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人を試す、大峯奥駈道。トレイルランナー・志村裕貴のFKT

平安の頃からあまたの帝、貴族、武将そして市民が詣でる熊野三山、その参詣道は熊野古道と呼ばれ、世界遺産にも認定されている。その古道のひとつ、大峯奥駈道は修験者のための道だ。

取材・文/内坂庸夫 撮影/藤巻翔 トレイルランナー/志村裕貴 協力/ザ・ノース・フェイス

世界遺産・熊野古道のひとつ、大峯奥駈道

日本列島から南に突き出た紀伊半島。はるか太平洋上の高気団から吹き出された湿潤な南風は、付近を流れる黒潮によってさらに水蒸気を膨らませ、勢いよく紀伊の山々にぶち当たる。南風は急激に高度を上げ、冷やされ、たっぷりの水蒸気は大量の水滴に変わる。紀伊は雨が多い、それも大粒の雨が大量に降る。

つまりは紀伊の山は植生が豊かで森が深い、古来より神々が宿るにふさわしい、山そのものが霊場だ。同時に紀伊は林業王国、吉野の杉、尾鷲の檜、紀州備長炭で知られる。

8mmの雨が降るとわかっていて大峯奥駈道(おおみねおくがけみち)に突っ込むのは無謀どころかバカだ。奥駈はそれほどの山域、半年をかけて準備をしてきた志村裕貴はわかっている。奥駈の歴史はもちろん、アップダウンを繰り返す行く山の名称、それぞれの斜度、区間距離を頭に叩き込んでいる。多くの人に話を聞いた。みなが言う、「何も覚えていないくらいきつい、とにかくきつい」。

志村裕貴さん

志村裕貴(しむら・ひろき)/〈ザ・ノース・フェイス〉契約アスリート。2018年『HURT100』7位、19年『OURAY100』4位。21年『八ヶ岳往復FKT』90km、30時間52分26秒、22年『大峯奥駈道FKT』141.37km、36時間29分14秒。

志村の思いはこうだ。いくつもある熊野古道の中からあえて艱難辛苦の修験の道「大峯奥駈道」を行く。そしてその目的地である熊野本宮大社で足を止めない、そのまま熊野那智大社へ「中辺路(なかへち)」をなぞるのはどうだ。

さらに那智大社の先、太平洋まで駆け抜けたら、そりゃ気持ちいいはずだ。吉野の金峯山寺から那智勝浦の那智海岸まで最短記録(FKT)を作ってやろう。

コースマップ

大峯奥駈道のトレランコースマップ

大峯奥駈道のトレランコースマップ

熊野古道は熊野三山(熊野本宮大社、熊野那智大社、熊野速玉大社)を巡る参詣道。陸路、海路いくつもある。その中の奈良吉野を起点とする100kmにおよぶ「大峯奥駈道」は、金峯山寺・蔵王権現修験者(山伏)の鍛錬の霊場であり、また大峰山脈縦走路そのもの。その山行の過酷さは桁外れだ。熊野本宮大社から熊野那智大社までは「中辺路」、帝も貴族も通る山道。その先の那智海岸までも熊野速玉大社への道だ。

最初からつまずいた、いやこれが最初の試練なのか。雨が降ったら奥駈には入れない、ならば雨の降る前に走り出してフィニッシュすればいい。前倒しして前日の昼に金峯山寺をスタートすることになった。だが、雨に降られずとも真っ暗闇を15時間、奥駈を行くことになる、いいのか?

トレイルランナー志村裕貴にスピードという武器はない。ならば他にライバルたちに立ち向かえるものがあるのか? 急勾配の上り下り、長時間の山行なら勝負できるはず、志村には少なからず自負がある。

だったらその得意を伸ばそう。さらに強くなるには限界に身を置くことがいちばんだ。熊野古道で最速の記録作りをしよう。もちろん、大峯奥駈道に叩きのめされるはず、間違いない。この熊野で自分はどこまでがんばれるのか、負けるのか。はたして。

次々と試練がやってくる、容赦ない

金峯山寺を走り出たのは昼12時05分ジャスト、4時間ほどで日が暮れる、いくらも進まないうちに修験の道は闇に覆われた。霧も出てきた。左腕の〈スント〉はルートを示しているが、目の前は真っ白。さらに藪に覆われ、トレイルがあったとしても認識できない、そもそもはっきりした踏み跡などないのだ。トレイルが見えない、わからない。

