目次
1. 話題の糖質制限が腸内環境に与える影響は?
定番化した糖質制限ダイエットでは、カロリーを減らす代わりにご飯やパンなどの糖質をカットする。それはブドウ糖の減少を招く。
「腸内細菌の好物は食物繊維と誤解されていますが、多くの腸内細菌がもっとも好きなのはブドウ糖。ブドウ糖の大半は小腸で吸収されますが、消化吸収されない食物繊維は大腸まで届いて腸内細菌のエサとなる。糖質制限で糖や食物繊維の摂取が減ると、それらを好む腸内細菌が減り、腸内フローラの顔ぶれが変わることもあります」(慶應義塾大学先端生命科学研究所の福田真嗣特任教授)
ダイエットは期間限定でいつか終わりが来る。万一、糖を好む腸内細菌が全滅したら、糖質制限をやめて通常の食事に戻しても、アンバランスな腸内フローラは修正されない。
2. ヨーグルトから取り入れたビフィズス菌は定着するの?
腸内環境のためにヨーグルトを食べる人は多い。ヨーグルトに含まれるビフィズス菌や乳酸菌はヒトの腸管内に定着するのか。
福田先生の実験によると、確かにヨーグルトを食べ続けている間は、そこに含まれるビフィズス菌や乳酸菌は腸内に留まる。だが、食べるのをやめると、2週間後にはヨーグルト由来の菌は検出されなくなる。
つまり外から取り入れる菌は、便からの排泄量を上回るほど供給されている間に限り、見かけ上は定着したように見えるだけ。食べなくなる=供給量がゼロになると、多かれ少なかれすべて排泄されるのだ。便通や体調が良くなる体質に合ったヨーグルトが見つかったら、浮気しないで食べ続ける姿勢が大切なのだ。
3. 持久力にも腸内細菌が関係しているってホント?
筋肉モリモリだと筋力が高いのは当然だが、ランなどに必要な全身持久力(以下、持久力)の良し悪しは見かけでは判断しにくい。いかにも体力がなさそうな細身なのに持久力が高い人もいれば、アスリートのような見た目でもスタミナに乏しい人もいるのである。
この差は従来、筋肉の質の違いで説明されてきた。筋肉を作る筋線維には、瞬発力に優れた速筋と持久力に優れた遅筋がある。両者の割合は遺伝的に決まっており、遅筋が多い人の方が持久力は高くなる傾向がある。
しかしその他に、腸内細菌も関わるかも。
「ボストンマラソンの出場者の腸内細菌を調べたところ、走行後にバイオネラという腸内細菌が増えていた。この菌をマウス腸内に定着させると持久力が上がったのです」
持久的な運動を続けると速筋で乳酸の産生が増える。乳酸は遅筋や肝臓でエネルギーとなるが、その一部は大腸にも流れ込む。バイオネラはこの乳酸からプロピオン酸という短鎖脂肪酸を作る。プロピオン酸は体内に吸収されて筋肉のエネルギー源になりやすいので、バイオネラが多いと持久力は高まるのだ。
4. 自然分娩と帝王切開で、なぜ赤ちゃんの健康度に差があるの?
自然分娩ができず帝王切開で産まれた赤ちゃんは、将来アトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患に罹りやすいという疫学調査がある。自然分娩では産道を通って分娩される際、腸内細菌を含むママの常在菌を受け取る。常在菌とはヒトと共生する病原性のない菌だ。
「女性の分娩口と排泄口(肛門)の位置が近いのは、産まれてきた赤ちゃんに腸内細菌を渡すのに重要だからと考えています」
帝王切開では分娩口とも排泄口とも離れたお腹から誕生するため、ママの常在菌をすんなり引き継げない。
帝王切開でも、その後の触れ合いでママの常在菌は受け取れるし、母乳やミルクを飲み始めるとそれを好むビフィズス菌や乳酸菌などが増える。けれど、満員電車に喩えられる腸内フローラには先に居着いた菌が優位に立つという“先住効果”が生じる可能性があり、自然分娩と帝王切開では腸内細菌の勢力バランスが異なる。
腸内細菌は免疫の発達を補うため、自然分娩と帝王切開では免疫の状態が異なり、それがアレルギー体質と関わるのだろう。帝王切開で産まれた赤ちゃんにママの分娩口と排泄口の菌を与えると、自然分娩に近い腸内フローラが保てるという報告もある。
5. パパの腸内細菌は子供に引き継げないの?
