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“スリップインするだけ™”じゃない!《スケッチャーズ スリップ・インズ》快適学。
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世界が熱狂する奇跡のトレーニングは、熟練の指導者の観察眼から生まれた。
近年の世界的なHIITブームの先駆けが、タバタトレーニング(以下タバタ)。20秒の運動と、10秒の休息を6〜8セット繰り返すシンプルなトレーニングだ。今回、タバタその人である立命館大学の田畑泉教授に、リモートでインタビューできた。早速その成り立ちから教えてもらおう。
「このトレーニングを考案したのは、実は私ではありません。1988年頃、スピードスケートのナショナルチームのヘッドコーチだった入澤孝一先生(現・高崎健康福祉大学教授)が、代表選手に指導していたトレーニングだったのです。その有効性と科学性を私たちのチームが論文化したため、タバタの名で一人歩きを始めたのです」
入澤先生のトレーニングは、固定式自転車で行うものだった。スピードスケートと自転車には共通点が多く、自転車トレはスピードスケートの競技力向上に結びつきやすいからだ。
「入澤先生のトレーニングは、高強度のインターバルトレーニングの一種です。インターバルの歴史は古く、1950年代に中長距離で活躍したチェコのザトペック選手が取り入れて成果を挙げたことで知られています」
「ザトペックは陸上選手だったので、当然ランニングでインターバルを行っていました。ダッシュと、ペースを落として流して走ることを繰り返すのです。この流す部分を、インターバルと言います。そのインターバルを流さず、完全休息するのが入澤先生のやり方。専門的にはインターミッテント(間欠的)トレーニングと呼びます。
10秒間完全に休む間に、体内のエネルギー供給の環境が少し良くなります。だから、次のセットに全力で臨めます。タバタは、正確にはハイ・インテンシティ・インターバル・トレーニングではなく、ハイ・インテンシティ・インターミッテント・トレーニングですが、どちらも略称はHIITですね」
呼称はともかく、タバタがここまで普及したのは、何よりも効果的だったからだ。一体どこが優れているのだろう。
「ヒトのエネルギー供給源は、酸素を介した有酸素性のルートと、酸素を介さない無酸素性のルートの2つ。その両者に、同時に最大・最高の負荷がかけられるのが、20秒運動+10秒休息の組み合わせなのです。
20秒の運動は、最大酸素摂取量の170%という高い強度で行います。連続だと50秒程度しかできませんが、10秒の休みを挟んで6〜8セット行うと、120〜160秒間できます。それにより、高強度で刺激される無酸素性システムに加えて、有酸素性システムも活性化できて持久力が上がるのです」
ここで俄然気になるのは、20秒と10秒という絶妙なカップリングを、入澤先生はどうやって発見したのかという点である。
「私が入澤先生に伺ったら、“20秒までは選手の目は生き生きしているのに、それを超えると生き生きしなくなるんです”とおっしゃっていました。指導経験が豊富なスーパーコーチならではの観察眼から生まれた方法なのです。
インターバルではダッシュする時間より、流す時間の方が長い。もしも選手に任せたら、10秒運動+20秒休息という逆の楽な組み合わせになっていたことも考えられます。それではおそらく同様の効果は期待できないでしょう」
タバタの大きな謎の一つが、日本発のオリジナルなトレーニング法であるにもかかわらず、海外で先に有名になり、逆輸入の形で日本でも脚光を浴びるようになったことだ。それにはどのような経緯があったのだろう。
「私たちは、入澤先生のトレーニングについて90年代初頭に学会で発表したり、論文投稿したりしています。99年には、スポーツ指導者向けの雑誌でも記事にしましたが、残念ながらあまり注目されませんでした。ひょっとしたら内容が少し難しすぎたのかもしれません(笑)」
一方、英文でも発表された先生の論文に飛びついたのは、フィットネスが日本よりも盛んだったアメリカだった。
「最初、アメリカ西海岸の筋トレマニアたちが、筋トレを含む高強度の運動が持久力向上にも効果的ということで話題にするようになり、ブログやチャットで“TABATAって誰だ?”というやりとりが交わされるようになりました。次いで、アメリカ東海岸の若手医師たちが、多忙でも短時間で結果が出せる科学的なトレーニングとして実践し始めたようです」
マニアや医師といった限られた枠を超えた広がりの予兆を先生が感じたのは、2004年にアメリカで本誌と似た立ち位置のフィットネス誌『メンズ・フィットネス』に記事が出たとき。以来、全米で人気に火がつく。
「どこで調べたのか、研究室に掲載誌が送られてきました。私たちの論文を基にアメリカの運動生理学の専門家が記事を書いており、内容は正確でした」
それから遅れること10年。2014年に、『ターザン』はようやくタバタを取り上げる。
