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スポーツでも超一流のスタンフォード大学のアスリートたちが、日々実践している疲労予防&回復のコツは実は呼吸にあった!? 本記事では、腹圧をコントロールすることで疲れ対策ができる「IAP呼吸法」について紹介。
スポーツパフォーマンスを高めるために、まず重視されるのはトレーニング。だが、アメリカでは現在、いかに疲れを抜くかに焦点が移りつつある。「パフォーマンス向上=トレーニング−リカバリー」だから、体力を高めても、疲れが抜けないと、パフォーマンスは上がらないからだ。
疲労を抜くコンディショニング・アプローチで最先端を走るのが、米・西海岸の名門スタンフォード大学。ノーベル賞受賞者を80人以上輩出する世界有数のエリート大学だが、実はスポーツでも超一流。全米4大スポーツで活躍する卒業生も多い。2021年の東京オリンピックでも、スタンフォード出身者は計10個の金メダルを獲得しているのだ。
そんなスタンフォードがどうして、疲労回復に着目しているのか。
「スタンフォードにはスポーツ推薦枠がなく、難関を突破した学生だけが入学できます。学生は必ずしも超一流アスリートだけではないので、もっと上を目指すには人一倍ハードワークを積むことが求められる。
また、練習さえすれば授業が免除されるといった特別扱いもないため、疲労の予防と回復に努めないと、文武両道を実践できないのです」(スタンフォード大学スポーツ医局アソシエイトディレクターで同大アスレチックトレーナーの山田知生さん)
そしてスタンフォード生の疲労リカバリーメソッドとしてフル活用されているのが、「IAP呼吸法」。IAPとは、「Intra-Abdominal Pressure」の略称。日本語では腹腔内圧=腹圧のことだ。IAP呼吸法は、息を吸うときも吐くときも、腹圧を高く保ってお腹を固めるのが特徴。いわば“腹圧呼吸法”である。
1文字しか違わない“腹式”呼吸と混同されそうだが、腹式呼吸では息を吐くときにお腹を凹ませるので、そこで一度腹圧が落ちてしまう。
「腹圧を保って呼吸をすると、腹部を取り囲む横隔膜、腹横筋、骨盤底筋群、多裂筋といったインナーマッスルが強化されます。それらがコルセットのように機能すると腹圧が常時上がり、コアが安定するのです」
では、なぜコアが定まると、疲労は避けられるのだろう。
腹圧の抜けたコアは、空っぽのペットボトルのようなもの。ちょっとした力で潰れやすく、不安定極まりない。それに対して、IAP呼吸法で腹圧を高めたコアは、中身がパンパンに詰まったペットボトルのようなもの。外から力が加わっても容易には変形しにくく、ブレにくい。
「コアが定まれば、動きの無駄がなくなり、疲労軽減につながります。コアがブレず姿勢の歪みが減ると、体幹を貫く中枢神経と全身がスムーズに連携できるようになり、神経のコンディションが改善。そもそも疲労は、神経のコンディションが悪くなった状態ですから、コアの安定で疲労予防&回復が促されるのです」
中枢神経だけではない。IAP呼吸法は、交感神経と副交感神経からなる自律神経にも作用する。24時間休みなく働く自律神経は、疲労がいちばん溜まりやすい。呼吸も、自律神経がコントロールしている。IAP呼吸法を行うと、ストレス下では交感神経優位に傾きやすい自律神経のバランスが整って、疲労のリセットに欠かせない深い眠りが取れる。
「呼吸法の鍵を握る横隔膜には自律神経が集まり、呼吸をゆったり続けると副交感神経が優位になります。そして眠る前に照明やスマホなどの光を避けると、眠りへ導くメラトニンの分泌が高まる。また、息を長く吐く呼吸を意識すると、日中上がりっぱなしだったストレスホルモンのコルチゾールの分泌が減り、良質の睡眠が取れて疲労回復が進みます」
IAP呼吸法を上手に行う最大のポイントは、横隔膜を下げること。
「腹圧を高める横隔膜、腹横筋、骨盤底筋群、多裂筋という4つの筋肉からなるカルテットのリーダーは、横隔膜。横隔膜の動きを意識すると、IAP呼吸法がやりやすくなる。そのためには肩を上げず、息を吸うときも吐くときもお腹を膨らませてください(上のイラストを参照)」
コアを鍛えて腹圧を保つには、お腹を凹ませるドローインなどの体幹トレが有効とされてきた。そのドローインより、IAP呼吸法が優れる点を山田さんは次のように解説する。
「お腹を凹ませると、筋肉は外から内へ収縮します。それでも、じっと動かない静的な安定性の向上には十分ですが、空のペットボトルのように中身は空っぽのまま。アスリートに限らず、疲れを減らすために欲しいのは、動くときもカラダを安定させる動的安定性。そのためにはお腹を膨らませて内から外へ圧力を発生させ、それに抵抗するように外から内へも力を出し、中身の詰まったペットボトルを目指すべきなのです」
IAP呼吸法は、5秒で吸い、5〜7秒で吐くリズムで、5セットほど行うのが基本。1セッション1分前後で終わるから、デスクワークの合間や電車での移動中などに試そう。
横隔膜を下げたまま、お腹を膨らませる感覚が摑めるまで、毎日最低1セッションは行うこと。眠る前に2セッション(2分)程度やると、前述のように自律神経とホルモンのバランスが整うようになり、健やかな眠りで疲れない体質に近づける。
『疲れない・バテない・壊さない スタンフォード式 脳と体の強化書』(大和書房)
取材・文/井上健二 撮影/石原敦志 スタイリスト/ヤマウチショウゴ ヘア&メイク/村田真弓 イラストレーション/内山弘隆 取材協力/山田知生(スタンフォード大学スポーツ医局アソシエイトディレクター、同大アスレチックトレーナー)
初出『Tarzan』No.831・2022年4月7日発売