目次
STEP1. スタートは人みな同じく外発的動機づけ。
運動は正直辛い。食欲や睡眠、セックスのように本能に裏打ちされたものではないからだ。だから、ちょっとしたことで挫けるしサボる。忙しいから寒いから二日酔いだから靴擦れが痛いからと運動できない言い訳をごまんと思いつく。
というわけで、長く続けるためには多くの心的なエネルギーが必要だ。
このエネルギーを高めることを動機づけという。動機づけは大きく分けて2種類。ひとつは外発的動機づけ。外部からの刺激、たとえば指導者から叱られたり、褒められたりすることをやる気に紐付けること。
もうひとつは内発的動機づけ。こちらは自らが運動することに価値を見いだし、やる気を維持すること。
基本的にどんな運動であっても最初は外発的動機づけからスタートする。『ターザン』を読んでその気になるのもありだし、パートレが待ってるからジムに行かなきゃというのでもいい。ひとまず、運動を始めるきっかけや出会いを拠り所にして行動を起こそう。
EPISODE:高校球児のほとんどが、卒業後野球をやめる?
指導者が叱ったり、罰を与えたり、褒めたりすることで運動をやらせるのは簡単です。指導者は限られた期間で選手を強くしたいという思いから、とくに罰という外発的動機づけに頼りがちです。
でも、指導者の一方的な働きかけだけでやる気を高めることは難しい。怒ることで練習をやらせたら、選手はやってるふりをします。高校野球を何チームもサポートしましたが、選手たちは卒業した途端野球をやめてしまいます。それは監督に練習をやらされていたから。
最初は外発的動機づけから入ってもいい。でも、いずれ自ら練習に参加したいという内発的動機づけにもっていく必要があります。
STEP2. 筋トレの楽しさについて改めて考えてみる。
さて、外発的動機づけから筋トレをスタートしたトレーニー諸君。1か月を過ぎる頃には『ターザン』の表紙を飾った芸能人のキレキレシックスパックも、ユーチューブのトレーナーの動画もそろそろ神通力を失いつつあるタイミング。トレーニングの頻度が落ちてきているかもしれない。ここが、外発的動機づけから内発的動機づけにシフトする潮時だ。
まず、「運動の楽しさ」とは何だろう?ということについて考えてみてほしい。苦しいこと嫌なことは人間誰しも避けたい。でも、「楽なこと」=「楽しい」わけではない。
筋トレは実際に取り組んでいるときは辛いしシンドい。でも、終わった後の爽快感、次も頑張ろうというやる気が芽生えるのは、できなかったことができるようになったり扱えるウェイトが重くなったから。これが「運動の楽しさ体験」だ。熟練トレーニーはその体験を経た内発的動機によって、今日もせっせと精進している。
EPISODE:体育の授業がドッジボールだらけに。
かつて文部科学省では「楽しい体育論」というものが展開されていました。運動の楽しさって一体何だろうという模索です。その結果、子どもたちがやりたいこと、好きなことをさせればいいという考えから、ドッジボールばかりやる体育の授業が多くなりました。
でも、それはただ単に「楽」なこと。「楽」なことを「楽しい」と思わされている子どもたちは可哀想です。嫌なことをやらなければ楽しいというこの考え方が、学校体育を大分混乱させたと思います。
できないことができたり記録が伸びる楽しさ、それをみんなで支えたり支えられることが運動の本当の楽しさです。
STEP3. 「運動有能感」を味方に内発的動機づけを強化する。
次にできないことに挑戦するための意欲の掘り起こし方。
80年代にデシという心理学者が内発的動機づけについて、次のような考え方を提唱した。人はもともと有能感と自己決定への欲求を持っていて、この2つが内発的動機づけの重要な役割を果たしている。
「有能感」とは自分が置かれている環境の中で、自信を持って積極的に対処できる能力のこと。「自己決定」とは有能感に基づき、自分の意思で行動を選択することだ。
人は自分が優れていると思うことは、誰に言われなくても積極的にやる。なので、100kgのバーベルを挙げる自信がある人にトレーナーの励ましはいらない。
でも、肝心なのはバーベルを持ったこともない人間をベンチプレスに挑ませる方法。そこで、岡澤先生の研究室が提案したのが、デシの理論をベースにした「運動有能感」という考え方。
まずベースになるのは運動ができるという自信。それが持てない人は、今から努力すればできるようになるという自信を身につける。これが「統制感」。そして、周囲から自分が受け入れられているという「受容感」を持つ。このトライアングルの「運動有能感」で内発的動機づけは強化されるという。
