不調改善のキーワード「筋膜」の真実
近年耳にする機会が増えた「筋膜」という言葉。さまざまなケア法やメソッドが提唱されているが、その実態を正しく理解できている人は多くはないはず。筋膜とは一体どんなものなのか。そして、どのような役割を果たしているのだろうか。筋膜の真実に迫っていこう。
初出『Tarzan』No.830・2022年3月24日発売
取材・文/井上健二 撮影/山城健朗 スタイリスト/高島聖子 ヘア&メイク/天野誠吾 イラストレーション/野村憲司(トキア企画) 取材協力/齋藤昭彦(東京家政大学健康科学部リハビリテーション学科教授)
齋藤昭彦先生
教えてくれた人
さいとう・あきひこ/東京家政大学健康科学部リハビリテーション学科教授。理学療法士、博士(障害科学)。訳書に『筋膜への徒手療法』などがある。
目次
筋膜を知り、カラダを新たな視点で捉え直す
近年、運動やリハビリの分野で改めて注目されるものがある。筋膜だ。そもそもカラダを作るすべてのパーツは、膜状の薄い組織で覆われている。これは「ファシア」と呼ばれている。なかでも筋肉や内臓など主要なパーツを包むのが、筋膜なのだ。
「動物実験で筋肉の性質を調べる際、従来は周りの筋膜は余計なモノとして取り除いていました。しかし、筋膜には力を蓄えたり、伝えたり、カラダの状況をモニタリングしたりする働きがあるとわかり、現在では筋肉と筋膜をセットで捉えないとカラダの本当の機能はわからないと考えられるようになりました」(東京家政大学健康科学部の齋藤昭彦教授)
筋膜を意識するチャンスなどほぼないといえるが、無視するのは大問題。
トレーニング効果が落ちたり、スポーツパフォーマンスが下がったり、肩こりや腰痛などトラブルが一向に解決できなかったりする恐れもある。まずは、ナゾ多き筋膜の正体に迫るところからスタートしよう。
筋膜は「第二の骨格」である
何がカラダを支えるのか。そう聞かれたら、大半は「骨と筋肉!」と即答するだろう。確かに、骨と筋肉、つまり骨格はカラダを支えているが、筋膜もカラダの支持に寄与している。このことから、筋膜は“第二の骨格”とも呼ばれている。
皮膚の下には、筋膜が2層にわたって走る。浅いところを走る「浅筋膜」と、より深いところを走る「深筋膜」だ。浅筋膜にも深筋膜にも境目はなく、頭のてっぺんから爪先までシームレスにすっぽり覆う。
「人体は、立体成形されたボディスーツを2枚、重ね着しているようなもの。筋膜というボディスーツがカラダの一体性を保つことから、“第二の骨格”とも称されるのです」
それだけではない。ファシアを含めた筋膜は、骨格を作る骨も筋肉も、さらに血管、神経、心臓などの内臓、脳だって覆っている。もっと言うと、およそ37兆個の細胞一つひとつをラッピングするのも、やはり筋膜。
臓器や細胞がバラバラにならず、決まったポジションで働けるのも、ミクロからマクロまで3次元でリンクさせる筋膜のおかげ。実は筋膜こそ「第一の骨格」なのかもしれない。
筋肉とは根本的に異なる構造を持つ
筋肉を作る筋線維は、アクチンとミオシンというタンパク質が交互に重なったもの。では、筋膜の作りは?
