- 鍛える
フィットネスの習慣化を助ける新感覚ライト《ライフコンディショニングシリーズ》を体験
PR
近年、フィットネスに利用できるウェアラブルデバイスの普及が進み、さまざまな身体データの計測ができるようになってきました。果たしてテクノロジーの進歩は、人間のカラダをどう変えていくのでしょう? 今回は、他人の動きとシンクロさせる新技術「BodySharing」を開発中の工学研究者・玉城絵美さんに、最新科学が示すフィットネスの未来像を伺いました。
目次
――NTTドコモのCM「あなたと世界を変えていく。」では、綾瀬はるかさんが腕に巻いたバンドのようなものでプロのピアニストの身体情報を共有し、華麗にピアノを弾きこなす未来像が描かれていました。この「BodySharing」という技術は、どういうものなんでしょうか?
玉城:一言でいえば「体験共有の感覚を増やそう」というものです。リストバンド状のデバイスを付けることによって人間のカラダの動きや筋肉のデータを取って、他の人にその動きを体験してもらうことができます。
――他の人に「憑依される」ような体験ができるわけですよね。この技術「BodySharing」は、どんなことを目指して開発しているのでしょうか?
玉城:これまでのテクノロジーって、遠くにいる人に視聴覚情報を共有する方向に発展してきたんですよね。電話では遠くの聴覚情報を知ることができて、テレビやYouTubeなどでは視覚情報を知ることができました。このBodySharingでは視聴覚以外の感覚も共有できるようにして、他人の身体感覚を体験できるようにしたい、と考えています。
――この技術を使えば、プロのスポーツ選手やトレーナーの動きを自分のカラダで体験できるようになるのでしょうか?
玉城:そうですね。実際のところ、直近の応用ではスポーツ/フィットネス分野での活用が有望だと考えています。ひとつ例を出してみますが、ゴルフのフォーム矯正器具で「直径2mくらいの輪の中でスイングする」というものがあるんですよ。これを使えば、素人もプロも「見た目」としてはまったく同じフォームになります。
でも、BodySharingのデバイスで筋肉の状態を計測すると、同じ動きでも「力の入れ具合」に大きな差があることがわかるんです。素人の方は常に腕に力が入っているんですが、プロの場合は通常は脱力していてインパクト時にグッと力が入っているんですね。(下図参照)
――単なるコツとしてではなく、BodySharingではその「力の入れ具合」を適切に計測してチェックできるわけですね。
玉城:スポーツって、動画で自分の動きの「見た目」を撮ってみると、自分のイメージと全然違う動きになっていたりしますよね。だからアスリートの場合、動画で「見た目」をチェックしてパフォーマンスの改善を図ろうとするわけです。ところが「見た目」だけでは、「力をどのタイミングで、どの部位に入れるか」ということがわからなかったんですよ。
――たしかに今までって、フォームなどの「動きの見た目」はすごく重視されてきた一方で、「力の入れ具合」はあまり注目されてこなかったかもしれません。
玉城:そもそも人によって骨格や筋肉の付き方に個人差があるので、実は「万人が同じフォームになればいい」というものでもないんです。BodySharingでは個々人の身体の筋肉の付き具合や、力の入れ具合のデータを細かく取ることもできるので、それをプロ選手やトレーナーの動きと照らし合わせて、各人の身体特性に合ったカラダの動かし方やトレーニング方法も提案できるようになります。
――なるほど、この技術でスポーツの分析が大きく変わっていきそうですね…!
玉城:あと、BodySharingで、自分の意志に頼らないエクササイズも可能です。
たとえばスクワットって、闇雲にやっても3回ぐらいはできるわけですよね。でもBodySharingをして、プロのトレーナーの方と同じ動きでスクワットをやると、3回だけでも本当にキツくて、翌日筋肉痛になったりします。
――たしかに、スクワットのような基本的なエクササイズって誰でもできると思われがちですけど、「効く」やり方でできる人は少なかったりしますよね。BodySharingをすればそれを体感的に学ぶことができるわけですね。
玉城:私なんて、右手にデバイスをよく付けっぱなしにして動かしているので、右手の握力が強くなっているんですよ。左手の握力は24kgと大変弱いんですが、右手はいつの間にか33kgになっていて、シオマネキみたいなことになっているんです。
――片手だけ発達していると(笑)。筋トレのつらさって、実は肉体的なものよりも精神力=動かそうという意志力の負担が大きいのかもしれないですね。
――今はApple Watch、Fitbit、Oura Ringなどのウェアラブルデバイスでカラダの状態をモニタリングできるようになってきています。BodySharingもそういうふうに活用できるのでしょうか?
