金谷整形外科せぼね・骨粗しょう症クリニック院長、医学博士、日本骨粗鬆症学会評議員・認定医)、清水淳也(札幌医科大学医学部整形外科学講座助教、医学博士、日本整形外科学会認定整形外科専門医、日本整形外科学会骨・軟部腫瘍医)

初出『Tarzan』No.862・2023年8月3日発売

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