「筋膜もタンパク質からなりますが、筋肉とは異なり、コラーゲンとエラスチンという2種類の線維状のタンパク質で織られたガーゼのような構造をしています」
コラーゲンは、アミノ酸が連なった3本の長い鎖が螺旋状に撚り集まった丈夫な線維。引っ張る力に抵抗する粘り気(粘性)があり、大きく急激なカラダの変形を防ぐ。
エラスチンは、コイル状の細い線維からなり、ゴムのように伸び縮みが自在。力を加えると変形するが、力を抜くと元のカタチに戻ろうとする性質(弾性)があり、筋膜が変形しても元通りに復活させてくれる。
この2つは、サラサラとした適度な粘り気を持つ細胞外基質に浸されている。細胞外基質は、ヒアルロン酸やプロテオグリカンといった保水性の高い成分からできている。
コラーゲンとエラスチンの規則正しい織り目が何かのきっかけで乱れると、粘性や弾性がダウン。それが筋膜の動きの制限や癒着、滑りが悪くなる滑走性の低下に繫がるのだ。
いろいろなタイプがあり、機能が異なる
筋肉に、骨を動かす骨格筋と血管などを作る平滑筋があるように、筋膜にも種類があり働きはそれぞれ異なる。皮下でボディスーツの役目を果たす浅筋膜と深筋膜以外にも、筋膜には大きく次の2タイプがある。
まずは線維束膜。筋膜と聞いて、真っ先に頭に浮かぶのはたぶんコレ。筋肉を何重にも包み、形を保持し、筋力を伝える。筋外膜、筋周膜、筋内膜などがあり、神経、血管、リンパ管の通り道も確保している。
次に連結膜。こちらは自動連結膜と他動連結膜からなる。自動連結膜の代表格は、腰背部の胸腰筋膜、膝の腸脛靱帯。多くのセンサーを備え、関節の動きや安定性や、力の伝達に関わる。収縮能力もあり、筋肉と密に連携する。
他動連結膜には頭蓋骨と頸椎をつなぐ項靱帯、足裏のアーチを支える足底腱膜がある。骨格をつなぐほか、こちらも筋肉に加わる力を伝える。
この他にも筋膜には、圧縮膜、分離膜などがある(下表参照)。筋膜への誤解の多くは、筋膜が1種類しかないと思い込んでいるのが原因。そのタイプを頭に入れれば、筋膜への理解はより深まるだろう。
筋膜の主な種類と主な働き
機能的分類 |
特徴 |
代表例 |
---|---|---|
線維束膜 |
筋肉を包み(筋外膜)、筋束を作り(筋周膜)、筋線維を覆う(筋内膜)。 筋肉の力を拡散したり、集めたりする。 神経、血管、リンパ管が通る経路を作る。 |
筋外膜、 筋周膜、 筋内膜など |
連結膜 |
自動連結膜:機械受容器を備え、関節の動きと安定性、力の伝達に不可欠。 他動連結膜:構造間の連続性を保ち、固有 感覚受容器を備える。筋肉からの負荷を伝達。 |
自動連結膜: 胸腰筋膜、腸脛靱帯など 他動連結膜: 項靱帯、足底腱膜など |
圧縮膜 |
四肢を包み、区画(コンパートメント)を 作り、筋肉に適度な圧迫と緊張を伝える。 |
下腿筋膜、 大腿筋膜など |
分離膜 |
極めて薄く、柔らかい繊細な素材で包み、器官や部位を分離。 摩擦や衝撃を和らげ、滑走能力を提供する。 |
心膜、 腹膜、 滑液鞘など |
筋肉にないユニークな性質がある
筋膜には、筋肉や骨といったおなじみの骨格とはひと味違うキャラがある。
まず取り上げたいのは、チキソトロピーという特性。とろみの強いスープをスプーンでかき混ぜると、スピードが遅いうちはスムーズに回せるが、スピードが速くなるほど抵抗は強まる。これがチキソトロピー。
「この性質を踏まえると、筋膜の抵抗を抑えてアプローチするなら、ストレッチやヨガのようにゆっくり穏やかで、持続的な負荷が有効です」
次はクリープ。不良姿勢などで不自然な力が加わり続けると、筋膜がじわじわと変形して伸び、元に戻りにくくなることを指す。ゆえに一度クリープした筋膜のリカバリーには、息の長いケアが求められる。
最後に紹介したいのは、メカノトランスダクションという反応。
