再発に見舞われる人も少なくない
不用意に重い荷を持ち上げたり、何の気なしに振り向いた瞬間。あるいは顔を洗おうと洗面台に軽く屈んだ途端に予兆なく腰でテロが勃発! それがぎっくり腰だ。
これといったきっかけもなく始まり、はっきりした原因がわからないことも多いため、「非特異的腰痛」という呼称で分類される。
痛みの程度は人にもよるが、重症だとその場から一歩も動けなくなる。なすすべもなく安静に努め、ひたすら嵐が過ぎるのを待つと、1週間ほどで痛みの和らぐ人が多い。1か月もたてば約8割の人が元の生活に復帰できる。
だが、これは一時休戦にすぎず、非特異的腰痛患者の65%は1年後も痛みを訴えるという(『腰痛診療ガイドライン2019』)。いったん腰痛を抱えると、そこから抜け出せなくなる人が多いのだ。
このため患者の総数がなかなか減らず、腰痛を訴える人は肩こりと並び男女ともに多く、統計では常に上位に君臨する。
腰痛、肩こりは日本人の天敵
心理的ストレスも悪化の一因になる?
腰痛の中でもぎっくり腰は多くの場合、腰椎の捻挫と考えられる。つまり腰椎の椎間関節を無理な角度まで曲げたり、予期しないときに大きな力がかかるなどして、関節周囲の筋線維や靱帯、関節包や椎間板の線維輪などに損傷と炎症が起こっているのだ。
だが、エックス線やCT、MRIなどの画像で確認できるほどの物理的変化は通常起こらない。
患部の画像からでは診断は難しい
捻挫した箇所はいずれ回復するが、まったく無傷の状態に戻るのではない。回復後は該当箇所に瘢痕(傷痕)が残り、柔軟性が幾分損なわれる。
そこに再度物理的ストレスがかかれば、柔軟性に乏しい瘢痕とその周囲には、またミクロレベルの損傷を生じやすい。ぎっくり腰の再発は恐らくそのように起こる。そして、再発を繰り返すうちに慢性化に至る。
何度も強い痛みに襲われると人は痛みを過度に恐れるようになる。そして、これを悪化させる一因が社会的、心理的ストレスであることもわかってきた。
たとえば職場の人間関係が辛かったり、家庭に不和や経済的苦境があると脳内ホルモン(神経伝達物質)の分泌に悪影響が及ぶ。悲観的な感情にとらわれやすくなり、脳は痛みに過敏になっていく。
いわゆる交感神経が優位な状態でもあるので、腰だけにとどまらず、血行が悪化していることも十分に考えられる。これも痛みを募らせる一因になるだろう。
不活発が回復を遅らせ関節の油切れを招く
痛みを恐れるあまり、不活発な生活に陥る人も少なくない。腰痛悪化の背景にはこうした悪循環が潜んでいると考えられる。
実はぎっくり腰の発症後、安静に努めた人と、できる限り普段通りに生活した人とでは、動き続けた後者の方が回復は早かったという報告が多数ある。
腰痛には“病は気から”がよく当てはまる
一方、日本人の多くは極端に長時間座って過ごすこともわかってきた。座っていることは腰にとって休憩ではない。真っ直ぐ立っているときよりも、ずっと大きな負荷を着席中の腰は受け止めているのだ(下のグラフ参照)。
世界一睡眠不足の日本人は“座り王”
体勢による椎間板内圧
座っている体勢も前傾も腰には大きな負担だが、不活発や静止していること自体もよくない。関節の動きを支えるのは、滑膜が作り、分泌する滑液だ。関節が動けば滑液が循環し、関節に栄養を、動きに滑らかさをもたらすが、じっとしていれば循環は滞る。
機械でいえば油切れの状態だ。本来動き続けているべき関節が固まったままでいると、やがて痛みを招く可能性は高い。
座り過ぎを自覚したら気分転換を兼ねて軽くカラダを動かそう。自宅なら床に寝てのストレッチができるし、職場でも座ったまま腰を伸ばすのはお勧めだ。
自宅や職場でできるストレッチ
再発予防には体幹部の強化も
再発予防には腹・背筋の強化がよい。急性期に使用するコルセットの代役を筋肉にさせて、腰椎にとってよくない動きを抑えるのが狙いだ。ただし、安全を期して方法はアイソメトリック(等尺性収縮)を。動かして痛みが強ければ、痛みが引くまで待つべし。
また、腰痛の背後で重大疾患が進行していることがある。膵炎、卵巣腫瘍、激烈に痛む大動脈解離など命にかかわる疾患も腰痛を伴うことがあるのだ。単なるぎっくり腰なら、動かしてみて痛みの軽い位置があるが、こうした緊急事態では安静にしても痛み、姿勢に関係なく痛む。
また、細菌感染からの化膿性脊椎炎では発熱を伴うことが多い。高齢者では脊椎の圧迫骨折の可能性も考えられる。こうした兆候があれば、急ぎ受診すべし!