ラクロス・金谷洸希「努力」で掴んだ日本代表と初メダル
それほど運動ができたわけではない。ただ一心、日本代表になるため練習した。今はチームの中心的存在の金谷洸希が歩んだ道とは。(雑誌『ターザン』の人気連載「Here Comes Tarzan」、No.846〈2022年11月24日発売〉より全文掲載)
取材・文/鈴木一朗 撮影/今津聡子
初出『Tarzan』No.846・2022年11月24日発売
とにかくボールを追い続けるラクロス
とにかく、ラクロスはとてつもない競技である。一見してそれがわかった。フィールドはサッカーより少し大きめ。敵味方各10人の選手が直径6cm、重さ145gの硬質ゴム製のボールを奪い合いゴール数を競う。
クロスと呼ばれる先端に網が張られたスティックでボールをパスし、叩き落とし、タックル(ラグビーとは違い腕で抱え込むのではなく、ボールを持っている選手の正面や横から腕かカラダでぶつかり押し込む)に入る。1チーム16人まで交代選手を登録でき、全員が全力で走るため、選手の交代は頻繁だ。
このページの担当編集は実は社会人チームの経験もある猛者。ラクロスの選手ってすごいよねと聞くと、「猟犬ですよ」と、返ってきた。
そう、猟犬である。とにかくボールを追い続けるのだ。たとえば、アウトオブバウンズ(ボールがフィールド外に出ること)のとき、サッカーやラグビーでは、最後に触れた選手とは反対のチームにボールが渡される。
が、ラクロスには、これがひとつ大きな特徴だが、シュート、あるいはゴールから外れてアウトオブバウンズになった場合は、もっとも近い場所にいた選手のチームにボールが与えられるのだ。
だから、選手は皆、猟犬のように走り続ける。「クロスというのも、大きな魅力なんですよね」と言うのが、金谷洸希だ。
「ラクロスはラグビーなどと同じコンタクトスポーツなんですが、それに加えて道具を使います。コンタクトスポーツというと激しいだけのイメージがありますが、クロスという道具でクリエイティブなプレイができるし、個々のテクニカルな部分で大きな差が出る。そんなところも、見てもらえれば面白いと思います」
ワールドゲームズで初のメダルを獲得
2022年7月に開催された『ワールドゲームズ』は、オリンピックに採用されていない競技種目で世界最高水準の選手たちが集う大会である。ここでラクロスSIXES日本代表が出場し、初のメダル(銅メダル)を獲得した。
ラクロスSIXESは6人制で、7人制ラグビーがオリンピック種目になっているのと同様にワールドゲームズで公開競技として採用されたのだ。この代表の一人が金谷であり、銅メダルは宿願だった。
「日本のラクロス界にとっては歴史的に重要な大会だったと思います。予選を勝ち抜いて、決勝ラウンド1戦目がアメリカ。アメリカとカナダはプロリーグがあって2強。日本との差はやるごとに感じています。
それで、3位決定戦がイギリス。イギリスとは2018年の世界選手権で当たっていたのですが、当時と違い試合中も負ける気はしませんでした。日本のラクロスのレベルが上がっている証拠でしょうね。延長戦になってしまいましたが、ようやくメダルに届いた。うれしかったですね」
何かしらトップを目指せることをしたい
幼稚園からサッカーを始め、高校ではテニス部に入った。転向したのは「やはりラケットという道具があった」から。でも、強くなれなかった。まぁ、当たり前だ。テニスは幼少のころからプレイしている選手が多く、高校デビューでは遅すぎる。
「子供のころからやっている人には勝てない、そんな言い訳をしていたんです。それがイヤで、大学に入ったら何かしらトップを目指せることをしたいと思っていたんです。本当に何でもよかった、勉強でも。
千葉大学に入学して、ラクロス部に見学に行ったら、“ラクロスはカレッジスポーツだからみんな大学デビュー。日本代表にもなれるよ”と言われて、その気になった。楽しそうな競技だとは思ったけど、それ以上にトップになれるのが大きな魅力でしたね」
