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金メダリスト清水宏保が語る、タバタトレ“20秒10秒”のツラさと効果

相当なトレーニングを積んでいてもなお、キツいというHIIT。その内容について、そして乗り越えた先にある効果について清水宏保さんに聞いた。

アスリートには、HIITの実践者が多い。なかでも、その先駆者といえるのが、清水宏保さん。男子スピードスケートで圧倒的な強さを示し、1998年の長野五輪では、スピードスケートで日本人選手初の金メダルに輝いたことで知られている。その清水さんのHIITこそ、タバタトレーニングだった。

「高校2年生になり、選抜されて全日本のジュニア合宿に行ったら、スピードスケートのフィジカル面のヘッドコーチだった入澤孝一先生から、“これを週1回やりなさい”と指導されました。その頃は、20秒全力で頑張り、10秒休むことから、僕ら選手は単に“20秒10秒”と呼んでいました。HIITとか、タバタトレーニングといった名称は、まだ一般的ではありませんでしたから」

20秒10秒のやり方を初めて聞いたとき、清水さんは正直、「そんなの楽勝だ」と思ったという。なぜなら、基礎体力作りの一環で、彼は子どもの頃ずっとハードなインターバルトレーニングを続けていたからだ。

改めて、20秒10秒と出合うまでの歩みを振り返ってもらおう。

小学生時代から、インターバルトレを実践。

インターバルトレは、小学生時代からやっていました。冬場にスケートリンクで練習した後、車で送迎してくれる父が、帰路の途中で僕を車から降ろすんです。そしてクラクションを合図に、道路沿いの電柱と電柱の間を90%前後の力で猛ダッシュ。またクラクションが鳴ると、次の電柱と電柱の間は、20〜30%くらいの力で、ジョグでゆっくり流すといった感じでやっていました」

清水さんの地元は北海道帯広市。冬場の路面は当然雪で覆われている。そんな状況でインターバルトレをするのは危険に思えるけれど、清水さんによると凍らない限り、雪道でも滑る心配はないのだとか。

「冷え込むほど(凍らないので)、滑らないですよ。爪先着地ではなく、踵着地が基本ですけどね」

中学時代、清水さんは自転車でのインターバルトレへ移行する。スピードスケートのフィジカル強化では、自転車トレは大定番だ。

「やはり父の指導で、ロードバイクを3本ローラー(前輪1本、後輪2本のローラー上でバランスを取りながらバイクが漕げるギア)にセットし、1分間90%の力で漕ぎ、1分間イージーに漕ぐというインターバルを、30分から60分ほど続けました。小学生の頃の“電柱トレ”は、何のためにやっているのか、ピンと来ませんでしたが、中学時代の自転車トレはカラダがいい感じに仕上がる実感があったので、練習後に率先して毎日やってました。自宅の玄関先で、汗をダラダラかきながら(笑)」

3週間でスタミナが上がる効果を実感する。

さてさて。ここで話は、20秒10秒との出合いに戻る。小学生から辛いインターバルトレを続けていた清水さんにとっても、20秒10秒は楽勝どころではなかったのだ。当時トレーニングに用いられていたのは、おもに運動選手用の固定式バイクである《パワーマックス》

「初めの負荷の設定は、確か体重×0.075ほどでした。結構重たい負荷ですが、1分間全力に近い強度で漕ぐ自転車トレをしていたので、それでも20秒は余裕だと思いました。入澤先生からは、8本やるように指導されたのですが、2本目までは余力があるのに、3本目から怪しくなり、10秒休んでも心拍数が全然下がらなくなります。

入澤先生からは、“毎分90回転以上を守るように漕ぎなさい”と言われていたのに、4〜5本目で一気に回転数が落ち、6本目からは周りに励ましてもらってようやくペダルが回せるくらいに疲労困憊。8セット終わる頃には、本当にぶっ倒れました」

初めはちょっと甘く見ていた他の選手たちも、やってみて20秒10秒のスゴさを認識。その後は、《パワーマックス》のすぐ横の床に毛布を敷くようになったという。

「なぜかというと、20秒10秒が終わった直後に、毛布に倒れ込んでのたうち回るため。僕を含めて全国から選抜された身体能力の高い選手ですら、終わると20〜30分は起き上がれないほどのハードさでした。辛すぎて吐く選手もいましたからね」

過酷でも、選手たちが20秒10秒をやめなかったのは、週イチでも驚くような効果が実感できたからだ。

「3週間目を過ぎる頃から、毎分90〜100回転で最後まで行けるようになり、それにつれて心肺機能も耐乳酸能力も明らかに上がり、スタミナがついてパフォーマンスが良くなりました。だから、長野五輪で金メダルを獲るまでの2年間は、体重×0.096まで負荷を上げて、20秒10秒を1日3セットほどやっていました」

甥に20秒10秒を指導。レスリング優勝へ導く。

清水さんは2010年に現役を退く寸前、意外なルートで20秒10秒との再会を果たすことになる。

「その頃は、40秒×5セットとか70秒×5セットとかのインターバルをやっていました。ところが、昔合宿で一緒に20秒10秒を体験した同世代の武田豊樹(現・競輪選手)から、“いま20秒10秒が世界で注目されているらしい”と連絡が入りました。半信半疑で久しぶりに20秒10秒を試してみると、パフォーマンスが上がる実感があり、改めて驚きました」

ごく最近も、20秒10秒の威力を再認識する嬉しい出来事があった。

僕の甥の清水賢亮はレスリングをやっています。2年前に“下半身強化の方法を教えてください”と頼ってきたので、ジャンプトレーニングと合わせて20秒10秒を教えました。現役時代のガチメニューをやらせたら、“ヤバい。辛いです”と言いながらも頑張り、設定した負荷値で毎分90回転以上×8本できるようになりました。その成果なのか、2020年の全日本選手権の男子グレコローマン63kg級で見事優勝しました」

自分たちが人知れず地道にやってきた20秒10秒に、スポットライトが当たり、広く市民権を得た現状を、清水さんはどう思っているのか。

Twitterとかで、“あの清水もやっていたトレーニング”とか紹介されたりすると、素直に嬉しいですよ。先日話したスノーボードの竹内智香選手(ソチ五輪パラレル大回転銀メダリスト)も、“ワットバイクで20秒10秒をめっちゃやってます!”と言ってました。

一度競技を離れた彼女が復帰して活躍している背景には、20秒10秒の効果があるのかもしれない。ただ僕自身は、20秒10秒を二度と本気でやるつもりはありませんよ。だって毛布に倒れ込み、のたうち回りたくないですから(笑)」

清水宏保
清水宏保(しみず・ひろやす)/1974年生まれ。スピードスケート選手として冬季五輪に4度出場、金銀銅を1枚ずつ獲得。スポーツと医療を融合するアスリートのセカンドキャリアのロールモデルとして介護予防や疼痛緩和を行うジムを経営。

取材・文/井上健二 写真/アフロスポーツ、ロイター(アフロ)、日刊スポーツ(アフロ)、S. Yamagishi(プロフィール)

初出『Tarzan』No.807・2021年3月25日発売

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