アメリカではウンチの冷凍保存が始まっている。腸の超スゴい5つの話

腸内環境研究は日進月歩の未知の領域である。最新の研究で、驚きの新事実が続々判明している。もはや腸に対して尊敬の念さえ抱いてしまうそのスゴさを、5つのトピックでお伝えする。

取材・文/鈴木一朗 イラストレーション/村上テツヤ 監修/石川大(順天堂大学医学部附属順天堂医院消化器内科)

初出『Tarzan』No.817・2021年8月26日発売

①海苔がおいしいと思うのは、腸のせい

日本人が大好きな海苔は、外国人にはいまひとつピンとこないらしい。「ただの黒い紙だろ」という感じで、味もあまりわからないという。なぜこんなことになるのかというと、アジアの一部の人たちしか、海苔を常食としてこなかったから。

ずっと食べていた人たちは、海苔を分解する腸内細菌を持っているが、他の外国人には、ほとんど存在しないのだ。だが、ここで疑問が残る。どうして海苔を分解する腸内細菌がいると「旨い!」と感じるのか。だって、思うのは「脳」の仕事であって、腸ではないのである。

実は、腸には脳に次いで多くの神経細胞がある。そして、脳と腸は互いに影響し合っているのだ。海苔の場合で言えば、まず口から摂取されて、食道、胃を経て小腸に達する。そして、分解・吸収されるのだが、このとき腸内細菌がある種のタンパク質を作り出すのだ。

それが、神経から脳に伝わり「旨い」という感情が生まれる。いわば、腸がサインを送ることで、脳を従属させていることになる。果たして脳が主なのか、それとも腸が主か。誰しも、自分は常に頭で考えて行動していると思っているはず。しかし、もしかしたら、腸に操られながら人生を歩んでいるのかもしれない。

②腸内細菌を変えることで脳の病気が治る

パーキンソン病、認知症、自閉症、多発性硬化症。これまで、これらは脳に原因があって発症する病気だと考えられてきた。ところが、現在では腸が関与していることがわかり始めてきたのだ。たとえば、パーキンソン病は手足が震える、筋肉がこわばる、動作が緩慢になるなどの症状が表れるが、実はある種のタンパク質が、脳の一部に溜まることで起きる可能性が示唆されている。

腸がタンパク質を使って脳に命令を出すことは前述したが、その経路が迷走神経。で、パーキンソン病を引き起こすタンパク質も、腸からここを通って脳へ送られるという。

つまり、これらが少なくなるように腸内環境を変えられれば、原因も摘み取れることになる。実のところこんなには単純な話ではないのだが、腸内環境を変化させることで、脳の病気だけでなく、さまざまな病気に対応できるようになるだろう。

事実、アメリカでは実に多くの腸内細菌を培養し、いくつかを組み合わせて特定の病気の薬として販売している。また、日本をはじめとする多くの国で、腸内環境が病気に及ぼす影響の研究も盛んに行われているのだ。近い将来、より多くの難病が、腸内環境の改善によって治療できるようになるのは間違いない。

③ 便移植で人間の腸への逆襲が始まる

細菌は人類が誕生するずっと前から、地球上に存在していた。そして、長い年月をかけ、多くの菌がヒトを宿主として選んだのである。彼らにとって、我々はただの乗り物ともいえよう。

ただ、その乗り物が利己的な行動で暴走してしまい、腸内細菌が棲みにくい世界ができてしまった。そして、腸内の環境が乱れてさまざまな病気に陥るようになったのだ。

だが、その腸を変える、つまり腸内細菌を入れ替えることで、病気を治すことができるようになってきた。それが、便移植だ。まず、抗生物質で腸内の菌を一掃する。つまり、腸を空っぽにする。そして、ドナーとなった人の便を希釈し、水溶液を患者の腸へと入れるのだ。これで、腸内環境がガラリと変わるのである。

腸内環境
腸内の各菌を色によって示した。治療前はほぼ一色(つまり1種類)だが、便移植2週間後には腸内細菌の種類はドナーと同様に増え、2年間維持した。

ドナーとなるのは、兄弟、姉妹が最適。そのわけは、母親の腸内細胞を受け継ぎ、幼いころから一緒に育ったからと考えられる。親子では難しい。なぜなら腸内細菌の分布は3歳ぐらいで出来上がり、そのときの食生活が影響すると今は推測されているからだ。父母の3歳のときの日常というのは当然、子供たちとはまったく異なる。

現代では腸内環境に悪影響を及ぼす原因は数え切れないほどある。だから、便移植への期待は大きいのだ。

④ 腸内細菌の多くが絶滅危惧種である

今、毎日100種の生物が絶滅しているという。人間がよりよいと思う環境を作り上げていった結果、他の種の命を奪っているのである。そして、このよりよい環境というのは、実は腸内細菌にとってもかなりよろしくないのだ。

もともとヒトの体内には多種多様な細菌がいて、それらとともに生きてきた。ところが、現代では菌と触れ合う機会が激減。

毎日風呂に入ったり、パック詰めされた食料を買ったり、土や動物と触れる機会も少ない。容器も食べたら毎回洗剤で洗う。コロナ禍にあって、うがいや手洗いの回数も増えた。もちろん、ウイルスの対策は行わなくてはならないが、菌と人間との距離は開くばかりだ。

現に、アマゾンに住む先住民と、我々とでは、まったく異なった腸内環境なのである。腸のためにメインで働く細菌はなかなか簡単には絶滅はしないだろう。が、そのメインを細々と助けている菌や、腸内のバランスをとるために存在する菌など、脇役やエキストラといった存在が絶滅の危機に瀕しているのである。

そして、体内に棲む菌の多様性の幅が狭くなると、健康を維持できなくなる可能性もある。人間にとってよい菌、悪い菌が互いに牽制し合い、何かが暴れることなく、平穏に共存することが重要なのである。

⑤ 自分のウンチを冷凍保存する時代がやってくる

便移植が実に有効な治療だというのは、わかっていただけたろう。ここで肝心なのは、本来の自分が持っていた腸内環境と同じようなドナーを見つけること。それは、先ほど触れたように、兄弟、姉妹である。これがベターな選択なのであるが、やはりベストは自分の腸内環境を再構築することであろう。

だったら、自分の便、つまりウンチを保存しておくのが一番。腸内の環境が整っているうちに採取して、保存しておくわけだ。そして、日常生活の中で、さまざまな要因によって腸に酷い不調が表れたら、それを使って元の状態に戻すのである。

こうすれば不都合なく、新たに自らの環境を整えることができるのだ。

そして、この試みはすでに始まっている。たとえば香港、アメリカやオーストラリアで行われており、何か起こったとき患者はベストな選択をできる。しかも、集められた便は、さまざまな病気がどのようにして起きるかを調べる、格好の道標となってくれている。

ただ、これはあくまで保険。一番大切なのは、心身ともに健康であるために、腸を正常な状態に保つことなのである。そのためには日々をどう暮らすかも含めて、何をすべきかを、いま一度考えてみたいものだ。