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タンパク質と、何が同じで、どう違う?ジェーン・スーと〈味の素(株)〉社員が語るアミノ酸のこと。
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汗っかきの男性に対して「彼は代謝がいいから」と言い、低血圧の女性に「彼女は代謝が低そう」と言う。「代謝」というワードは元気そうに見えるかそうでないかの指標でなんとなく使われがち。じゃそもそも代謝って一体何? そう問われて正しく答えられる人は案外少ない。
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ざっくり言うと、代謝とは生物が生きていくための化学反応全般のこと。たとえば植物は、太陽の光と水と二酸化炭素を利用して糖質というエネルギーを自ら生み出す。このエネルギーを作る光合成というプロセスが、すなわち代謝。
そして動物は、植物が作り出した糖質をカラダに取り込んで分解し、自らのエネルギーに変換する。植物のように自前でエネルギーを作ることができないので、動物は生きている間じゅう、相当量の食物を食べ続ける宿命。これもまた代謝だ。動物は読んで字のごとしの「動く物」。エサを求めてあちこち動き回るためには膨大なエネルギーが必要なので、複雑な代謝システムを手に入れたと思われる。
歳を取ったなと感じるのはどんなときですか? この質問のよくある答えが、「ケガの治りが遅くなった」というもの。新陳代謝がよかった若い頃は擦り傷なんてあっという間に治ったものだけど、今ではかさぶた痕がなかなか消えない。ここでまた、よく口にするワードが「新陳代謝」。じゃあ新陳代謝って一体何? そう問われて正しく答えられる人は…以下同文。
脳や心筋の細胞を除くすべての細胞は、常に合成と分解を繰り返している。髪の毛はどんどん伸びては抜けていき、かさぶた痕もその下から新しい皮膚が成長してきてまっさらなものに入れ替わる。
一見、代わり映えしないような筋肉や骨も合成と分解を繰り返していて、筋肉は平均3か月程度、骨は約2年半でリモデリングされる。
こうした合成と分解の繰り返しが新陳代謝で、いわゆる代謝とほぼ同義。とはいえ、残念ながら新陳代謝のスピードは加齢とともに右肩下がりになっていく。20歳の頃に比べてケガの治りが遅くなっていくというのはそうした理由。
代謝という概念を物質代謝とエネルギー代謝のふたつに分けるという考え方がある。前の項で細胞が常に合成と分解を繰り返していることに触れたが、これが物質代謝に当たる。外から取り入れた食物をエネルギーに変えるのが物質代謝の分解、体脂肪として蓄えるのが物質代謝の合成だ。
基本的に、分解すればそこでエネルギーが消費され、合成すればエネルギーは蓄えられる。結果的に起こるエネルギー出納がすなわちエネルギー代謝。このように物質代謝とエネルギー代謝は表裏の関係だ。
では、体脂肪の物質代謝について考えてみよう。ごはんを食べて適正量の体脂肪を合成する→カラダを動かして体脂肪を分解し、エネルギーとして消費する。こうした動的平衡を保っていれば、人は理想的な体重を保ち、体型が激しく変化することもない。
ところが、飽食三昧の運動不足で体脂肪の合成に偏れば、みるみる太る。同じ年齢なのに片やスレンダー、片やデブが存在するのは合成と分解のアンバランスによるもの。
ヒトも動物の一種なので、あちこち動くためにエネルギーが必要。それなら、じっとしている分には食べ物をせっせと仕入れなくてもいいのでは? そうはいかない。ただ生きているだけでも、エネルギーはしっかり消費されているからだ。
寝転がってじっとしているときに消費されるエネルギーのことを基礎代謝という。これが実に1日に消費するエネルギー量の約6割を占める。基礎代謝量は体格に依存するが、仮に1日2000キロカロリーを消費するとして1200キロカロリー、おにぎり約6個分に相当する。
ちなみにPALという日常生活活動の強度は、総エネルギー消費量が基礎代謝の何倍になるかで示される。デスクワーク中心の「ふつう」の人は1.75倍。これが基礎代謝が総エネルギー消費量の約6割に当たるレベル。リモートワーク中心の人のPALはおそらく1.5。全体の総エネルギー消費量が少ないので基礎代謝は約6.6割に。
ベッドでごろごろしていてもバカにならないエネルギーが消費されているというわけ。
じっとしているだけでも、おにぎり6個分のエネルギーが消費されている。では、そのエネルギーは一体どこでどう利用されているのか? 基礎代謝の内訳を見てみよう。1日のエネルギー代謝量が最も多いのは骨格筋、続いて脳、肝臓がトップ3を占めている。
