ボルダリングは究極の体幹トレ! トップクライマー藤井快のカラダに迫る
五輪新競技の「スポーツクライミング」。2020年東京五輪でのメダル獲得を狙うトップクライマー藤井快選手の、真の“バランスボディ”に迫る。
取材・文/井上健二 撮影/山城健朗 ヘア&メイク/天野誠吾 撮影協力/B-PUMP秋葉原店
(初出『Tarzan』No.772・2019年9月12日発売)
カクテルグラスみたいなフォルム。
体幹を鍛えたい。ボディラインをシェイプしたい。そう思ったら、そろそろスポーツクライミングを試してみるべきだ。
ウソだと疑うなら、トップクライマーの一人である藤井快選手の肉体を見てほしい。体脂肪率はわずか5%。体操選手やボクサーにも通じるような、無駄なく引き締まった筋肉美が眩しい。補強トレもしているが、基本的にはクライミングのみで作られたカラダである。
「カクテルグラスみたいなフォルムだとよく言われます。上半身は肩幅が広くてウェストが細い逆三角形で、両脚がグラスのステム(持ち手部分)のように引き締まってほっそりしているからでしょうね」
両手両足を偏りなく使いながら登るため、パーツの見た目に左右差が少なく、均整が取れているのもクライマー体型の特徴。
体組成計で計測した結果、藤井選手の両腕と両脚の周囲径の左右差は数㎜しかなく、同じく筋肉量も数十g単位の差しかなかったとか。同じサイズの筋肉なら、左右のバランスが取れている方がキレイに見えるに決まっている。
そしてクライマーのカラダが美しい大きな理由は、パワー・ウェイト・レシオ(PWR)の良し悪しがモノをいうスポーツだから。
不要であれば、筋肉も削ぎ落とす。
PWRとは、体重当たりのパワーのこと。自らの体重を支えて登るには筋肉がいるけれど、筋肉は体脂肪より重たいため、余計な筋肉をつけすぎると体重が増えてPWRが落ちる。
贅肉はもちろん不要な筋肉も削ぎ落とすような鍛錬を重ねるから、スポーツカーのように研ぎ澄まされた機能的なフォルムに仕上がる。クライミングで日本人選手が強いのは、欧米人と比べて比較的小柄でPWRを高めやすいからだろう。
「外食ばかりだと体重が増えるので、最近は自炊が中心。海外遠征にも炊飯器を持参します。契約している食品メーカーの管理栄養士にカロリーやタンパク質量などのチェックをしてもらい、筋肉と体脂肪のバランスが崩れないように注意しています」
PWRは重要なのだが、かといって筋力のみに頼ってはダメ。それがクライミングの面白さでもある。
「筋肉があると筋力に頼ろうとするので動きが硬くなり、うまく登れないことも。逆に筋肉があまりない人の方が、代わりに動きを工夫しようとするのでスイスイ登れたりします」
スポーツクライミングは傾斜をつけた壁に設置されたホールドと呼ばれる人工の石をつかんで登る競技。この動きの性質上、懸垂ができないと無理そうに思えるけれど、それもどうやら誤解のよう。
「壁にぶら下がるのは他のスポーツにない特性ですから、懸垂はできるに越したことはありませんが、1回もできない人でも足を上手に使えば登れる。僕自身、懸垂は20回くらいしかできない。大切なのは、手足を中心とした全身の連携です。初めは手だけ、足だけでも登れますが、難度が上がると手足をつなぐ体幹の力が必要ですし、最終的には全身が使えないと登れなくなります」
たくさん失敗したからこそ、続けられた。
クライミングはカラダ作りに最適だが、藤井選手はナイスバディが欲しくて始めたわけではない。
「始めたのは13歳。中学生でした。通っていたのが中高一貫校で、その体育館に小さなクライミングウォールがあった。本当はテニス部に入ろうと思っていたのですが、遊び半分でそのウォールを登ろうとしたら、全然できなくて。悔しくて山岳部に入りました。やっているうちにできることが少しずつ増えて嬉しくなり、気がついたら夢中になっていた」
後述するようにスポーツクライミングがオリンピック種目になって以来、競技人口が増えて若手の成長も著しい。
日本でもプロクライマーは珍しくないが、藤井選手はプロではない。都内のボルダリングジムで働きながら、ワールドカップを転戦する選手活動を続ける“会社員クライマー”だ。
