一度中ると、中りやすくなるは間違い
食後数時間、あるいは翌日以降に激烈な症状が消化器に発生し、冷や汗を流しながらトイレに駆け込んだ。などという経験を誰でも一度や二度はしているだろう。
食中毒という言葉は毒がカラダに害をなすことを“中る(あたる)”と呼ぶことに由来する。しばしば“一度カキに中ると二度と食べられなくなる”とか、“一度中ると、中りやすくなる”などと真顔で語る人がいるが、これは間違い。
中ったとしたら、その多くはノロウイルスや腸炎ビブリオによる。しっかり洗浄、加熱処理したカキなら、以後も食べてまったく問題ない。繰り返し体調を崩す人は食中毒ではなくアレルギーの可能性がある。内科を受診して検査を受ければ原因は判明する。
細菌・ウイルス性食中毒の原因物質別発生件数
患者数ならノロウイルスが圧倒的に多い
家庭でちゃんと実践したい「食中毒予防の3原則」
近年報道の多いアニサキス症は、厳密にはマラリアなどと同じ寄生虫症だが、2012年の食品衛生法の改正で食中毒の原因として扱われるようになった。
リモート勤務が影響してか、2021年厚労省が「食中毒発生状況」で報じた事件総数717のうち、原因施設が判明している516では、家庭も106と侮れない件数だ。
家庭での食事では食材を選ぶ目が問われるのはもちろん、保存・調理にも油断は禁物。有名な食中毒予防の3原則は、食品に原因菌(細菌の場合)を「つけない」。菌はマイナス15度以下では増えないから、食品の保存は低温にして菌を「増やさない」。そして、料理の際は魚介・肉類ならしっかり加熱して菌を「やっつける」。
さて、食中毒がどの年代に多発しているか統計を調べてみると、20代が最多で、その後は年齢とともに減っていくのがわかる。
年齢階層別食中毒患者数(2018~2020年)
ただし、これは医療機関を受診した患者を数えただけのもの。
年の功で食中毒の経験も豊富な年長者は対処法を知っていて、受診せずに済ます人もいるかもしれない。よくある食中毒の場合、薬で下痢や嘔吐を無理に止めるのではなく、毒素の排出を優先する。脱水に注意して安静に過ごせば、いずれ嵐が去ることを多くの年長者は知っているものだ。
一方、若年層は外食をはじめ社会活動に積極的で、その分ハイリスクである可能性が高い。そして、中った場合の経験値は年長者より低いから、あわてて医療機関に駆け込む人もいるかもしれない。
なお、CDC(米国疾病予防管理センター)は食中毒になる可能性が高いのは①5歳未満の子供、②65歳以上の成人、③がん、HIV/エイズや糖尿病の患者、④妊婦だと公表している。
先の統計に表れないからといって、中高年が食中毒を心配しなくていい、ということにはならない。確かに若年層より社会活動が穏やかなら、中る確率は低いかもしれないが、中った場合、重症化の可能性は少なくない。そこには免疫の加齢変化が影を落とす。
不可避な、加齢によるリンパ球の減少
免疫機能は20代から早くも低下し始め、40代ではピークの約50%に、70代では10%前後にまで低下するという報告がある。
免疫を支えるリンパ球の主要な構成要素はT細胞とB細胞だ。B細胞の増殖能力は加齢に伴い1~2割程度しか低下しないといわれている。これに対し、ウイルスなどに感染した細胞を効率よく除去してくれるT細胞の増殖能力は、残念ながら人によっては1割程度にまで落ち込むという。
その一因はT細胞の教育器官である胸腺の萎縮だ。一般的にヒトの臓器は加齢に伴い萎縮する。この傾向は免疫に関わる臓器にもあてはまり、胸腺も脾臓も萎縮するが、とりわけ胸腺は思春期を過ぎれば萎縮が始まり、急速に機能は低下していく。
その結果、T細胞の機能が低下したり、数が減ってしまうこともわかってきた。
免疫に関わる全身の臓器
胸腺:骨髄で作られた幹細胞を“教育”し、合格した少数だけをT細胞として全身に送り出す。
リンパ節:全身を巡るリンパ管が集まっている特に太い部分。T細胞やB細胞が集まり、体内に侵入した異物を処理している。
脾臓:免疫細胞が多数常駐し、異物として認識されたものはここで処理される。赤血球を貯蔵するほか、古くなった赤血球を破壊もする。
腸管リンパ節:腸管には特有のリンパ節、パイエル板が備わり、食事とともに消化器に侵入してきた細菌、ウイルスなどの異物を処理する。
骨髄:リンパ球や赤血球の生産工場。ここで作られた細胞の一部が胸腺に向かう。
加齢に伴い免疫器官さえ萎縮する
免疫を支えるのはT細胞だけではないが、非常に重要なプレーヤーであることは間違いない。
年を重ねたからといって、食中毒になりやすくなるとは限らないが、T細胞が減るのだから、中ってしまうと条件は非常に不利だ。そもそも中高年に限らず、変なものには中らないに限るだろう。予防の3原則は全世代共通だ。