玉城:もちろんできますよ! 今までの技術と違うのは、残体力がわかることです。
――残体力というのは、格闘ゲームのHPみたいなものですか?
玉城:ええ、そうです。人間って元気なときには筋肉が比較的線形に動くのですが、元気がないときは筋肉の動きがブレブレになります。足にデバイスを付けてデータを機械学習にかけると、一人ひとりのマックスの体力と今の残体力が推定されます。最近、乃村工藝社との共同プロジェクトで、残体力をメタバース上に反映する仕組みをつくりました。
――これは、どういうふうに見たらよいのでしょう?
玉城:残体力をハート6段階で表示していて、ほとんどの人は朝方に残体力マックスで、夕方になると落ちていきます。ただ、これには男女差が大きくあって、夕方の男性はハートがまだ2〜3ぐらい残っているんですが、女性はゼロに近くなっていることが多いんですね。
――なるほど、夕方の時間帯の女性は、そんなに疲れているのですね。
玉城:1時間くらい休憩すると回復できるので、やはり休憩は大事です。それとやっぱりアスリートの方は体力があって、このあいだあるメダリストの方にデバイスを付けてもらったのですが、夕方なのにまだ残体力マックスでした。一方で、報道局の人に付けてもらったら、朝方なのに残体力ゼロでした。その方は「いや、今日は朝寝て朝起きたから、絶対元気なはずだよ!」とおっしゃっていたんですけど。
――そのエピソードはなかなか闇が深い気がしますが(笑)、BodySharingの技術は働き方改革にもつなげていけそうですね。
玉城:「いま電話したらよくないな」とか、「いまはリラックスしているから話しかけても大丈夫だな」と、そういうふうに活かしていくことができますね。それと筋肉の状態をモニタリングしていくと、人間って緊張すると肩とふくらはぎの下あたりで踏ん張るような動作をすることがわかってきたんです。おそらく今後はそういう「緊張度」も可視化できるようになるかなと。
――ここ数年「筋肉(という単純なもの)を鍛えればすべての課題が解決する!」と叫ばれてきましたが、実は筋肉=単純なものではなくて、それ自体が複雑な情報を持っているわけですね。
玉城:そうですね。筋肉の活用でいうと顔の「表情筋」はすごく面白いですよ。心理学実験で、口角を上げて笑っている状態にさせたAグループと、口を縮めた不満げな表情にさせたBグループとで同じコンテンツを見てもらうと、Aグループのほうが「面白い」と認識する、というものがあります。つまり表情筋が笑っている状態で何かを経験すると、人間は勝手に幸せだと認識してしまう、と示唆されているんです。
――なるほど。しばしばスピリチュアルな自己啓発本などで「笑ってさえいれば人生うまくいく」と言われているのを目にして、「さすがにそれは嘘でしょ」と思っていたのですが、意外と科学的にも正しかった…?
玉城:精神状態に関係なく顔の筋肉を操作することで、人間を幸せにしたり、逆に不幸せにしたりと、人間の世界観・人生観まで変わってしまうわけですね。そういった領域は、BodySharingとはまた別に「FaceSharing」という技術を開発しているところです。
――ここからはBodySharingの技術の中身について伺っていきたいと思います。この技術は「感覚のシェア」とのことですが、感覚というと人間には五感=視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚がある、と言われますよね。
玉城:実は「五感」は,とても古い知見なのですよ。五感というのは2400年前のギリシアの哲学者アリストテレスが言い始めたことなのですが、現代はかなり研究が進んでいて、人間の感覚は五感を含めて20以上はあると言われています。
――なるほど、4倍以上に増えていたんですね。2400年前の知識で止まっていました…。
玉城:五感のうちの4つが下の表の「特殊感覚」に含まれていて、これらには目・耳・舌・鼻などの専用の器官がありますよね。でもそれ以外の「体性感覚」のところにもたくさん感覚があって、エクササイズ・ボディメイクではすべて体性感覚の深部にある「固有感覚」といわれる感覚を使っているんです。
――固有感覚というのは具体的にはどういうものなんでしょう?