でも実は1kg当たりのエネルギー代謝量で見てみると、最も代謝量が高く燃費が悪いのは心臓と腎臓、続いて脳がトップ3となる。考えてみればそれも当然。心臓は1日約10万回拍動して血液を循環させているし、腎臓は1日にドラム缶1本分、約150Lの血液を濾過している。脳は脳で考えたり運動したり全身の情報をフィードバックすることで覚醒時は忙しい。
ただ、これらの臓器は重量が少ないので全体で見たときのパーセンテージはそう多くはならない。逆に1kg当たりのエネルギー代謝は少なくても総量が多いのが骨格筋。生まれてこのかたずっと代謝が低いと感じている人、内臓にとくに問題がないのなら筋肉量の不足が原因である可能性大。
1日の総エネルギー消費量は3つのカテゴリーで構成されている。ひとつはもうご存じの通り、基礎代謝。もうひとつは身体活動量。安静仰臥位からむっくと起きて立ったり歩いたりすると、その分のエネルギー消費量が上乗せされる。これが総エネルギー消費量の約3割。
最後のひとつは食事誘発性熱産生(DIT)と呼ばれるカテゴリー。食事を摂ると食物に含まれる栄養素が分解され、そのプロセスでエネルギーが生じる。先ほど勉強した物質代謝の分解によるエネルギー代謝だ。このとき生じたエネルギーのほとんどは熱となって消費される。食事をするとカラダがぽかぽかするのはこのためだ。
DITが1日の総エネルギー消費量に占める割合は約10%。たかが10%と侮ってはいけない。DITは食後4時間くらいかけて消費され、思っている以上にエネルギー代謝に上乗せされるからだ。エネルギー消費効率がいい栄養素はタンパク質、次いで糖質、脂質の順番。欠食は論外、代謝の底上げにはタンパク質がマストと心得よう。
駅の階段を上っただけで息も絶え絶え、遅刻しそうなとき速歩きをしただけで超苦しい、週末は何もする気が起きずにぐったり。それもこれもやっぱり代謝が悪いから?
物質代謝を介してエネルギーを作り出し、これを活用することが代謝だ。そのエネルギーを作り出すルートはいくつかあるが、日常生活で主に利用されているのは、細胞の中にあるミトコンドリアという器官を経由したルートだ。
ミトコンドリアはいわば、エネルギー産生工場。糖質や脂質やタンパク質がこの工場に送られ、特殊な回路に取り込まれATPという直接のエネルギー源を作り出す。これは酸素を介した化学反応なので、作り出されたエネルギーは有酸素運動時に利用される。
つまり、ミトコンドリアが正常に稼働していれば、運動開始後速やかにATPが作られるので疲れにくいということ。ミトコンドリアの数には個人差があり、運動習慣のない人よりある人、高齢者より若者の方が数が多い。疲れやすい理由のひとつはミトコンドリアの数の少なさにあるのだ。
さて、1日の総エネルギー消費を占めるカテゴリーのひとつが身体活動だ。ひと口に身体活動といっても中身は2種類に大別される。
ひとつは気合を入れて行うウォーキングやジョギング、水泳や球技といったスポーツなどの、いわゆる「運動」。もうひとつは通勤や家事、犬の散歩や子どもの世話など日常生活で行う「生活活動」だ。後者は非運動性熱産生(Non-Exercise Activity Thermogenesis)、略してNEATとも呼ばれる。
30分のウォーキングをしても消費するエネルギーは60キロカロリー程度で、思ったより少ない。これに対してNEATを増やすことで1日300〜400キロカロリー、エネルギー消費量を増やすことが可能といわれている。実際、肥満者と非肥満者のNEATによる消費量の差は約400キロカロリーという報告もあるのだ。
シャキシャキ歩いたり、率先して家事に励むフットワークが軽い人は、おにぎり2個分のエネルギーを消費し、そうでない人は同じ分だけ毎日カラダに蓄積しているのだ。
ケガの治りが遅くなったし、ちょっと動いただけですぐに疲れるし、お腹まわりにはいつの間にか脂肪の塊がくっついてるし。これらはすべて10年前、20年前に比べて代謝が落ちてしまったせい。とくに、エネルギー代謝の6割をカバーする基礎代謝の低下が問題だ。
基礎代謝が減る主な原因として考えられるのは筋肉量の低下。実際、大きなボリュームを占める下半身の筋肉は20代半ばから容赦なく減っていく。
加齢によって筋肉量が減ったりミトコンドリアの数が減るのは自然の摂理、というなかれ。それは何も手を打たなかった場合の話。通勤の歩数を稼ぐなど有酸素運動の時間を増やせばミトコンドリアの数は増えるし、筋トレを取り入れれば筋肉量の減少は食い止められる。
ただ誤解のないように言っておくと、筋肉を1kg増やしてもエネルギー代謝は数十キロカロリー増えるだけ。ただちに代謝アップとはいかない。それでも筋力が増してNEATが増えれば代謝の衰えは確実に防げる。これホントです。
取材・文/石飛カノ 撮影/内田紘倫 スタイリスト/高島聖子 ヘア&メイク/天野誠吾 取材協力/大河原一憲(電気通信大学大学院情報理工学研究科准教授)
初出『Tarzan』No.806・2021年3月11日発売