睡眠改善、やる気アップも。フィットネスがメンタルを整える5つの理由
ココロ(メンタル)の乱れを感じたならば、フィジカルを通じて整えよう。なぜフィットネスがメンタルに効くのか、5つのトピックで紹介する。
取材・文/井上健二 監修/久末伸一(千葉西総合病院)、久野譜也(筑波大学人間総合科学学術院)
初出『Tarzan』No.811・2021年5月27日発売
目次
① 気分の落ち込みには、何よりも運動が効く。
心身のコンディションにホルモンが与える影響は大きい。なかでも、メンタルと深く関わるのが、テストステロン。いわゆる男性ホルモンだ。
「テストステロンは、メンタル、フィジカル、セックスという3分野に関与します。なかでもメンタルでは、やる気や意欲を促す働きがあり、テストステロンが足りないと、うつや不安を訴える人が増加。男性では、いわゆる男性更年期を招きます」(千葉西総合病院で泌尿器科男性機能外来を担当する久末伸一先生)
テストステロンは女性でも副腎や卵巣などから分泌されており、同じようにメンタルに作用している。
コロナ禍で数々のストレスを抱えた挙げ句、酒量が増したり、睡眠時間が短くなったりしたというタイプも少なくないだろう。ところが、そうしたストレスフルな生活、多量の飲酒、睡眠不足を続けていると、テストステロンは急激に減りやすい。
減ると気分が落ち込むテストステロンを増やすのに、何が役立つのか。その答えこそ、運動なのである。
② 運動習慣をつければ、眠りの質は良くなる。
心身の疲労をリセットしながら、ご機嫌に保つには、質の高い眠りが不可欠。そのためにも、運動は欠かせない。
ヒトには、日が落ちて暗くなったら眠くなるという仕組みに加えて、長く起きていて疲れたら眠くなるという仕組みもある。日中に運動などでアクティブに過ごすからこそ、休息を促す睡眠圧が高まり、それが安眠につながるのだ。
事実、生物学の研究では、活発に動いて体重当たりのエネルギー消費量が多い動物ほど、睡眠時間が長くなることがわかっている。
そして、筋トレなどの運動で分泌されるテストステロンも、眠りに関与していることが判明している。
「テストステロンの分泌には日内変動があり、朝方は多くなり、日中になると下がります。ランチ後の眠気の一因は、テストステロン量の低下によるものだと考えられます」
また、久末先生のグループの研究によると、男性にテストステロンを塗り薬で補充してやると、補充しなかったグループと比べて、寝付きが良くなる、眠気が減る、昼間の元気度が上がるといったプラスの効果があったという(下グラフ参照)。
いずれにしても、良質な眠りでメンタルをポジティブにコントロールしたいなら、運動はマストなのだ。
③ 筋トレでテストステロンが増える。
やる気を出し、コロナ禍を元気に乗り切るには、テストステロンを増やしたいもの。ならば、筋トレだ。
「テストステロンをキャッチする受容体は筋肉に多く、テストステロンには筋肉を大きくする働きがある。筋トレをするとこの受容体が増えて、それにつれてテストステロンの分泌量もアップするのです」
有酸素運動でもテストステロンは増えるが、運動を終えると分泌量は元に戻る。それに対して筋トレを定期的に行うと、テストステロン濃度は高いままで維持されるという。
筋トレで筋肉を増やすには、タンパク質の摂取が奨められるが、テストステロン増量のために筋トレと並行して摂りたいのは、ニンニク、豚赤身肉、牡蠣、キャベツなど。
「生ニンニクのアリシン、豚赤身肉のビタミンB1とアリシンが結びついたアリチアミン、そして牡蠣やキャベツに多い亜鉛は、いずれもテストステロンの合成を促すのです」
どんな筋トレをどのくらいやるべきか?
テストステロン濃度を高めるには、どんな筋トレをどれほどやればいいのだろう。まずは部位に関して。
大きな筋肉(大筋群)を刺激し、筋肉を効率的に肥大させた方が、テストステロンを増量する作用は高い。具体的には下半身と背中の筋肉である。
なかでも、目を向けたいのは下半身。筋肉のおよそ3分の2は下半身に集まっているのに、「老化は足腰から」といわれるように、筋肉は下半身から減りやすい。下半身の筋肉は太く大きいため、それだけ力持ち。ならば老化にも強そうだが、力持ちゆえに、より大きな負荷を加えないと鍛えられない。運動不足だと下半身に大きな負荷はかからないから、筋肉がどんどん減っていくのだ。
続いて気になるのは、筋トレ時の負荷と頻度。
「筋肉を肥大させてテストステロンをV字回復させたいなら、一度に10回が限界という中程度の負荷で限界まで10回行い、それを3セットほど続けるのが効果的。それを週2〜3回の頻度で続けてみてください」
④ 筋肉が分泌する物質が、認知症をブロックする。
メンタルの在り処は、突き詰めると脳。運動は、その脳にもさまざまな刺激を与えてくれる。その鍵を握っているのも、筋肉だ。
「筋肉は、脳の指令を一方的に受けるだけだと思われていましたが、筋肉も脳に大きな影響を及ぼすことがわかってきたのです」(筑波大学人間総合科学学術院の久野譜也教授)
脳と筋肉の間を取り持つのが、マイオカインという物質。筋肉を作る筋細胞が分泌するもので、筋トレなどの運動で増えてくる。
なかでも、イリシンというマイオカインは、脳の神経細胞を活性化。脳の活動性を高め、認知症の予防につながることが示唆される。現在、65歳以上の高齢者の認知症の有病率は16.7%。6人に1人に上るから、運動で認知症が抑制できるなら、何ともありがたい話である。
さらに大切なのは、運動を介して仲間を作り、会話を楽しむこと。
「人とのふれあいは脳を活性化する。8000人以上を対象とした私たちの調査では、コロナ前と比べて60歳以上の約27%に認知機能の低下が見受けられました。外出自粛で運動量が落ち、人との会話も減ったことが関係していると考えられます」
⑤ 運動すると脳内でも、メンタルを整える物質が出る。
運動とメンタルの関わりを解き明かすうえでは、脳を作る神経細胞が分泌する神経伝達物質にもスポットを当てるべき。
「神経伝達物質は気分を左右します。なかでも重要なのが、セロトニンとドーパミンです」
セロトニンが不足すると、不安やうつに陥りやすく、うつ病患者ではセロトニンの分泌量が低下していることがわかっている。このセロトニンを増やすのに有効なのが、ウォーキングやジョギング、ダンスなどのリズミカルな有酸素運動である。
ドーパミンも、有酸素などの運動で分泌が増えてくる神経伝達物質。快楽や多幸感をもたらし、やる気や集中力を上げる作用が知られている。
セロトニンやドーパミンを増やすなら、辛すぎない負荷で運動するのがポイント。辛すぎる運動は長続きしないので、セロトニンやドーパミンを増やす効果も限定的だ。隣の人と笑顔で会話できるくらいの負荷を上限に、30分以上続けよう。