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医学の父、ヒポクラテスに始まり、古今東西さまざまな健康法が実践されてきた。驚くようなものから、懐かしい昭和の健康法まで、時代とともに移り変わってきた健康常識を簡単に振り返ってみよう。
文字による記録がない先史時代、病気や怪我を治し、健康を取り戻すのは、呪術師の役目だった。神に祈り、病をもたらす悪霊を祓うのだ。古代文明が興ると、医師が健康の守り神に。古代ギリシャの医師ヒポクラテスは、医学を呪術から解放し、臨床を重視。「医学の父」となる。
一方、古代中国では、万物は相反する「陰」と「陽」から成るという陰陽説と、自然は「木・火・土・金・水」の5要素で構成されるという五行説が奇跡の合体。陰陽五行説として、東洋医学の礎を築く。
日本の医学や健康観は中国の影響が大きく、渡来人や大陸で学んだ医師や薬師がその中心を担った。日本最古の医学書『医心方』(984年)は中国の医学書の引用で成り立つ。
中国では陰陽五行のバランスを重視したが、西洋では体液には「血液、粘液、黄胆汁、黒胆汁」の4種があり、そのバランスが崩れると病気になるという「四体液説」が隆盛。西洋医学の本流ギリシャ・アラビア医学(ユナニ医学)の根幹を成した。
四体液説に基づき、西洋で盛んだった健康法が「瀉血」。刃物やヒルなどで悪い体液を排出し、体液の偏りを正して、自然治癒力を高めるのが狙いだ。17世紀のルイ13世は、瀉血を年40回以上実施したとか。南米のマヤ文明やアステカ文明でも行われていた。
17世紀、ウィリアム・ハーヴェイが「血液は心臓から出て心臓に戻る」という血液循環説を唱え、四体液説に打撃を与えたにもかかわらず、19世紀末まで瀉血は続けられた。
そろそろ話をぐっと現代に近づけ、日本の話をしよう。日本で庶民が健康を意識したのは、江戸時代中期以降。その頃は「養生」と呼ばれており、100冊以上の養生本が出版された。
なかでも有名なのが、貝原益軒の『養生訓』。現代の健康本の元祖だ。「腹八分目でいい」「病気は治療より予防が大切」など、現代でも通用する内容。実践者だった著者は、84歳という長寿を全う。主張の正しさを世に示した。
その『養生訓』に「むやみに薬を飲むな」「薬より養生」と書かれているように、江戸中期以降は庶民も医者にかかり、売薬が盛んに。
古来、薬草は湯治や鍼灸と並ぶ健康法の大黒柱。611年には推古天皇が薬草などを集める「薬猟」を行った記録がある。戦いで傷を負う恐れがある武士は必ず薬を携行。水戸黄門の印籠も本来は薬入れだ。とくに江戸期は各地で売薬業が盛んになり、医師は薬種問屋から生薬を買い、患者の症状に合わせて調合・処方していた。
「健康」という言葉が広まったのは明治時代。富国強兵が急務となり、国民の健康=体力を高め、壮健な兵士を作る狙いを秘めていた。1920年代、アメリカやドイツなどでは、市民の健康増進のためにラジオ体操が行われるように。日本でも1928年に始まり、現在まで続く。
戦後、平和国家・日本では、兵士ではなく、働く人(企業戦士)の健康作りにスポットが当たる。1954年には、日本特有の人間ドックがスタート。1961年には国民皆保険が実現する。そして1964年の東京五輪で欧米との体格・体力差を目の当たりにし、健康・体力作りが国民的運動となる。
転機を迎えるのは、1970年代。20年近く続いた高度経済成長が終わり、公害が問題化。「モーレツからビューティフルへ」というCMが象徴するように、働きすぎを戒め、自分のために健康を考える機運が高まる。
スポーツジムが一般化するのは1980年代。そこで1970年代は、自宅でカラダを動かす健康機器がバカ売れした。《スタイリー》《ぶらさがり健康器》《ルームランナー》などだ。
カラダを作るのは食べ物だから、健康維持には「食」が大切。
日本では明治期に西洋の食文化が入り、滋養強壮を促す「栄養」という概念を知る。福澤諭吉は、栄養のために牛乳や牛肉の摂取を薦め、東京で牛鍋店が大繁盛。明治10年、東京だけで558軒を数えた。
時代は下り、日本で「紅茶キノコ」(いまでいうコンブチャ)が流行していた1970年代、アメリカは日本食に熱視線を送る。がんや心臓病の急増が課題となり、これらを肉食中心の偏った食生活による「食源病」と捉えるマクガバンレポートが登場。
全粒穀物や野菜を増やし、脂質、砂糖、塩分を減らす目標を定めた。そこで理想としたのが、白米中心となる元禄時代以前の伝統的和食(玄米菜食)。以来、和食は世界の表舞台に躍り出る。
さらに90年、アメリカで、がんを防ぐとされる野菜や果物などをピラミッド状に並べた「デザイナーフーズ計画」が公表された。植物が含むフィトケミカルの健康作用を示唆した画期的プロジェクトであり、のちのオーガニックブーム、グリーンスムージーブームの源流となる。
新型コロナが示したように、感染症はいまも昔も健康を脅かす強敵。
1万年以上前、人類が「密」になって定住し、農耕を始め、野生動物を家畜として飼うと、家畜を介して数々の感染症が生じる。天然痘は牛、風疹は犬、インフルエンザはアヒルの感染症がヒトに伝播したものだ。
なかでも強烈なのはペスト。14世紀にヨーロッパで人口の3分の1が亡くなるパンデミックを起こした。産業革命後、都市化が進み、衛生環境が悪化すると、コレラや結核といった感染症に幾度も襲われる。
20世紀初頭のスペイン風邪(インフルエンザ)の大流行は、世界で1億人もの犠牲者を出した。ワクチンもないこの時代、日本で励行されたのはマスクと手洗い。その頃から、感染症の基本的対策は変わらない。
現在話題なのは「ウェルビーイング」という概念。その歴史は古く、1947年に世界保健機関(WHO)が健康を「身体的、精神的、社会的に満たされた状態(well-being)」と定義したことに端を発する。
1998年、WHOは健康の定義に「霊的(spiritual)」「動的(dynamic)」を加えるかどうかを検討した。その提案者は、アラブ諸国。今後も健康の捉え方が変われば、健康法も変わり、進化し続けるだろう。
取材・文/井上健二 イラストレーション/うえむらのぶこ 参考文献/『日本医療史』(新村拓編、吉川弘文館)、『養生訓』(貝原益軒著、中公文庫)
初出『Tarzan』No.842・2022年9月22日発売