子供のころに運動がよくできる子と褒められていたわけではないし、自分でも器用に動けるタイプではないと考えていた。そんな金谷がどうして日本代表になれると思い込んでしまったのか、イマイチ理解に苦しむのだが、当人はやればできるんじゃないかと本気で考えていた。
そのためには人より練習するしかない。
「大学受験のときに本当に勉強が苦手で、かなりがんばって最初は絶対に無理だったレベルの大学に入ることができた。努力をすれば、結果に繫がるという初めての経験でした。
だから、ラクロス部の練習は朝だけで6時30分から8時30分までだったけど、4時30分にはグラウンドに行って一人で練習をしました。クロスを扱う技術をメインにやっていました。午後も4時から8時まで自由にグラウンドが使えたから、一人で毎日やった。努力すればできる、それだけを考えていましたね」
身長は185cmと申し分なし。ただ、入学当初は体重が62kgしかなかった。コンタクトスポーツだから、相手と当たれば弾き飛ばされてしまう。ウェイトトレーニングは苦手だが、体重増加のために必須。大学卒業時には72kgまで増やすことに成功する。そして、大学4年のとき日本代表に招集される。夢は叶った。
「ただ、うれしくはあったのですが、代表になったときには、それに満足している感じではなかったんです。世界大会に行ってチームで一番得点を挙げたいと思ったし、他の選手にも負けたくなかった。
チームで最年少でしたが、常に上を目指したいという目標を持って今までやってきたように思う。それだから、社会人になっても続けられているんですね」
環境を踏襲するということは、そこを越えられないこと
大学院へ進んでの2年間は、社会人の〈FALCONS LACROSSE CLUB〉に参加。初めてのトップリーグ。戦う相手はデカイ、強い。それに対抗するため本格的にウェイトトレを行うようになる。
「日本代表にはトレーナーさんがいたので相談したり、自分で考えてメニューは決めています。週3~5回ジムに行きますね。日本にはプロがないですし、僕も総合商社に勤めているので朝5時半に起きてトレーニングしてから会社に行ったり。
僕の場合はオフシーズンでは重い重量でやって筋肥大を狙います。そして次に最大筋力を高めるようなトレーニングをする。さらに、これらで培った筋肉を動きに対応できるように、瞬発系のジャンプなどを入れて仕上げます」
取材した日の練習メニュー
まずはウォームアップ。ダッシュやステップで、カラダを動かす。次にパス回し。クロスを上手く使い、最終的にはディフェンスをつけて行った。そして、オフェンスとディフェンスに分かれて、前者はシュート、後者はフットワークの練習。
ラクロスでは攻撃は6人で行われ、それ以外の選手がハーフラインを越えるとオフサイドになる。攻守の役割がはっきりした競技なのだ。仕上げに実戦形式。
2021年、金谷は新しいチームに移籍した。それが〈Grizzlies Lacrosse Club〉。多くの若手選手が集まって作ったチームである。
前チームの〈FALCONS LACROSSE CLUB〉は全日本選手権12連覇を達成するなど、日本のラクロス界を牽引してきた。なぜ、新しい環境に身を置こうと思ったのであろう。
「FALCONSは世界大会に出場した選手が多くて、彼らが作ってきた環境が出来上がっていたんです。ラクロスの社会人チームは、自分たちでグラウンドを取って、自分たちで備品を運んで、自分たちで練習メニューを決めるのですが、あのチームはすべて整っていて、僕は行って練習するだけでよかった。
ただ、それでいいのかと考えたときに、チーム全体を見つつ、そのなかで自分が上手くなっていくほうが正解だと思った。
先輩の作った環境を踏襲するということは、そこを越えることはできないということですから。だから、先輩たちの教えを吸収しつつ、自分たちで考えたラクロスを実践したい。それが今のチームで、日本のラクロスの歴史を変えていけると思っています。
今年は東日本の1部リーグで3位でしたが、近い将来、優勝できるチームにしていきたいですね。それと、2028年のオリンピックでSIXESが採用されるかもしれないので、そのためにも常に高い視座を持ってプレイしていきたいです」