赤ちゃんはママとパパから半分ずつ遺伝子を受け取る。ならば腸内細菌はどうか。
常在菌は環境中に無数に存在しており、乳幼児はそれをいつの間にか取り込む。そのきっかけの一つとして注目されるのが、入浴。
日本には浴槽入浴をする習慣がある。森永乳業がアイルランドのコーク大学と共同で行った研究では、入浴後の浴槽から生きたビフィズス菌が見つかり、そのゲノム情報は入った人のビフィズス菌とほぼ同一だったとか。さらに子供が両親と一緒に入浴する家族と別々に入る家族を比べると、前者の方が親子で共通する腸内細菌が多かった。入浴に限らず、子供とスキンシップを欠かさないパパなら、その腸内細菌は子供にも受け継がれそう。
6. インド人はなぜガンジス川の水を飲んでもお腹を壊さないの?
インドや東南アジアなどで衛生状態が悪い土地を旅すると、現地の人が平気な顔で口にしている食べ物で日本人がひどい食あたりに襲われる場合がある。それどころか汚染が進んだガンジス川で沐浴してもインド人は平気だが、日本人ならただでは済まないだろう。
これも恐らく腸内フローラの違いによる。
食あたりの原因の一つに、病原性大腸菌の感染がある。病原性のない大腸菌は日本人の腸内には1%も棲んでいないのだが、東南アジア諸国の人びとでは腸内に平均10%ほど棲んでいるとか。
「同じ大腸菌グループなので好物はそっくり。病原性のない大腸菌が腸内に先に棲み着くと、病原性大腸菌が後から入ってきても好物が少ないため腸内に定着できず、感染症を起こしにくいと考えられます」
面白いことにITエンジニアなどとして来日して日本で数年暮らしたインド人が帰国すると、実家の料理でお腹を下すケースもあるとか。日本の生活環境に適応して腸内フローラが変化した結果、病原性のない大腸菌が減ったためと考えられる。
7. サツマイモを食べるとなぜオナラがたくさん出るの?
サツマイモは100g当たり2g以上の食物繊維を含み、便通を整えるのに効果的。便秘に悩んでサツマイモを食べるとオナラも増えるが、これも腸内細菌の働き。
オナラの成分の多くは口から飲み込んだ空気だが、10%程度は腸内細菌が産生するガスが含まれている。このガスがサツマイモを食べると増えてくる。
ガスが増える原因は、他ならぬサツマイモの食物繊維に包まれているデンプン。
100gのサツマイモには30gの糖質が含まれており、その8割ほどはデンプンである。デンプンは人体に不可欠な栄養素だからほとんどは小腸で吸収されるのだが、一部のデンプンは食物繊維に包まれているため、ヒトの消化酵素による分解を受けにくく大腸まで届く。デンプンは腸内細菌の大好物。デンプンが発酵されると通常よりも多量のガスが発生してしまい、それがオナラとなって出てくるというワケだ。
8. ベジタリアンの腸内環境はどうなっているのか?
ヒトは肉も魚も野菜も食べる雑食動物だが、なかには動物性食品を一切食べないビーガンなどのベジタリアンもいる。長年食べているもので腸内フローラは変わり、ベジタリアンの腸内ではプレボテラという種類の腸内細菌が優勢になる。植物性食品のみを食べるベジタリアンでは食物繊維の摂取量が増える。プレボテラはこの食物繊維を利用することで、ベジタリアンの腸内で勢力を広げるようだ。
ベジタリアンにならなくても、野菜や海藻などから食物繊維を多く食べてプレボテラを増やすのは健康にプラスかも。一例を挙げよう。
大麦には、次の食事の血糖値の余計な上昇を抑えるセカンドミール効果がある。食後の血糖値の上昇は糖尿病などの元凶だ。大麦にはβ-グルカンという水溶性食物繊維が含まれており、プレボテラはこのβ-グルカンからコハク酸という有機酸を作る。このコハク酸が大腸から吸収されると血糖値の上昇が抑制されるのだ。
9. 抗生物質って腸内環境にはどうなの?
