シェーファーアヴィ幸樹(バスケットボール)「パリ五輪の出場権は自分たちで勝ち取る」
身長の高さと動きの鋭さを見込まれ、競技を始めて1年も経たずに世代別日本代表に。東京オリンピックを経験したシェーファーアヴィ幸樹が想うこととは。(雑誌『Tarzan』の人気連載「Here Comes Tarzan」、No.834〈2022年5月26日発売号〉より全文掲載)
取材・文/鈴木一朗 撮影/中西祐介
初出『Tarzan』No.834・2022年5月26日発売
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シェーファーアヴィ幸樹/1998年生まれ。206cm、106kg、体脂肪率5~6%。2016年、第28回アルバート・シュバイツァー・トーナメント、FIBAアジアU18選手権出場。17年、U19ワールドカップで10位。19年、A代表に初選出、ワールドカップに出場。21年、東京オリンピックに出場する。Bリーグ〈シーホース三河〉所属。
始めて1年弱でU18の代表に招聘された
何にしてもそうだが、長くやっているからといって、決してそれが上手さに比例するわけではない。のだが…、さすがに始めて1年も経たずに、日本代表になった男がいると聞けば、驚かずにはいられない。
しかし、現実に存在する。彼の名は、シェーファーアヴィ幸樹。
現在、Bリーグの〈シーホース三河〉の中心選手として活躍している。シェーファーは高校2年のときにバスケットボールを始め、1年弱でU18の代表に招聘されたのだ。笑いながら彼は語る。
「当時、〈東京サムライ〉というチームに参加していて、U16の日本代表と試合をしたんです。そのときの代表のヘッドコーチがトーステン・ロイブルさんで、僕が日本人だということや、バスケを始めて1年経っていないことを知って、次のU18の合宿に呼んでくれた。
まぁ、あの時点で身長は2mを超えていましたし、ポテンシャルを感じてくれたのかも。ただ、マジかって感じでした」
子供のころの夢はサッカー選手になること。生まれ育った兵庫県では、サッカー中心の生活。高校に入学したときには、香川真司選手が所属していたクラブチームにも入った。
しかし、高校1年のときに親の仕事の都合で東京へと居を移す。そこには彼が求めるようなサッカークラブがなく、悶々とした日々を過ごすなかで誘われて始めたのがバスケットボールだった。
サッカーで鍛えた当たり負けしないタフなカラダと培われた体力、加えて高身長。これが、ロイブルさんに見初められたのである。
「ただ、あの試合では、自分が日本代表になろうと思ってプレイしていたわけじゃない。当然ですよね。偶然、見てくれている人がいてコールアップしてもらった。あぁ、こういうことかと思いました。いつ誰が見ているかはわからない。精一杯やっていれば、チャンスは転がっているって。どんな状況であっても、プレイヤーは全力で取り組むことが大事だと身にしみて感じたんです」
ゼロからだから、伸びるのは早いし楽しい
ともあれ、代表に入った。周りはその年代のトップ選手ばかりである。
ただ、シェーファーは高校ではインターナショナルスクールに通っていたので、日本の大会に出場したことがなかった。相手のことを知らなければ、相手も自分を知らない。
「いきなりデカイのが来て、何だ?って思われたでしょうね。とにかく、みんな上手かった。ただ、それは当たり前なのでそれほど悲観することはありませんでした。逆に、僕のカラダの強さだったり、身長だったり、インサイドの動きだったりというのは、始めたばかりでも通用した。だから、そこで何とか自分ができることをやっていった感じなんです」
覚えることは多い。たとえば、バスケではポジショニングが非常に重要になる。
シチュエーションによって、選手はどこに行くべきか、どういう動きをするべきかを、瞬時に判断しなくてはならない。
「戦術のことはまったくわからないけど、ロイブルさんが1対1で教えてくれました。彼も僕が何も知らないことはわかっているので、怒ることもなく丁寧に指導してくれて。それを一つひとつ学んで、試合でどんどん活かしていく。それの繰り返しでした。学んだことで点が取れたりとか、ボールをスティールできたらうれしいし、とてもやりがいを感じていたんです」
とにかく、自分が一番下手。周りと同じことをしていては、差が縮まらないことも実感した。次第にチームのレベルに追いつくことが大きな目標となった。