筋膜のコラーゲンやエラスチンを生み出すのは線維芽細胞。ここが刺激されると、コラーゲンやエラスチンの合成が盛んになる。これがメカノトランスダクション。筋肉のように肥大はしないけど、筋膜に適切な刺激を与えることは、コラーゲンなどを合成し筋膜を健全に再構成(リモデリング)するのに不可欠なのだ。
筋膜の主な性質
名称 | 内容 |
---|---|
チキソトロピー | ゆっくり動かすほど抵抗は小さいが、速く動かすほど抵抗が強まる。 |
クリープ | 永続的な負荷が加わると、粘弾性特性により、変形してゆっくり伸びる。 |
メカノトランスダクション | 細胞に機械的な刺激が伝わると、細胞に変化と生理的適応が起こる。 |
カラダの情報を脳に伝えるセンサーを持つ
筋膜は単なる膜ではなく、“賢い”膜。スマホのようにセンサーを内蔵する。筋膜に埋め込まれたり、貫通したりしているセンサーには、機械受容器と固有感覚受容器がある。
機械受容器は、体表に近い浅筋膜などにあるマイスナー小体、パチニ小体、ルフィニ小体など。外部との接触や、運動や姿勢の変化による圧迫や伸展などをキャッチする。
固有感覚受容器は、より深層の深筋膜などと共有されている、筋肉と腱にある筋紡錘やゴルジ腱器官など。カラダ内部の状態を捉える。たとえば、目を閉じて視覚をシャットアウトしても、指で鼻先が触れるのは、固有感覚受容器からの情報による。
機械受容器や固有感覚受容器からのシグナルは、つねに脳へと伝えられている。つまり、脳が「カラダがいまどうなっているのか」を知るための貴重なデータを発信するのは、筋膜にほかならないのである。
倒れないように姿勢を保ったり、ハーフパイプから高く跳んでトリプルコーク1440などの超複雑な技がこなせたりするのは、筋肉のみならず“賢い”筋膜のおかげなのだ。
何本ものラインがある
全身を切れ目なくカバーする筋膜は、フリーランスでバラバラに動くのではなく、グループで連携して働く。
「筋膜の連鎖や連結には多くのモデルが提唱されています。まだ決定的なモデルは登場していませんが、そうしたラインを意識したケアが痛みの治療や運動パフォーマンス向上に活かせるのは間違いないでしょう」
筋膜のラインで世界的にメジャーなのは、アメリカの著名セラピスト、トーマス・マイヤースが唱えている“アナトミー・トレイン”だろう。ここでは、筋膜と筋膜が作るユニットを、列車の路線に喩えながらいくつかのグループ(路線)に分けている。
筋膜は、加えられた力を蓄えたり、伝えたりする。さらにラインを介し、離れたところへもその影響を波及させる。筋膜を正常なコンディションに近づけ、持てる機能を最大限アップさせるには、筋膜が連なるラインを踏まえることも大切なのだ。
バイオ・テンセグリティ構造でカラダを支える
骨格という「第一の骨格」がヨットのマストなら、「第二の骨格」の筋膜はワイヤーに喩えられる。そしてこの筋膜というワイヤーは“テンセグリティ構造”の一翼を担う。
テンセグリティとは、アメリカの建築家・思想家であるバックミンスター・フラーによって広められたもの。張力を意味するテンショナルと、統合性を意味するインテグリティからフラーが作った造語である。
テンセグリティ構造は、重力などの圧縮に耐えるパーツと、外からの力に対して抵抗力と復元力を担う張力を生み出すパーツからなる。
人体をいわばバイオ・テンセグリティ構造と捉えると、骨が圧縮に耐えるマストで、筋膜と筋肉が張力を発揮するワイヤー。
テンセグリティ構造なら、全体の重みを軽くできるし、風を受けたヨットがバラバラにならずに海面を疾走するように、外から力を受けても柔軟に変形と復元を繰り返しながら、一体性が保てる。
最近は、カラダを作る最小単位である細胞も、テンセグリティ構造をしていると考える研究者もいる。その一端を担う筋膜は、私たちが想像する以上にエラい組織なのである。