腸内細菌のように共生する有益な常在菌もいれば、感染すると病気を引き起こす病原性の微生物もいる。現在の日本人の死因トップ3はがんや心疾患、脳血管疾患だが、長らく恐れられていたのは病原性の微生物による感染症。昭和初期の死因1位は、結核菌による結核だった。
感染症との闘いに勝利できたのは、抗生物質のおかげ。抗生物質とは、微生物がライバルとなる他の微生物の成長を阻止するために作る物質。感染症に広く効くペニシリンや結核の特効薬は多くの人を救った。その後数多の抗生物質が開発されているが、抗生物質にはネガティブな面もある。一つは抗生物質が効かない耐性を身に付けた耐性菌の出現であり、もう一つは腸内環境への悪影響だ。
抗生物質が体内に入ると腸内細菌にも影響し、病原菌ではない菌も死んでしまう。その空席に忍び込んだ病原菌が繁殖すると腸内環境の和が乱されたり、感染症が発症したりする。抗生物質を飲んだら、腸内フローラを整えるヨーグルトなどを意識的に食べて。
10. 薬の効き目に腸内環境が関わっているってホント?
薬にも経口的に服用するものが多く、それは否応なしに腸内環境にも差し響く。
「米国食品医薬品局が承認している約1000種類の医薬品のうち、約200種類は抗生物質。抗生物質は腸内細菌にも抗菌作用を示しますが、残りの800種類ほどの体内への効果を狙った薬が約40種類の腸内細菌にどう働きかけるかを調べたところ、そのうち24%の薬が腸内細菌の増殖を抑えることがわかりました」
非抗生物質でも腸内環境のバランスを崩す恐れがあるのだ。逆に270種類ほどの医薬品成分を腸内細菌に添加して培養したところ、約60%に当たる170種は腸内細菌が別の成分に作り替えてしまった。作り替えた結果、薬がよく効くようになることもあり得るし、逆に効きにくくなることもあり得る。
薬の効き目には個人差があり、副作用の出方も予測しにくい。それは腸内環境が一人ひとり異なるうえに、薬の服用で腸内環境が変わったり、成分が作り替えられたりすることによるのかもしれない。
11. 植物性乳酸菌は腸内環境にいいの?
みんな大好きな乳酸菌はヨーグルトやチーズのような動物性の発酵食品だけではなく、ぬか漬けやキムチといった植物性発酵食品にも含まれる。そして動物性食品を嫌う人には、植物性乳酸菌を含む食品を好む人もいる。
動物性でも植物性でも外から摂った乳酸菌は簡単には腸内に定着できない。納豆の納豆菌もしかり。しかし生きていても死んでいても、微生物の菌体タンパク質は免疫を賦活したりする。加えて発酵食品には、乳酸菌や納豆菌などの発酵による多様な代謝物質が含まれる。
納豆菌が作るネバネバの主成分ポリグルタミン酸は腸管で老廃物の排泄を助けるし、ジピコリン酸は病原性大腸菌などへの抗菌力を有する。ヨーグルトやぬか漬けや納豆のような伝統的な発酵食品が人びとに長く愛されてきたのは、健康に何らかのプラスに働くという実感があったからに違いない。
12. お酒ってやはり腸内環境に悪いの?
お酒は発酵食品の一種。アルコール以外にも発酵による微生物由来の代謝物質が含まれ、それが健康にポジティブに働きかけることも考えられる。ただし飲み過ぎはNG。
お酒のアルコールは飲酒後1〜2時間で胃と小腸で吸収されて、肝臓と筋肉で水と二酸化炭素に代謝される。アルコールそのものは大腸まで届かないから腸内環境には無関係に思えるけれど、そうとも言い切れない。
腸管の動きをアクティブにするのは自律神経のうちでも副交感神経だが、アルコールはその働きを抑えて拮抗する交感神経を優位にする。交感神経がオンで副交感神経がオフだと腸管の蠕動運動などがスムーズに進まなくなり、それが腸内環境に影響することもある。