「その記事が出てから、NHKの番組にも紹介されて、日本でも徐々に知名度が上がりました。40社以上の出版社から書籍化の依頼が舞い込み、以前からタバタに興味を持ってくれていた編集者のリクエストに応えて初めて一般向けの本を一冊書きました。2015年です」
アメリカから流行り始め、タバタはヨーロッパ、ロシア、ブラジル、アジアへと拡散。全人類が直面しているコロナ禍でも、世界中で大いに役立っている。
「コロナ禍で外出制限やロックダウンが実施されて、運動不足に陥っている人が世界的に増えています。その解消にインドアでもできるタバタが有効という論文がいくつも出ています」
タバタの広がりは嬉しい反面、先生にはぜひ正したい誤解が大きく2つあるという。
1つ目は、タバタだけで楽に痩せるという誤解である。
「タバタで消費できるのは1回120キロカロリー前後。これは運動中に消費する分に、運動後24時間で消費するEPOC(運動後過剰酸素消費量)、DIT(食事誘発性熱産生)まで含む値です。ウォームアップとクールダウンをしっかり行えば、最大1回約200キロカロリーは消費できるかもしれません。
それでも週2回なら1週間の消費エネルギーは最大400キロカロリー。ビール中ジョッキ2杯でチャラですから、タバタのみで痩せるというのは、明らかにミスリーディング。逆に運動して筋肉量が増えたら、体重が増えるケースもあり得ます」
でも、タバタで間接的に痩せる可能性はあるとおっしゃる。
「持久力が向上すると活動的になるので、二次的に痩せることは考えられます。私の周りにも、“先生のタバタで痩せました”という人は案外少なくない。中高年の肥満者が、タバタで痩せたという論文もあります。
タバタでは脂肪を代謝する酵素の活性が上がり、脂肪を代謝する筋肉細胞内のミトコンドリアも増えますから、体脂肪を燃やしやすい体質になるということは言えると思います」
解いておきたいもう一つの誤解は、20秒運動+10秒休息×6〜8回というやり方さえ守れば効果があるというもの。
「タバタでは、最大酸素摂取量の170%前後の高負荷で運動し、6〜8セットで疲労困憊するまで追い込む必要があります。より手軽な心拍数で語るなら、最高心拍数の90%程度、30代なら毎分170拍以上に上がれば、“本当にタバタをやりましたね”という感じになる。
真のタバタは1日に1セットやれば、2セット目はできないはず。海外のブログなどで“タバタを1日3セットやった”などと書かれているのを見かけると、きちんと理解されてないと感じます。
タバタプロトコルという言い方もありますが、あえてタバタトレーニングと呼んでほしいのは、プロトコルとはやり方や手順のみを意味しており、負荷などの質が考慮されない恐れがあるからです」
とはいえ、先生は真のタバタ以外の存在を、まるで認めていないわけではない。
「初心者は、最初にどのくらいの強度でやればいいかがわからないとおっしゃいます。そこは迷わず、思い切り全力でやってください。
仮に、インドアのバーピーでタバタに挑み、1セット目は全力で20回、6〜8セット平均で15回できたとします。ならばその7掛け、つまり10回を8セットやるように努力しましょう。厳密にはタバタではありませんが、それでも持久力向上などの成果が期待できます」
いまもHIITの探求を続ける先生の研究テーマの一つは、タバタの負の側面。ワクチンに副反応があるように、運動にもプラスとマイナスの面がある。タバタのプラス面のみならず、マイナス面も明らかにしようというのだ。初めに取り組んだのは、がんリスクとの関わりだ。
「“適度”な運動が、大腸がんの予防に有効というエビデンスはたくさん出ています。しかし、高強度の運動を含むタバタは、“適度”な運動なのかという疑問があります。高強度の運動は免疫を一時的に下げるので、発がんリスクが高まる心配もあります。
偶然にも国立がん研究センターの理事長が高校の同級生だったので、タバタと大腸がんリスクに関する共同研究を行う運びになりました。ラットによる実験の結果、私の予測に反し、タバタは“適度”な運動と同程度の大腸がん抑制効果があるとわかりました」
最後に、タバタにはこれからどのような展開を望んでいるのか、先生の思いを伺った。
「運動習慣が健康にポジティブな影響を与えることがわかっています。タバタがその運動の選択肢の一つになればいいと願っています。タバタの利点は、各人の体力に応じて実践できる点。負荷は絶対値でなく、その人の最大酸素摂取量の170%です。
“私にもできますか?”と聞かれることも多いのですが、そのたびに“あなたができるレベルでやってください”とお答えしています。高齢者が行っても、他の“適度”な運動と比べてリスクが高いわけではない。私自身、今年64歳ですが、週1回は愛犬の散歩の途中でタバタを実践しています。
運動マニアだけでなく、より幅広い層が習慣にしてくれたら嬉しいですね」
取材・文/井上健二 撮影/小川朋央
初出『Tarzan』No.807・2021年3月25日発売