女子競泳・小堀倭加、パリに向けて「越えるべき壁」
水泳の中長距離では日本のトップ。だが、世界との差はまだかなり大きい。それを埋めるべく彼女の努力は続いている。(雑誌『ターザン』の人気連載「Here Comes Tarzan」、No.840〈2022年8月25日発売〉より全文掲載)
取材・文/鈴木一朗 撮影/藤尾真琴
初出『Tarzan』No.840・2022年8月25日発売
予選からほぼ全力だった東京五輪
2021年の東京オリンピック、そして2022年の世界水泳に出場を果たしたのが、小堀倭加である。種目は自由形中長距離。400m、800mが主戦場である。日本では彼女と難波実夢(なんばみゆ)が双璧をなし、この種目を2人で牽引しているといったところなのだ。
小堀はアジアでも上位に入る実力がある。2018年、インドネシアのジャカルタで開催されたアジア大会では、800mと1500mで銅メダルを獲得した。
ただ、世界に目を向けると、その差はまだ大きい。800mの世界記録は小堀も憧れるアメリカのケイティ・レデッキーが持つ8分4秒79。小堀のベストとは20秒以上の差がある。彼女はこの差を埋めるために練習を続けている。
「オリンピックでも、海外の選手は予選では本当に流している印象。私も日本の大会だったら予選は少し落として、決勝で上げるのですが、オリンピックは最初からほぼ全力でした。決勝には日本新を出さないと残れないレベルだったし、そもそもスピードに差がある。それを再確認できたことは、よかったというか、これからに繫がると思っています」
小堀が取り組む自由形中長距離は、非常に厳しい種目だ。持久力だけではなく、瞬発力も求められ、カラダは極限まで酷使される。肉体的には身長が高くて手足が長い選手が有利だろう。
バルセロナ・オリンピックの代表選手で、高校時代から小堀を指導する湘南工科大学附属高校水泳部・三好智弘監督も「力では外国人選手には勝てない。技術で勝負するしかない」と語る。
言葉通り、練習の現場では細かにフォームをチェックし、指導していた。その光景には、世界と対峙する力を、少しずつ着実に培っているという印象を受けた。
背泳ぎから自由形への転向
もともと小堀は、背泳ぎの選手であった。それも、超一流である。中学校2年生のときの全国大会、女子200m背泳ぎで2位に入ったほどだ。ところが、高校に進学した際に三好監督に「自由形の中長距離をやってみないか」と、声を掛けられた。
「(背泳ぎと自由形は上下)反対にしただけみたいな感じと言われて。でも、私は全然そう思わなかった(笑)。
実は母親も直接は言わなかったのですが、中学のときから長い距離をやればいいのにと思っていたようなんです。それで最初は本当に迷ったんですが、背泳ぎが伸び悩んでいることもあって、とりあえず挑戦してみることにしました」
6月に試合があった。4月に入学したから、種目を変えてまだ2か月である。そこで、なんと800mでインターハイの決勝に残れるほどのタイムが出てしまったのだ。
「実際、自由形にしてから、背泳ぎよりラクかなって思えたんです。だから、実際に試合でタイムが出たときには、向いているんだと感じました。それでも最初は800mは(体力的に)無理だと思っていました。大きな大会になると、予選と決勝の2本泳がなくてはならないですから。
ただ、結果を出したいというか、戦いたいとなったときに、それも乗り越えないといけないという気持ちが少しずつ出てきた。高校では全中(全国中学校体育大会)で決勝に残るような子がたくさんいたので、その刺激も大きかったです」
ここからがすごい。まず、高校1年のインターハイ(つまり自由形中長距離を始めて1年も経っていない)で、400m、800mで2冠を達成する。高校2年には日本選手権に出場し400mと1500mで2位、800mで3位に入り、世界ジュニアの出場権を手に入れる。高校3年ではパンパシフィック選手権とアジア大会に出場し、アジア大会では前述した成績を残す。急成長だ。
