今年は失敗を恐れない。クライマー・藤井快のパリへの覚悟
若手の台頭が著しいクライミング。その中で、経験を武器に世界選手権を制した彼はさらなる高みへ上り続けている。(雑誌『ターザン』の人気連載「Here Comes Tarzan」、No.838〈2022年7月21日発売〉より全文掲載)
取材・文/鈴木一朗 撮影/下屋敷和文
初出『Tarzan』No.838・2022年7月21日発売
割り切りが世界選手権の優勝につながった
2021年9月に行われたスポーツクライミング世界選手権。男子ボルダリングで優勝を果たしたのが、藤井快である。
彼が戦っているクライミングという競技には3種目がある。
ひとつがスピードだ。高さ15mの壁をどれだけ速く登れたか、そのスピードを競う。リードは高さ12m以上の壁をどこまで高く登れるかの勝負。
そして、ボルダリング。これは少々説明がいる。高さ3~4mの壁をいくつ登れたかで勝敗が決するのだが、大会では課題と呼ばれる壁が4〜5種類用意される。選手はこの課題の完登に挑戦するのだ。
藤井は世界選手権の決勝で、他の選手が完登できなかった第1課題を1回でクリア。全4課題をすべて完登したのも藤井だけで、圧倒的な強さを見せつけた。そのときの様子をこう語る。
「大会の1か月ぐらい前は、すごく調子がよかったんです。でも、2週間ぐらい前になったら、だんだんと悪くなってきてしまって。疲れもあったし、今回はダメだなという感じでした。
ただ、調子が良くても本番で結果が出なかったときもあるし、その逆もある。大会では直前の練習が終われば、もう気にしないというか、精神的なところでコントロールする術は、今までの経験からわかっていた。そう割り切って臨んだのが、今回の優勝に繫がったと考えています」
実は、世界選手権には苦い思い出がある。日本人1位になれば東京オリンピックの代表となる2019年の大会で、藤井は6位に沈んだ。選ばれたのは楢﨑智亜だった。
オリンピックの出場枠は2枠。もう1枠は翌年に開催されるコンバインドジャパンカップで決まる予定だった。ところが、2019年の10月にIFSC(国際スポーツクライミング連盟)は日本の代表選考を認めず、世界選手権上位2人、つまり楢﨑と原田海を代表とした。
日本山岳・スポーツクライミング協会はスポーツ仲裁裁判所(CAS)に提訴したが棄却。煮え切らない形で、藤井の夢は絶たれた。
「世界選手権の後もまだまだ選考はコンティニュー、次の大会で決めるんだと思っていました。ところが、世界選手権の上位2人となってしまった。それにコロナも重なって大会どころじゃなくなってきた。
ほとんど1年試合がなくなるなかで、自分の望まないカタチで競技人生が終わる可能性もあると感じたんです。
でも、それは耐えられないし、納得できないから、切り替えて、次のパリを目指そうと思った。プロになるために会社も辞めました。後戻りはできないぞ、という覚悟ですね」
若手が台頭。高校生だって侮れない
2022年5月に韓国で行われた、ボルダリングのワールドカップ。藤井は優勝を飾った。しかし、この大会では普通ではないことが起こった。決勝に進んだ6人の選手のうち、5人が日本人だったのだ。
藤井は今年30歳になるが、他の選手では楢﨑の26歳がもっとも上で、あとは20歳前後である。若手が台頭してきており、それも世界のトップクラスにまで成長しているのだ。藤井のパリへの道が、いかに厳しいものかがわかる。
「全国でクライミングができる場所が増えて、今は小さいときからこの競技に取り組める。大会でも10代で決勝に行ったり、優勝していますから。高校生だって侮れないですよ(笑)。
ただ、僕には経験がある。たとえば、最初の課題でつまずくと、残りの3つ、4つで勝負しなくてはならない。その重圧で精神的に折れてパフォーマンスに影響することが多いんです。
他にもさまざまなシチュエーションを実戦で何度も経験していて、それを乗り越えてきたのが自分の強みだと思っています」
今年から取り入れたバレエの練習