玉城:たとえばエクササイズって目をつぶっていても(視覚がなくても)、味がしなくても(味覚がなくても)できますよね。でも重さを把握し(重量覚)、自分の手がどこにあるのか(位置覚)、ダンベルを握っているときに感じる抵抗感はどれぐらいか(抵抗覚)、といったことがわからないと、運動はできないわけです。
――考えてみると、たしかにそうですね。
玉城:ダンベルやバーベルだけでなく、自分の腕や足などカラダ自体を動かすのにも固有感覚が必須です。どういう姿勢でいるか、腕をどれぐらいの角度で曲げているか、何か重いものを持っているか、何かにもたれかかっているか…など、運動に関わるすべてがこの固有感覚に支えられているんですね。
――玉城さんの開発されているBodySharingの技術は、小さなリストバンドのような装置を付けることで、その「固有感覚」を共有できるテクノロジーというわけですよね。どういった仕組みなんでしょうか?
玉城:まずデータの読み取りは、筋肉に赤外線光を当てて、筋肉の膨らみ具合(筋変位)で計測しています。筋肉って力を入れると膨らむんですが、そこに赤外線光を当てるとほとんど反射するのですよ。その反射の程度のデータから「この人はこれだけ筋肉が膨らんでいるから、今これぐらいの重さを掴んでいる」ということが把握できます。
――「Aさんの感覚がBさんの感覚を実際に動かす」ことができるわけですよね。どういう仕組みで可能になっているのでしょう?
玉城:バンドについている電極で筋肉に電気刺激を与えて、擬似的に重量覚と抵抗覚を発生させて動かしています。具体的には…拮抗筋ってご存知ですか?
――互いに相反する運動を行う2つの筋肉、たとえば上腕二頭筋(=力こぶ)の拮抗筋は反対側についている上腕三頭筋、太ももの前側の大腿四頭筋の拮抗筋は裏側のハムストリングス、というやつですよね。
玉城:その通りです。トレーニーのみなさんはご存じかもしれないですね。BodySharingの場合、リストバンドの内側に電極がついていて、腕を伸ばそうとするときに動作を司る筋肉ではなく逆側の拮抗筋に「縮む」電気刺激を与えて、擬似的に重量覚や抵抗覚を発生させています。
――BodySharingのデバイスであるこのリストバンドはすごく小さいですけど、これを腕に巻くだけで全身のデータを取って動かすことが可能なんですか? Z○ZOスーツ的な全身を覆う装置のほうがいいのではないか、と思ってしまうのですが。
玉城:腕と足にデバイスを付けておけば、ほとんどのトレーニングは再現できると思います。たとえばジャンピングジャックという、両手両足を開く・閉じるを交互に繰り返すエアロビクスのトレーニングがあります。ジャンピングジャック中のトレーナーさんのデータを取ってみると、手を上げる直前に前腕にグッと力を入れていること(力加減)を推定できることがわかりました。そこで初心者にデバイスを腕に付けて、トレーナーさんの動きと力加減を参考にジャンピングジャックを再現してもらうと「手に力が入ることで腹筋にすごく効く感覚を覚えた」とのことでした。
――身体では末梢の方にあるように見える「手」に力を入れたら、同時に腹筋などの体幹に力が入っていくわけですね。
玉城:実験してみると、スクワットのような下半身運動でも、足よりも手の力の入れ方が大事だということもわかってきました。もっとも、レッグレイズ(仰向けに寝た状態で足を上に上げるエクササイズ)は、さすがに足の力が大事だったんですよね。だからフィットネスであれば、腕と足にデバイスを付けておけばほとんどの領域はカバーできると思います。
――ここまでお話を伺っていて気になったのですが、トップアスリートのデータを取って、それを一般人が体験しようとすると危険だったりするんですか?