「練習前や後に、自分でハンドリングやシューティングの練習をしました。これは、今でも欠かしていないのですが、ああいう技術は反復練習でカラダに覚えさせないといけないので、時間をかけてひたすらやり続けました。
ただ、ゼロからのスタートなので、伸びるのもすごく早いんです。やればやるほど身についていったので、非常に楽しかったです。まだまだ、足りない部分は多いと思っているんですけど」
持ち味が出せなかった。東京五輪の反省点
そして、高校3年生のときに転機が訪れる。U18の日本代表として、ドイツで開催されたアルバート・シュバイツァー・トーナメントに出場したのである。
アメリカやアルゼンチンなどの強豪国が揃い、同世代の選手たちが競い合った。シェーファーがバスケットボールを始めて、1年半が過ぎようとしていたころだ。
「大学へはバスケで行こうとは思っていませんでした。でも、あの大会で相手になった選手には、アメリカの大学のディビジョン1に行く選手がいて、彼らに対しても自分が通用する部分が少しですがあったんです。イケるんじゃないのかなって(笑)。それがきっかけでバスケでチャレンジする気持ちにもなって、プレップスクール(大学進学準備のための学校)に通い、ジョージア工科大学に進学することになりました」
2019年、FIBAワールドカップ中国大会でA代表に初選出される。そして、21年に開催された東京オリンピックへの道が続いた。
五輪前の強化試合、日本代表はベルギーとフランスの強豪2か国に勝ち、にわかに期待が高まった。だが本番では、3連敗で終わってしまった。
「ずっと目標だったので、一生忘れられない思い出になりました。ただ、結果が出なかったので悔しい思いもあります。オリンピック前に試合を重ねてきて、チームとしてもいいカタチになっていましたし。
それが、本番では(八村)塁や(渡邊)雄太さんの個人技に頼る場面が多くなり、自分たちのバスケができなかった。一人ひとりがもっと自分の持ち味を出せれば、勝てる相手だったはず。この先に向けての反省点です」
体脂肪を増やさない。そのためには食事も重要
さて、シェーファーは今、シーホース三河の一員として愛知県刈谷市で生活を送っている。練習前に体育館へと行き、ドリブル、シューティングなどのルーティンワークを行い、その後にチーム練習。
終わったら再びシューティング練習。まさに、反復練習で動きをカラダに覚えさせているのだ。そして、週2回のウェイトトレーニングも重要だと言う。
「ベンチプレスやスクワットなどオーソドックスなものから、コアを意識したトレーニングなどですね。今は106kgですが、110kgぐらいまで、筋肉だけで増やしたい。スピードや動きを維持したままです。体脂肪が増えると、どうしても鈍くなるので、食事も注意。
夜はエネルギーが必要じゃないので炭水化物抜きで、鶏肉だったらもも肉ではなくて胸肉、牛肉だったらカルビはやめて赤身。ジャンクフードではなく、定食屋で。体脂肪は5~6%ですね」
練習メニュー
まずはアップからスタート。シュートやドリブルの練習をして、ストレッチも行う。さらに、いくつか試合に向けてのフォーメーション確認を行い、ドリブルからのシュート、パスからのシュート、そしてゲームという流れ。
約2時間のチーム練習が終わると、ウェイトトレーニングとなる。「今日は軽めの練習でした」と、シェーファー。それでもバスケのすばやい動きは迫力満点。動き続ける選手の体格と体力には驚かされてしまう。
外国選手に負けないカラダを作り上げるために、日々努力をする。それが今最も大切なことなのだろう。そして現在、日本代表はワールドカップの予選を戦っている。
2023年8月、インドネシア、日本、フィリピンの共催で行われるので、日本は開催国枠で出場は決まっている。が、予選を戦うことでさらに練度は高まっていくことだろう。
「僕としては、オリンピックやワールドカップなどの世界レベルの大会で一度も勝ったことがないので、まずは1勝を目指したい。今度のワールドカップもそうですが、東京オリンピックも自国開催で出場できた。
ただ、次のパリ・オリンピックはそうではないので、自分たちで勝ち取らなくてはならない。だから、まず来年のワールドカップで結果を出すことが重要。それが、パリへと繫がっていけばいいと思っています」