もちろん肉体的な部分でも一切の妥協はない。プロになったことで、時間を自由に使えるようになったことも大きかっただろう。試合がないときには、週4~5回は壁に向かう。そして2018年から始めた、森永inトレーニングラボでのウェイトトレーニングもずっと継続して行っている。
練習メニュー
まずはストレッチから。股関節、背部を伸ばしたり、チューブを使って肩まわりのインナーマッスルを丹念に動かす。足の裏のマッサージもプラスして1時間ほどをかける。
その後、壁に向かうのだが、登る時間より、壁を見ている時間のほうが長い。登る技術だけでなく、眼でルートを探ることもクライマーにとって重要なのだ。「難しそうな壁ですね」と声を掛けると、「ワールドカップの予選ぐらいの難度ですね」と笑った。
「実は、もともと栄養とかにすごく興味があったんです。それで森永(製菓)さんに話をしてもらったときに、トレーニングも見てくれると言われたので、ぜひお願いしたいです、と。
もともとの目的は基礎的な体力を向上させることでしたが、今は実際に(壁に)登ってみて、足りなかった部分をそのつど補っていく感じです。時間をかけないとカラダは変わらないので、これからもじっくりやっていこうと思っています」
もうひとつ。今年に入ってから取り入れたことがある。それが、なんとバレエ。大会などの転戦で、思うように通えていないのが実情だが、以前から興味があったという。
「バレエ特有の軽やかな動きや、脚の柔軟性などを見ていて、あんなふうに動くことができたらいいなと、以前から思っていたんです。それに、本なども読んでいて、カラダの使い方もわりとクライミングに近く感じて、応用もできそうだなって。
踊りたいというのではなくて、バレエの基本的な動き方を身につけたい。ただ、やってみると結構面白くて趣味になるかもって感じです」
プロになるとき妻は背中を押してくれた
藤井には最強のサポーターがいる。妻の沙季さんと2人の子供だ。第2子は今年生まれたばかり。「本当に小さいんですよ」と、うれしそうに話す。さらに心強いことに、沙季さんは鍼灸師の資格を持っている。
「カラダが本当にきついときには、鍼を打ってもらったりしますね。子供がいないときか、寝ているときに(笑)。日本でやる大会などにも帯同してもらうこともあります。
部屋でマッサージとかしてもらって。もちろん日本代表のときには、専門のトレーナーさんにも助けていただいているんですが。実は、プロになるときに背中を押してくれたのも妻なんです。“やれるときにやらなくちゃいけない”って。本当に妻には感謝してもしきれないぐらいなんです」
さて、パリ・オリンピックはもう2年後に迫っている。東京オリンピックでは、スピード、リード、ボルダリングの3種目複合(コンバインド)で争ったが、パリではボルダリングとリードで競われる複合と、スピードの2種目に分かれる。
もしかしたら、藤井にとってこれは有利に働くかもしれない。苦手とするスピード(もちろんトップレベルではあるが)を除いた2種目で挑戦できるからだ。
とはいえ、何度も言うようだが、若手強豪が揃いに揃っている。オリンピックでメダルを獲るよりも日本代表になる方が難しいだろう。彼は未来をどう捉えているのか。
「今年一年はパリ・オリンピックを見据えて、今まで以上に失敗を恐れずに多く挑戦していこうと考えています。来年からのオリンピック選考に備えるように、経験を積んでいきたいんです。その失敗を来年起こさないようにというか、起こらないようにすることが一番大事。
来年はスイスで世界選手権が開催されるので、それが近々の目標。まだまだやるべきことはたくさんです。それに、若い選手とは違って、疲労が抜けにくくなっているのは間違いないので、カラダのケアに注意することもより重要になる。食事はもちろん、トレーニングでも、何をどんなふうに、どれくらいやっていくかを自分で設計して考えていく必要がある。
とにかく自国でのオリンピックに出場できなかったから、次は必ずという想いはあります。パリで金メダルを獲る。そのために発揮できる力をすべて注いでいきたいと思っています」