玉城:たとえばアスリートの重量挙げや跳躍を一般人がBodySharingでそのまま体験したら、大きな怪我に繋がります。一般の人はアスリートのようなカラダではないですからね。
――固有感覚が伝達できるようになると、エクササイズを伝える方法もかなり変わっていきそうですね。
玉城:『ターザン』さんは写真や図、動画などの視聴覚情報によってエクササイズを紹介してきたと思いますが、BodySharingの技術をメディアとして使えば、どのタイミングでどの部位に力を入れてどうやってカラダを動かすのかまでが伝達可能になりますね。
――メディアということでいえば、ここ数年TwitterやInstagramを超えるような勢いでTikTokが流行していますよね。巷のマーケターの方は「流行っているダンスの曲に合わせて同じ動きをすればいいだけなので、初心者でも気軽に投稿しやすいことが流行の要因だ」というような分析をされています。でも玉城さんは、まったく違う見方をしているんですよね?
玉城:はい。恐るべきことにTikTokって、視聴覚だけを使っているのに固有感覚を共有できているんですよ。同じ音楽で同じカラダの動きをすることによって、投稿している人はコピー元の人と体験を共有しますよね。カラダを動かすことで固有感覚が共有できて、より深く共感や相互理解ができることで楽しさが感じられる――それが、TikTokが若い世代で流行している一番大きな要因ではないかと思います。
――これまでメディアで使われることのなかった固有感覚を、TikTokは結果的に実装してしまっていると。大人世代がTikTokに理解できなさを感じてしまうのって、「メディア=視聴覚である」という固定観念が強くて、「TikTokユーザーは固有感覚を用いてメディア上でコミュニケーションしている」という見方がなかったからなのかもしれません。
玉城:要するにいま、私たちが当たり前のものと思っていた「ユーザインターフェース(UI)」が大きく変わろうとしています。これまでは言語、視聴覚情報をコンピュータに入出力していて、その次にスマートフォンのマルチタッチパネルが出てきて、さらに今度は固有感覚の情報まで入出力できる方向に進もうとしている。これまでコンピューターに入力できなかった、そもそも見えなかったデータが取れるようになってきている。カラダの内部のデータまでデジタル化される、大きな変化が起きています。
――BodySharingが社会実装されていくと、いろいろな課題が出つつも社会が大きく変わっていくと思います。フィットネスに限れば、どういうふうに変わっていくんでしょう?
玉城:より効率よく、短時間でできるボディメイクの方法が開発されやすくなります。これまでってトレーニーの皆さんが「こういうカラダになりたい」という理想像を持っていたとしても、そのための最適なトレーニング方法はすぐにはわからなかったですよね。
――そうですね。個々人での試行錯誤は必須だと思います。
玉城:BodySharingの場合、たとえば理想像となるモデルさんの筋肉の付き具合をデータ化して、さらにトレーニーの身体特性のデータも取って、「目指すカラダになるために1日15分で済むエクササイズ」を、自動的に提案できるようになるでしょうね。
――美容院に行ってスマホを見せて「この髪型にしてください」みたいな感じに…!
玉城:ただ、もちろん「見た目の改善」もいいんですけど、私の考えでは「体験のシェア」というところにニーズが移っていくと思うんですよ。たとえば「バレリーナになってみたい」という人が、VRやメタバース上でひたすら電気刺激を受けてバレリーナの体験ができるようになる。そうすると、その次は「実際の自分のカラダを誰かのカラダにする必要はなくて、自分自身の好きなカラダであっていい」というふうになっていくと思うんです。
――「見た目」にこだわりすぎない、発想の転換が起こっていきそうだと。
玉城:それと私はスポーツが得意じゃないのでよくわからないのですけど(笑)、スポーツ大好きなみなさんは「ゴルフでドライバーの飛距離を高めたい」とか、そういう個別のスポーツの能力を高めることへのニーズがすごく高いですよね。フォーム分析をして、その人の身体特性に合ったフォームやトレーニング方法をレコメンドしていくこともやっていきたいです。
――そんな未来になったときに、私たちはどんなことを考えておくべきなんでしょう?
玉城:短時間で自分の好きなカラダになれる未来になったら、見た目だけではなく「自分はどういう体験をして、どういうふうに生きて、どういうふうに死にたいのか?」「そのためにカラダにどんな機能が必要か?」ということにみんなの目が向き、よりよい世の中になっていくのかなと思います。
――より簡単にボディメイクができるようになったら、「じゃああなたは、そのカラダで何をしたいの?」ということが問われてくるわけですね。これからBodySharingの技術がどうなっていくか、とても楽しみです。玉城さん、今回はありがとうございました!
取材・文/中野慧