AI技術で誰でもマグロを目利き可能に? “魚食”を変える最新テクノロジー
良質なタンパク質・脂質が摂れる魚だが、変わりゆく環境問題や日進月歩で進化するテクノロジーとともに、魚を取り巻く状況も目まぐるしい。魚にまつわる「最新研究」や「トピックス」をまとめてご紹介。
編集・取材・文/西野入智紗 取材・文/福島絵美 イラストレーション/サトウリョウタロウ
初出『Tarzan』No.873・2024年2月8日発売
最新技術でマダイの可食部が増加!?
もはや我々の生活にすっかり浸透しつつある、会話型AIサービス「ChatGPT」が登場したのは2022年のこと。人間と見紛う自然な受け答えが多大な反響を呼んだように、今、テクノロジーの進化が暮らしのあらゆる面に変化をもたらしつつある。魚を取り巻く環境ももちろん例外ではない。
世界的な食料危機や気候変動による不漁などを背景に、生産性の高い魚や可食部の多い魚などへの水産物の品種改良を進めるのが〈リージョナルフィッシュ〉だ。
「普段口にする肉や野菜は、その多くが品種改良を経たものですが、水産物の品種改良の歴史は50年ほどと浅く、あまり進んでいないのが現状。言い換えれば、よりおいしく生産効率の良い品種を生み出せる可能性を秘めた分野でもあります」と経営企画部長の岩井愛可さんは話す。
彼らが用いるのは、「欠失型ゲノム編集」をはじめとした新しい品種改良技術。狙った特徴を司る遺伝子を局所的に刺激し、新しい性質を持った品種を効率的に獲得する技術だ。
他の生物の遺伝子を加える「遺伝子組み換え」とは異なり、自然界でも起こり得る変化を促すことと、その効率性から開発までの期間が短いことが特徴。この技術を用いてマダイの可食部を約1.2倍、最大1.6倍にまで増加させることに成功した。
「22世紀鯛」の名で一般向け販売も行っている。「“ゲノム編集”はまだ聞き馴染みのない言葉かもしれませんが、おいしさで選んでいただける水産物へと成長させていきたいです」。
独自の品種改良で魚が変わる!
品種改良のための研究開発と同時に、その効果を最大化するための陸上養殖にまつわる技術開発、オープンイノベーションも行っている。今後は同社の技術をさまざまな魚種に展開する方針だという。
〈リージョナルフィッシュ〉が進めるのは、欠失型ゲノム編集など新しい技術を用いた魚の品種改良。現時点ではマダイ、トラフグ、ヒラメで可食部増量、高成長などの成果を挙げている。
AI技術で誰でも魚の“目利き”が可能になる?
一方、熟練仲買人の間で培われてきた魚の“目利き”技術を、AIで一般化する試みも。『TUNA SCOPE』は、専用アプリがインストールされたスマートフォンをマグロの尾の断面にかざすことで、品質判定をしてくれるAIだ。
「市場でのマグロの値付けは、仲買人が尾の断面を見ることでなされてきました。ここには色艶や身の締まりなど、品質に関わる情報が詰まっています。ただこの技術は、経験や勘に頼る“暗黙知”。後継者不足に直面するなか、AIでこの技術を未来に継いでいけないかと考えました」とプロジェクトリーダーの志村和広さん。
開発にあたりAIに学習させた尾の断面データと、職人による目利きのデータはそれぞれ数万点以上。いずれは世界共通の品質基準として根付くことを目指している。
“目利き”技術をAIで世界中へ
習得には10年以上かかるとされてきたマグロの高度な目利き技術を学習させたAIが『TUNA SCOPE』。世界中どこでも誰でも、マグロの尾の断面にスマホをかざすだけで瞬時に品質判定ができるようになった。
2019年にはこのAIに最高品質と判定されたマグロが「AIマグロ」としてブランド化され、回転寿司店で提供されたことも。現在は、一部スーパーで販売。
「超深海」の調査も活発だ
そして、最新テクノロジーは深海研究の現場にも。高性能な無人探査機による水深6000m以下の「超深海」の調査も活発だ。2022年には伊豆・小笠原海溝の水深8336mで魚が泳ぐ様子の撮影に成功したとのニュースも飛び込んできた。
「極端な環境で泳ぐ魚は、大きな水圧を受けても体が潰れず、また細胞機能が失われないよう、特殊な化学物質を体内に蓄えるなど工夫して生きていることが分かってきました」とは、調査を担当した東京海洋大学の北里洋特任客員。
