エッセイストの平松洋子さんが『ルポ 筋肉と脂肪 アスリートに訊け』を上梓した。筋肉や脂肪への素朴な“なぜ”を一流の選手、コーチ、管理栄養士などに取材している。『ターザン』でもお馴染みの桑原弘樹さんとの対談で、その理由を語ってもらった。
『ルポ 筋肉と脂肪 アスリートに訊け』
平松洋子 著 2,310円、新潮社
筋肉と脂肪について解き明かすために、アスリート、コーチ、管理栄養士などを取材したルポルタージュ。疑問から疑問、謎から謎へとどこまでも追求していく神秘への旅のようにも読める。
なぜ、この身体能力が得られるのだろう
平松洋子さん
エッセイスト
ひらまつ・ようこ/1958年生まれ。2006年に『買えない味』でBunkamuraドゥマゴ文学賞、12年に『野蛮な読書』で講談社エッセイ賞、22年に『父のビスコ』で読売文学賞を受賞。著書多数。
桑原弘樹さん
コンディショニングトレーナー
くわばら・ひろき 1961年生まれ。アスリートにコンディショニング情報を提供する桑原塾主宰。阪神タイガースのコンディショニングアドバイザー、グリコではサプリメント事業も立ち上げている。
平松さん
筋肉も脂肪も誰にでもあるけれど、一人一人質が違います。ターンで壁を蹴ってグウーンと伸びるスイマーや、どこまでも登れるクライマーを見たときに「
なぜ、この身体能力が得られるのだろう」と、ずっと素朴な疑問を抱いていました。
スポーツの最前線で活躍するアスリートは何を考え、どんなトレーニングをしているのか、とても興味がありました。その取材で出会ったのが桑原さんです。
桑原さん
僕を知っていただいたのは、プロレスの武藤敬司選手や大相撲の押尾川親方の取材を通してでしたよね。
平松さん
はい。それで実際にお会いしたら、この人には学ぶべきものがある、と。
平松さん
鍛え上げた筋肉に、今日も圧倒されています。桑原さんのお話は、
ご自身のカラダで検証した体験と知見に基づいているからこそ、目が見開かれるような内容ばかりでした。
しかも、本質的なことをわかりやすく説明してくださる。
桑原さん
鍛えても、筋肉は簡単にはつきません。継続して、食事を意識した結果として、一年単位で薄紙を一枚ずつ重ねるようにしてついていきます。早く結果を求めず、がんばりすぎないことが大切です。
平松さん
桑原さんの言葉には、常に洞察と説得力があります。「薄紙を重ねるように」という表現もそう。トレーニングを日常化することだなと思いました。
桑原さん
トレーニングは一度にがんばりすぎないことが肝要ですから。過度に努力すると、脳がリターンを求めてしまい、ストレスの原因になる。当たり前の努力の継続こそが、着実に結果につながっていきます。
平松さん
桑原さんは、年間300回のワークアウトを薦めていらっしゃいますね。
桑原さん
1か月に25日カラダを鍛える計算になります。回数に大きな意味はありませんが、数字を意識したほうが、モチベーションは維持できるのでは、と。
書くために大切なのも体力と精神力です
平松さん
300も私にはとても説得力を持つ数字でした。
継続の意味が数値化されてわかりやすい。
本のあとがきにも書きましたが、昨年12月から、私も真冬の朝のランニングを週に4、5回、朝5時前から5kmくらい走っています。折り返し地点ではストレッチやスクワットをやる。午後には同じ道を今度は歩いています。
でも、それはまだ日常ではなくて、家を出るときには、気合が必要です。
桑原さん
平松さんの本からは僕も学ぶべきことが多くありました。
桑原さん
僕が指導する内容を理解しやすく書いてくださっていて驚きました。トレーナーとして選手にうまく伝えられず、もどかしいことがあります。
平松さんの本はルポなのにまるで物語を読むように、頭の中に入っていきました。スポーツにエリートがいるように、文章を書くエリートもいると知りました。
平松さん
書く仕事も、やはり最終的には体力と精神力が大切だと感じています。その2つがしっかりしていれば、脳も働いてくれる。なので、書く仕事もまたアスリートとどこかで繫がっているのではないか、と。
桑原さん
最近よく思うのですが、
筋肉は“やさしさ”だということ。筋肉って、そんなにたくさんは必要ないですよね。健康に生きていくのに、何百kgもバーベルを持ち上げなくてもいいんです。
でも、そのオーバースペックや継続してがんばっている自信は、気持ちの余裕になります。その余裕が、周囲へのやさしさになる。そんなことも、読みながら考えました。
取材・文/神舘和典 撮影/石原敦志
初出『Tarzan』No.853・2023年3月23日発売
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