玉井陸斗(飛込)「自分が一番輝ける競技」
人生の4分の1ほどを激動のなか過ごした。日本のエースとして逞しく成長した玉井陸斗は、パリ・オリンピックでメダルを狙う。(雑誌『Tarzan』の人気連載「Here Comes Tarzan」、No.847〈2022年12月15日発売〉より全文掲載)
取材・文/鈴木一朗 撮影/中西祐介
初出『Tarzan』No.847・2022年12月15日発売
Profile
玉井陸斗(たまい・りくと)/2006年生まれ。160cm、56kg、体脂肪率8%。JSS宝塚/須磨学園。3歳から水泳を習い、小学校1年のときに飛込を始める。2019年、日本室内選手権飛込競技大会で優勝。同年、9月の日本選手権でも優勝する。東京オリンピックの選考会を兼ねたワールドカップでは決勝8位。代表となったオリンピックでは7位入賞。2022年、世界選手権で銀メダル。同年、とちぎ国体では優勝。
激動のなかにあった約4年。
玉井陸斗にとって、約4年という月日は、激動のなかにあったに違いない。現在、彼は16歳だから、人生の4分の1ほどの時間を実に目まぐるしく過ごしたことになる。
その出発点となったのが、2019年4月の日本室内選手権飛込競技大会。シニアデビュー戦となったこの大会で、12歳7か月での史上最年少優勝を果たす。
同年、7月には世界水泳選手権があったのだが、これには年齢制限によって出場することができなかった。しかし、9月に開催された日本選手権では世界選手権4位相当の得点で優勝。ここから玉井の名が広く知られるようになっていったのである。
「日本選手権は優勝できるとは思っていなかったので、びっくりしました。ただ、この優勝がまぐれと思われないように、この先自分なりの最大限のパフォーマンスをしなくてはいけないとずっと思っていました」
果たして、この言葉通りにどんどん事が運んでいく。
東京五輪の経験が次に繋がる。
翌年の日本選手権では500点台という驚異的な得点で優勝。そして、2021年に開催される東京オリンピックの最終選考を兼ねたワールドカップに出場し、見事代表の座を手中に収めたのである。
「僕のなかでは目標は東京ではなくて、次のパリ・オリンピックでした。ただ、(馬淵)崇英コーチは東京に間に合わせようと必死だったので、コーチの頑張りであの舞台に立てたというのが正直なとこなんですよね」
馬淵さんは日本代表のヘッドコーチを務めた名コーチであり、兵庫県にあるJSS宝塚スイミングスクールで、これまで数多くの日本を代表する選手を育て上げてきた。実際に玉井が練習しているところを見せてもらったのだが、素人目には完璧な飛込に思えても、コーチは細かくポイントを修正していく。
玉井も言う。
「技術面がとても大切な競技なんです。トップ選手になると、大雑把に見たらいつも完璧に演技をしているようなもの。そのなかで、細かいところが勝敗のカギになってくる。それを崇英コーチの目を通して見てもらえるというのは、僕にとってすごいメリットになっているんですよ」
東京オリンピックでは日本人では21年ぶりに決勝へと進み、7位に入賞する。選手にとってオリンピック出場は、貴重な経験であることは間違いない。たとえ、新型コロナの影響で無観客であったにしても、だ。
「これから先のオリンピックで結果を出していくということを見据えたときに、早い時点で出場できたのは大きいと思っています。言い方は悪いかもしれないけど、僕にとって助走というか、最初の一歩として捉えていました。この経験が次に繫がると考えていたんです。だから、結果にはそれほどこだわっていませんでした。ただ、あのときは今できる最高の演技ができたと思っています」
そして、2022年の世界水泳選手権。玉井は銀メダルに輝く。東京の助走から、一気に跳躍したわけである。
「これが自分にとってデカかったと思っています。東京での経験が生きました。試合での過ごし方とか、カラダの動かし方など、東京でやったことを修正して、新しいルーティンを作ることができた。それが銀メダルになったし、今年の国体にも自信を持って挑むことができたんです」
栃木で行われた2022年の国体で、玉井は100点超えの演技を2回連続で見せた。飛込は圧倒的に中国が強いのだが、そのトップ選手でも100点を2本揃えるのは稀である。強豪・中国を視界に捉えられる、そんな日本人選手は玉井ただ一人である。