夜の山はいくらでも経験してきた。どんな山奥でも高みから遠くに町の灯りが見えた、山が深くてもクルマの音が聞こえたりした、人を感じることができた。奥駈は違う、人の気配がまるで感じられない。異世界。

この世ではないところにたったひとり、1kmを進むのに1時間もかかってしまう。不安と焦燥が襲う。

上ったから次は下るだろう、こんな急な斜面はここで終わりだろう、そんな期待はことごとく覆される。まだ上るまだ上るまだ上る。さらにさらにさらに急な斜面があらわれる。眠い眠い、眠ってはいけない眠い。

ひとつも対処できないうちに次々と試練がやってくる。志村は奥駈に試されていた。大峯奥駈道をわかっていたつもりだけど、実際の過酷さはひと桁もふた桁も上回っていた。戸惑いながらも志村の腹は据わってきた、覚悟ができてきた。愚直に努力を続けるしかない。とにかく一歩を踏み出すしかない。

スタート7時間後、19時05分。34km地点、行者還小屋の先にいくつもの光が輝いている。サポートスタッフとペーサーの野口奨太が待っていてくれた、文句なしにうれしい。温かいうどんを腹に入れ、すぐに出る。ここからはふたりで奥駈を行く、自分の前を歩く人がいる、なんと心強いんだろう。

数ある難関のなかでももっとも厳しいといわれる釈迦ヶ岳への上り、これ垂直だろう、の岩壁を両手両足を使ってひとつひとつ上がる。ちょっとでも気を抜いたら後ろに引かれ落ちるじゃないか。山頂に大きなお釈迦さまがいらっしゃった。

釈迦ヶ岳の先、太古の辻で大峯奥駈道の北半分が終わり、南奥駈が始まる。アップダウンが何度も何度も繰り返される。熊笹についた夜露で靴がびっしょり濡れた、足が冷たい。

ついに朝。光がまぶしい、カラダに力がみなぎってくる。66km地点、行仙岳小屋に到着、11時間ぶりに仲間に会えた。うれしいなあ。

熊野古道の中でも修験の道「大峯奥駈道」

行仙岳を越えた志村裕貴。朝日は素晴らしい、カラダもメンタルも思い切り引き上げてくれる。

本宮まで残り30kmちょっと。ここで志村の心境が変化する。奥駈への慣れか自信か? 明るいうちに熊野川を渡り、明るいうちに本宮にお参りしたい。この仲間に明るいうちに会いたい。志村は足を速めた。

熊野川を渡るトレイルランナー

熊野川を渡れば、そこは熊野本宮大社。

行仙岳から9時間、吉野から99kmの熊野本宮大社には日のあるうちに到着できた。これで大峯奥駈道は終わるのだが、志村裕貴は止まらない、中辺路を越え熊野那智大社へ、その先の太平洋へ駆け続ける。

熊野本宮大社で参詣

ペーサー野口と本宮に詣でる、これが奥駈を走破した証し。日のあるうちにできた。

熊野本宮大社からはペーサーが野口奨太に代わり、同じ〈ザ・ノース・フェイス〉のアスリート、いわば同志、宮﨑喜美乃になった。

彼女はすでに奥駈を、27時間を走っている志村を甘やかさない。「30kmのペース走だよ!」、ばんばん先を行く。後ろを振り返ったり、ペースを調整することもない、それが宮﨑なりの気遣いなのだろう。

熊野本宮大社を走り出す宮﨑さんと志村裕貴

大峯奥駈道を終え、つぎは中辺路。熊野本宮大社を走り出す宮﨑さんと志村裕貴。

中辺路はちょっとラクに走ってもいいかな、そんな思いがどこかにあった志村は、彼女の背中を見て思い直す。苦しく辛い奥駈をあんなにもがんばって走破したのに、ここで手を抜いたらもったいないだろ、最後の最後まで全力、限界で行けよ。

ふたりはいいペースで中辺路を駆け抜けてゆく。

「動け動け、動け!」太腿を殴り、怒鳴る

最初の山塊、小雲取越の下りで志村は足首に痛みを感じた、テーピングをしてみる。そしてふたつ目の山塊、大雲取越の舟見峠。もう上る山はない。この先は那智大社に下るだけ。先を行く宮﨑に後ろから志村の怒号が聞こえてきた。