「入学当初“バック(背泳ぎ)よりも自由形に変えたほうがインターハイ決勝に残れる可能性は高い”と三好先生に言われたんですが、3年間でここまで伸びることができて、自己ベストが少しずつ出るのが楽しかった。もう少し前からやっていればと思うところもあるんですけど(笑)。
ただ、三好先生に出会っていなければ、日本代表にもなれなかったし、オリンピックにも出場できなかった。感謝の一言しかないです」
距離が短いぶん、練習の質は高くなる
今、小堀は日本大学の学生だが、練習は三好監督のもと、湘南工科大学附属高校のプールで行っている。「高校を卒業したときに東京オリンピックまでは見てほしいとお願いしたら、コロナで1年延びてしまい、次は3年後にパリということでまた延ばしてもらいました」と、笑う。
練習ははっきり三好流だ。普通、短距離なら1日の練習で5000m前後、長距離では1万mほどを泳ぐ。しかし、三好監督は長い距離を泳がせない。
レースの距離の4分の3をスピードで泳げる能力があれば、残りは耐えることができるという考えからだ。監督は「みんなと同じことをやっていても勝てない」とも言う。実際に練習を見学させてもらったが、その日は3700mである。これは、普通では考えられない短さだ。
「短いぶん質が高いんです。レースと同じぐらいの出力で泳ぎますから。スピードを重視した練習もあれば、耐乳酸の練習もあります。泳ぐ距離が少ないことで不安はありません。
距離が長いと、どうしても強度が下がってしまう。多く泳げば持久力はつくんでしょうが、レースではやはりスピードを出して、キツいところでどれだけがんばれるかが勝負なので、距離ではないと思っています」
練習メニュー
練習は陸上トレーニングから行う。この日は腹や体幹のメニューが中心。水泳練習ではブロークンという方法がある。たとえば100mを90秒単位で泳ぐ。70秒で泳げば、残りの20秒を休んでリスタート。これがキツい。短い距離で行うのをショートブロークンと呼び、主にスピードを高めることが目的となる。逆に長い距離はロングブロークンで、こちらは耐乳酸のための運動となる。
実は今年、世界水泳の前に2か月ほど、三好監督のもとを離れて練習した。このときは平均で1日6000mほどを泳いだが、そこで感じたのは、練習での強度が落ちてしまい、レースで対応できないことだった。
さらに大会後には、三好監督に泳ぎが崩れていると指摘を受けた。腕を伸ばして手で水を捉えるとき(これをキャッチと言う)に、肩が水面下に沈んで抵抗が生まれるようなフォームになってしまっていたのだ。
「いかに抵抗を少なくして、省エネで泳げるかが今の自分にとって重要。海外の選手はキャッチがすごく上手で、キックをそれほど打たなくても、腕だけで泳げてしまう。それに比べると、自分はまだキックでカバーしている部分が多いからロスも多い。
技術面では、それを変えていかなくてはいけない。腕を伸ばして手が水中に入ったときに、すぐ水を捉えられれば、体重をすばやく前へと乗せられるし、カラダをより前進させることもできる。ボディポジションもかなりよくなると思うから、ラクに泳げるようになると考えています」
パリ・オリンピックまであと2年である。「短いですね」と小堀が言うように、限られた時間で理想の泳ぎを追求していかなくてはならない。ひとつポイントとなってくるのは、最初の200mのスピードだろう。ここでいきなり外国人選手に差をつけられてしまうと、それを縮めるのはかなり難しくなってしまうのだ。
「今、オリンピックの400mの決勝などでは、最初の200mをだいたい2分ぐらいで入ります。私の200mのベストは1分58秒後半ですから、ここからプラス1.5秒で入るというのは厳しい。だから、まずは2分1秒後半から2分2秒前半で余裕を持って泳げるようになりたい。それができないと、日本記録もパリ・オリンピックでの決勝進出も難しいと思っています。
日本選手権など国内のレースで、安定してこのタイムを出せるようにしたいですね。国内では私と難波さんが世界に近いと思っているので、早く海外のトップの選手に追いつきたいという気持ちで、練習を続けていきたいです」