魚の生存限界を知ることは、ひいては人類の生存限界を知ることにも繫がるもの。今後の調査の進展にも期待したい。
探索が進む“超”深海魚
「ランダー」という海底設置型超深海調査機の登場により、「超深海」の調査が進んでいる。
2022年に東京海洋大学の北里洋客員教授らが率いる国際研究チームが伊豆・小笠原海溝の水深8336mで撮影に成功したのは、スネイルフィッシュという深海魚。「最も深い場所で発見された魚」に認定されたこの一匹は、全身をゼラチン質に覆われていて、つぶらな瞳が特徴だ。
衛星から海の状態を把握可能に
一転、話題は深海から遠く宇宙へ。AIやIoTを活用した水産養殖の課題解決を進める〈ウミトロン〉は、複数の研究機関と協業し、衛星から海の状態を把握するデータサービスを開始。
ウミトロンの村上千賀子さんいわく「アプリを通じて、海水温や波の高さ、風向き、塩分などの海洋環境データを世界中で利用できます。また2年分の過去データと2日先の予測データを見ることができます」。
洋上にいけすを構えて行われる水産養殖の事業者にとって、海洋環境の変化は生産や出荷に影響を与えるもの。このサービスは世界中の養殖生産現場で利用されている。「海の詳細な天気予報のように活用していただいています」
遠く宇宙から海の環境を見守る
餌の使用効率を高めるべく開発されたスマート給餌機を核に、水産養殖のイノベーションを図る〈ウミトロン〉。彼らが2019年にスタートさせたのが、衛星から海の状態を把握するデータサービス『UMITRON PULSE』だ。
専用のアプリでは、毎日更新される詳細な海洋環境データが高解像度で提供されるほか、過去データや予測データも確認できるため、世界中の養殖事業者のリスクマネジメントや意思決定に貢献している。
養殖の現場で活用されている最新技術
一方で、水産養殖の現場ではもはや自然環境にいけすを設置することなく、陸上での養殖も積極的に行われている。循環型養殖システム(RAS)は、水を濾過システムで循環させて再利用することで、無菌状態の屋内施設での養殖を可能にした新世代型養殖システムだ。
これなら飼育水を循環濾過して繰り返し使用することができるので、環境に配慮し場所を選ばず安定的な生産を行うことができる。
完全無菌室の循環型養殖システム
循環型養殖システム(RAS)は、濾過システムで飼育水を循環濾過して繰り返し使用することができる陸上の養殖施設。周囲とは完全に隔離された無菌状態の屋内施設の中で、人に代わってコンピューターが集中管理を行うことで養殖のパラダイムシフトを体現。
愛知県渥美半島の良質できれいな地下水をさらに殺菌し、海水汚染の影響や病気などのリスクも少なく、薬品を一切使わずに育てられた「渥美プレミアムラスサーモン」や、鳥取県の中部に位置する琴浦町で、大山からの良質な地下水で育てられた「とっとり琴浦グランサーモン」など、安定的に育てられた高品質な次世代魚が続々。
他にも、テクノロジーを駆使して異なる魚種の交配により独自に生み出されたハイブリッド種や、地産地消を目的に生まれたブランド養殖魚などが各地で続々と誕生している。
水産資源の保護であると同時に、食べてもおいしい養殖魚の多様化はますます進みそうだ。
ハイブリッド養殖魚!
近畿大学水産研究所がブリ(雌)とヒラマサ(雄)の交配により独自開発した「ブリヒラ」と、アセロラ事業を手掛ける〈ニチレイフーズ〉が共同開発した「アセロラブリヒラ」。アセロラの搾りかすを含む餌を与えることで、アセロラ由来の強い抗酸化作用により「持続する鮮やかな赤身」と「爽やかな味わい」を実現。
また愛媛県愛南町で育てた「近大生まれ真鯛」に同町の名産果実「愛南ゴールド」のエキスを与えて育てた「愛南ゴールド真鯛」は臭みが少なく柑橘のスッキリとした風味。
土地の環境、風土を活かした養殖魚
ご当地の名産のように、生まれ育った環境を前面に打ち出すブランド養殖魚も人気だ。富士山の湧水と豊かな森で育てられた「ホワイト富士山サーモン」は、世界でも珍しい“白身”のニジマス。食べる餌により身の色が変わる性質を生かして白身に育て、川魚本来の美しさと上品な味わいを実現した唯一無二の存在。
また、黒潮と親潮が交差する岩手県大槌町では、三陸特有のリアス式海岸で育てた「大槌サーモントラウト」を開発。潮の流れが速いため、魚の運動量が多くなり適度な脂が乗った身が引き締まったサーモントラウトが育つ。