「こんなところで自分に負けるのか!」「おまえ、このためにがんばってきたんだろ!」足首の痛みに耐えられない自身に対する怒りだ、自分に怒鳴っている。

宮﨑は密かに思った、「よおし、スイッチが入った」。志村のペースで走らせよう、志村を先に行かせる。前に出た志村はさらに大声を上げる、拳で自分の太腿を叩きはじめた、「動け動け、動け、バカ野郎」。

なにかにとり憑かれたように、志村は闇の中を駆け下る、速い速い。那智大社の鳥居で待ち構えるスタッフの前を素通りして、ついには那智海岸への舗装路を突っ走ってゆく。

どうした? なにが起きた?

志村の勢いは誰にも止められない、那智駅の駅舎の下をくぐり、海岸に出た、その先に道はない。熊野古道141km先には闇夜の太平洋が待ち構えていた。志村は砂浜に駆け込み、自分に負けなかった自分を祝福している。仲間が追いついた。

やはり熊野には神がいらっしゃる。

太平洋に到着した志村裕貴

夜0時34分14秒。勢いのままに太平洋に到着、予定より46秒早い。

熊野那智大社の社殿を模した無人のJR紀勢本線那智駅

熊野那智大社の社殿を模した無人のJR紀勢本線那智駅、駅舎の南側は那智海岸、海水浴場「ブルービーチ那智」。

用具用品は走力、信頼できる装備なしに大峯奥駈道は走れない

山を行くとき、それも距離が長いほど、山が高く谷が深いほど、身軽であることはありがたい。最速記録を作ろうというのならなおさらだ、つまり空身がいちばん。

ところが大いなる矛盾がある。用具用品を身につけ、また携帯していないと山は安全に進めない、結果として速く進めない。用具用品なしに山行はあり得ない。その山が厳しいのなら、さらに夜を越えるなら、用具用品はさらに増え、それらに生命をあずけることにもなる。

かつて、安心安全、踏破の成功は装備の数や重量に置き換えられていた時代があった。いまは違う。軽くていいもの、とても軽くてとてもいいものが生まれている。用具用品の重量と機能のバランスが高いレベルで達成されているのなら、トレイルラニングの場合、それらはふたつ目の走力になる。

ランナーを加速させるジャケットとシューズ

志村裕貴が今回の『大峯奥駈道FKT』で着用したジャケットは《インフィニティトレイルフーディ》、着脱の時間ロス、動きの動作ロスを減らした軽量ストレッチウィンドブレーカーだ。ザックを背負ったその上から着てもランニング動作を妨げない豊かなストレッチ性とデザイン、熱がこもりがちな背中と脇にはベンチレーションが設けてある。

着ていることを忘れるジャケット

ザ・ノース・フェイス《インフィニティトレイルフーディ》

ザ・ノース・フェイス《インフィニティトレイルフーディ》

ザ・ノース・フェイス《インフィニティトレイルフーディ》。ちょっとした雨ならはじいてしまう撥水加工の超軽量ストレッチ素材。デザインと生地そのものがランニング動作を妨げないので、ザックを背負ったまま着ることができる。立ち止まらなくていい、なんとありがたい。Lサイズ約160g、24,200円。

また、この奥駈では路面と体調に合わせて3種の靴を履き分けている。スタートから全区間の3分の1はこの《フライトベクティブ》を使用。

山岳トレイルレース用軽量高反発シューズ

ザ・ノース・フェイス《フライトベクティブ》

ザ・ノース・フェイス《フライトベクティブ》

ザ・ノース・フェイス《フライトベクティブ》。走行時のエネルギー効率を安定性、推進力、グリップ力などから反映させる「VECTIV」システム、またカーボンファイバープレートにより大きな反発力と安定性をもたらしている。米国のアウトドア専門誌『Outside』の2021年優秀ギアを受賞。28,050円。

カーボンファイバープレートを内蔵した長距離レース用の軽量高反発、高推進力の靴で、とにかく軽く速い。アウトソールはさまざまな路面に対応、しっかりグリップしてくれる。

INFORMATION

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