1992年生まれだから、今年27歳。10代で世界を舞台に活躍するクライマーが増えてきた現状を踏まえると、ベテランと呼んでいいだろう。
「僕はスタートが部活。続けるうちに趣味になり、いつの間にか趣味を超えて競技選手になった。学生の頃から良い成績が出せていたわけではなく、20歳を越えてからようやく結果が残せるようになりました。それまで挫けずに続けられたのは、いろいろな失敗を重ねてきたから。次は成功したい、自分より上の人たちを超えたいというモチベーションが競技を続ける原動力となり、やがて引き出しも増えてメンタルも強くなり、徐々に勝てるようになったのです」
ボルダリングは、見てもやっても面白い。
ここで競技としてのスポーツクライミングについて、藤井選手に解説してもらおう。
クライミングには、ボルダリング種目、リード種目、スピード種目という3つがある。この3種目の合計得点で競われる複合(コンバイン)は、2020東京オリンピックの追加種目として正式採用された。
まずはボルダリング。これは高さ5m以下に設定された複数のコース(ボルダー)を制限時間内にいくつ登れたかを競う。クライミングと聞いて多くの人が頭に浮かべるのはボルダリング。この特集でもボルダリングにフォーカスしている。
「動きが派手だから見ていて飽きないし、やっていても楽しい種目。ただセッティング(壁にホールドをどう設置するか。毎回変わる)の内容に左右されやすく、競技としては確実性が低い。練習でいくら動きの引き出しを増やしたとしても、苦手な動きを強いられると登れない課題も出てきます。ただし何回落ちても制限時間内に課題をクリアすればいいので、一度落ちると緊張が抜けて動きが良くなり、最後は全部登れて高点数が出せるケースもあります」
次はリード。ロープで安全を確保したうえで、高さ12m以上の高い壁を登る。スポーツクライミングでは、もっとも長い歴史を誇る。
「僕はリードからこの世界に入ったので、いちばん得意な種目。リードでは動きをこなすためのパワーとテクニックに加えて、持久力が欠かせない。1回落ちたらアウトですから、高く登って腕がパンパンになっても、高さ0mでフレッシュな状態と同じ動きを途切れさせないことが求められます。最近は選手を落としにかかる高難度のセッティングが主流になり、ボルダリングの動きができないと登れないコースが増えてきました。それでもボルダリング最強とリード最強の選手がいたら、個人的には総合力が求められるリード最強の選手の方がスゴいと思っています」
大事にしているのは、“体幹を入れる”という感覚。
「体幹から力が抜けると姿勢が崩れて登れない。体幹を入れて課題をこなすために合理的なポジションに持っていけたら、無駄な力を使わずにゴールまで辿り着けるのです」
最後のスピードはこれまでの2つとは毛色が異なる。高さ10mまたは15mの壁に設定されたホールドをいかに速く登るかを争う、所要時間5〜6秒という瞬発力勝負の種目だ。
「ボルダリングとリードのセッティングは毎回変わり、それが難しくもある反面、“カラダを使ったチェス”という異名の通り、考えて読み解く面白さがある。でも、スピードでは、ホールドの配置はあらかじめ決まっています。決まっていると楽に思えますが、同じ動きのパターンをカラダにインプットし、正確に再現するのは想像以上に難しい。思い通りに完璧に動けたら、かなり快感です。3種目それぞれに異なる特徴があるからこそ、クライミングはいつまでも飽きずに続けられるのです」
来年の東京五輪で、クライミングの日本人男子複合の出場枠は2名。そのうち1枠は、今年8月に東京・八王子で行われた世界選手権で優勝した楢崎智亜選手が獲得した。藤井選手はリード中盤で落下するなどして惜しくも6位に終わった。
「世界選手権では、智亜との差をすごく見せつけられた。悔しいし、情けない。僕はオールラウンダーだとよく言われますが、裏を返すと器用貧乏ということ。あるレベルを超えると、フィジカルにもテクニックにも弱点があると勝てない。僕はフィジカルでは勝っている面があるのに、テクニック面でそれを活かし切れていない部分がまだある。フィジカルもテクニックもさらに磨いて、諦めずに五輪代表の座を狙います」
最後の1枠が決まるのは来年5月。藤井選手の戦いに注目したい。