高飛込のキモは体幹である。
今、玉井が主戦場にするのは高飛込という種目だ。高さ10mのコンクリートの飛び込み台から、飛び込む。入水時には時速50kmにもなり、着水までの時間は2秒弱。玉井はこの間に、抱え込みで3回半の宙返りを行うことができる。
そして、この競技のキモが体幹だと話を続ける。
「美しさを競う競技なので、空中の姿勢が重要になります。カラダはいつも軸をベースにして動くので、そこで体幹がブレてしまうと、姿勢は悪くなる。だから、体幹トレーニングを積極的に取り入れています」
また、飛込では入水も大切だ。水しぶきを上げない入水はノースプラッシュと呼ばれ、高得点に繫がる。そのためにポイントとなるのが“手”だ。
皆さんがプールで飛び込むとき、手は指先をまっすぐ伸ばすだろう。だが、飛込では手を内側へ折り、両手を重ねて入水する。
これは、手首のケガを回避し、ノースプラッシュを成功させる技術でもあるのだ。
「入水した瞬間に、手のひらで水に穴を開けるようなイメージですね。そして、その穴にカラダ全体が一直線に入っていくのが理想なんです」
飛び出し、演技を決め、ノースプラッシュで入水する。これを一瞬で完璧に行わなくてはいけない。そのために一番いいのは、常に同じ動きを再現できること。だが、人間は機械ではないから、それは不可能だ。
「だから、自分の意識とカラダの動きが合うことが重要なんです。たとえば、(飛び込み台に対して)これぐらいの距離で飛ぶと意識したとき、どれぐらい正確にできているかをビデオで見て確認する。このように練習では一回一回、いろんなポイントに着目して飛込を繰り返すんです」
取材した日の練習メニュー
まずは朝のランニング。そして、入念なストレッチをしつつ、屋外に設置された飛び板を使い、空中で1回転、2回転と、空中姿勢の練習。逆立ちなど器械体操の練習を彷彿させる動きを繰り返したらプールへ。
ここから約2時間で、およそ50本の飛込を行った。一回一回、飛んだ姿勢をビデオでチェックして改善していく。他にウェイトトレーニングも行う。
飛込は自分が一番輝ける競技
玉井に会って、ひとつ驚いたことがある。最初の日本選手権をテレビで見たときには、いかにも少年らしいというか、ヒョロッとしたカラダつきだった印象があった。だが、今はまったく違うのだ。
カラダ全体がガッシリとしていて、いかにもアスリートといった感じ。それもそのはず。13歳のときの体重は41kgだったのに、16歳の今は56kgなのだ。
そして、増加分はウェイトトレーニングなどで培ってきた筋肉なのである。
「大きくなったことで、力がつきました。ジャンプで高さが出せるようになったし、体幹も前よりブレなくなったと思う。カラダが変化していくなかで、やりにくくなった部分はまったくないです。
成長期ですが、急に身長が伸びたということもないし、毎日練習してウェイトトレーニングもしている。成長に合わせて意識とカラダを馴染ませていっているという感じです。だから、自分のなかでどこかが変わったというイメージは、ほとんど持っていませんね」
2024年、玉井が最初に目標としていたパリ・オリンピックが開催される。そして、代表に選ばれるためには、2023年の世界選手権で成績を残さなくてはならない。しかし、玉井にとっては、それは難しいことではないだろう。
パリまでは2年を切っている。どのような道を思い描いているのか。
「まずは、パリの代表内定が必要ですね。2022年の世界選手権と同じような結果を出したいです。オリンピックに出るというのは大前提なんですが、本番では今までのベストを出してメダルを目指したいと思っています。
そのためには、自分のイメージと実際の演技のギャップをなくすことが大切。それから、同じことを何度もできる安定性を高めていきたいです。強い中国の選手たちは、ライバルではあるけど、尊敬する存在でもある。入水の技術など盗めることは盗んでいきたい(笑)。
彼らはあまり失敗しないし、動揺することもない。常に安定しています。今の僕は一番難度の高い演技なら、練習で5回やって2回か3回成功する程度。試合ではまた変わるのですが、飛込はちょっとのミスが大きく響く過酷な競技。でも、自分が一番輝ける競技だとも思っているんです」