最初からベンプレ100kg挙げられる人間はいない。だから、壁つきプッシュアップからスタートしてみる。いずれできるようになると日々動画をアップしていたら「いいね!」マークが増えてきた。片手プッシュアップができる頃には自信に満ちあふれた自分がいるという図式。
EPISODE:やったらできる。でもやらへんからできへん。
努力すればできるようになる。やってないからできないだけ。やればできるんだという自信を持つ。「統制感」を持つことは一見、難しそうです。
僕は選手にこう尋ねたことがあります。「京都から東京まで歩いて行けといったら行けるやろ? でもやらへんだけでしょ?」。
ウェイトリフティングの試合では3回試技がありますが、選手に自己ベストからスタートしろと言ったこともあります。選手は無理です!と答えましたが、フタを開けたら1回目の試技で全員、自己ベストのウェイトを挙げました。やったらできるけど、やらへんからできへんのです。
STEP4. 数値を記録し、個人内評価で自分に自信を。
本気モードのジムにはとても足を踏み入れられない。自分のへなちょこぶりをガチトレーニーに鼻で笑われそうだから。
これ、体育の授業の名残がメンタルに染み付いている証拠。50m走や走り幅跳びの記録など、運動はどうしても数値による結果が出てしまう。これ自体は悪いことではない。数値がモチベーションに繫がることもあるからだ。
問題は他人と比較して相対的な評価に落とし込んでしまうこと。相対的評価は集団の中の自分の立ち位置を示すもの。誰それよりも数値が劣っているので自分はダメだ、と思うのではなく、過去の自分と今の自分の数値を比較して評価することが重要だ。これが「個人内評価」という考え方。
筋トレの場合なら回数やウェイトをこまめに記録していくのもひとつの方法。最初は5回しかできなかった懸垂が1か月後には10回できるようになった。5kgのダンベルでキツかったショルダープレスが3か月後には15kgで行えるようになった。これこそ、できないことができるようになる、運動の本当の楽しみだ。
EPISODE:できる子もできない子も個人内評価でやる気に。
運動ができる子にとっては、体育の授業の相対的評価が動機づけになります。でも運動ができない子には逆効果。そこで出てきたのが「個人内評価」です。
できる子がやる気を失うのではという意見もありましたが、そんなことはありませんでした。グループで走り幅跳びを行い、最初の数値から何cm伸びたかを記録させたことがあります。最初に比べて誰が伸びたかと生徒に聞くと、みんな運動ができない子でした。それまでは、どうせできないからと真剣に跳んでいなかった子たちです。
運動ができる子は、できない子が頑張っている集団にいることが最高に楽しいと感じたそうです。
STEP5. 目標を3段階で設定して長期の動機づけに。
筋トレの楽しさに目覚めて、誰にお尻を叩かれなくても自らトレーニングするようになった。パチパチパチ素晴らしい! ただし、この先も末永くモチベーションを維持するためにもうひとつ必要なものがある。それが目標設定だ。
まず、真っ白なキャンバスに夢の目標を掲げよう。ベンチプレスで100kg挙げる? フィジークの世界大会で優勝する? 細マッチョになって憧れの彼女にコクる? なんでもよしだ。
次にその最終的な夢を叶えるときの自分はどんな能力を持っているのかをイメージする。そこから逆算して今年の目標を設定する。自分で設定できなければトレーナーに相談する手もありだ。
さらに、今年の目標を叶えたら、すぐ次の年の目標を設定できるよう、夢の1段階前にもうひとつの目標を掲げておくことがポイントだ。片手プッシュアップを20回行う、ベストボディで入賞する、腹筋を割るなどなど。
達成できるかどうかは問題ではない。夢に向かってチャレンジしている今このときを楽しむのだ。
EPISODE:インターハイ優勝の目標が世界のメダルに?
僕が卓球のサポートをしていたとき、インターハイで優勝したいという目標を語った選手がいました。インターハイで優勝したら推薦で全日本に出られることを伝えると、出る限りは勝ちたいという答え。「全日本で優勝したら世界に行けるで。観光旅行のつもりか?」と言う僕に、「そんなわけないじゃないですか! じゃあ世界でメダルを獲ります!」と選手。
見事、その選手はメダルを獲りましたが、僕が煽って目標設定したばかりにメダルを獲るまでの間めっちゃシンドかったと言われました。これはかなりショックで、やはり目標は自分で設定しなきゃいけない、と大いに反省しました。
PROFILE
岡澤祥訓(おかざわ・よしのり)/関西福祉大学教授。スポーツ心理学、体育科教育の専門家。1982〜2016年まで卓球ナショナルチームのメンタルサポートに貢献。野球、ウェイトリフティングなど多くの競技に携わる。