まんがで学ぶ、免疫にまつわる17のキーワード

ネットワークを張り巡らし、悪いヤツから守ってくれるありがたい免疫。でも、免疫力は高いほどいいわけではないんです。

取材・文/井上健二 イラストレーション/コルシカ

初出『Tarzan』No.788・2020年5月28日発売

免疫システムを学ぶ

① そもそも免疫とは?

新型コロナウイルスで改めて注目されるのが免疫。そもそも免疫とは、一度罹った病気に二度と罹らないか、罹っても軽く済む働き。大きく自然免疫と獲得免疫がある。

② 自然免疫

自然免疫は生まれつき備わっているもの。物理的バリア、化学的バリア、細胞性バリアという3段階がある。

物理的バリアは皮膚の角質、気道の粘液、口の唾液、目の涙など。外敵に立ち塞がる物理的な壁となる。これらの部位には殺菌性の化学物質が含まれ、化学的バリアとして働く。

この2つのバリアを乗り越えて侵入した病原体には、待機するマクロファージや樹状細胞などの白血球が対応。殺菌物質を出したり、病原体を食べたりする。それでもダメなら、好中球や単球といった白血球が新たに駆けつけて病原体の働きを弱めたり、殺したりする。これが細胞性バリア。病原体を食べるマクロファージ、好中球、単球などを食細胞という。

③ 獲得免疫

獲得免疫は、生後に感染症に罹りながらゲットする免疫。リンパ球と樹状細胞という2種類の白血球が主役となる。リンパ球にはBリンパ球とTリンパ球があり、Tリンパ球にはキラーT細胞とヘルパーT細胞がある。

樹状細胞は、標的となる病原体特有の「抗原」という成分を取り込み、キラーT細胞とヘルパーT細胞に情報を伝える。情報を元に、キラーT細胞は病原体に感染した感染細胞を殺す。同時にヘルパーT細胞はB細胞に対し、抗原に合わせたオーダーメイドの武器である「抗体」を作るように命令を下す。

ある抗原に反応したT細胞とB細胞はメモリーT細胞、メモリーB細胞となり、リンパ節などに留まる。これが「免疫記憶」。次に同じ病原体が侵入すると両者が素早く増殖して対応するため、病気に罹りにくくなるのだ。

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④ ワクチンが効くメカニズム

感染症に対し免疫力を上げる確実な方法は、ワクチンを接種すること。新型コロナウイルスが怖いのはワクチンができていないからだ。

ワクチンとは、病原体やその毒素の力を弱めたり、なくしたりした人工製剤。ワクチンを接種すると、病原体に罹患したときと同じようにその成分を樹状細胞が取り込み、T細胞とB細胞を刺激して免疫記憶が成立。標的とする病原体に感染すると、獲得免疫がスピーディに対応するので病気に罹りにくい。

ワクチンは獲得免疫だけではなく、自然免疫も高める。とくにワクチンの効果を高めるために、同時に付与する免疫増強剤(アジュバント)は自然免疫を強く活性化する。

⑤ 集団免疫

昭和25年まで日本人の死因の第1位は結核だったが、現在では死者は年間2,000人ほどになった。これはBCGというワクチンの接種により、結核に対する細胞免疫を持つ個人が増えた結果、社会全体が結核に強くなったから。これは「集団免疫」と呼ばれる現象だ。

最低どのくらいの抗体保有者がいたら、集団免疫ができるのかを「集団免疫閾値(いきち)」と呼ぶ。集団免疫閾値を左右するのは、感染力。一人の感染者が何人に感染させるかという「基本再生産数(R₀)」で表す。感染力が強くR₀が高いほど、集団免疫閾値は高くなる。たとえば、はしかは感染力が極めて高く、R₀が12〜18、つまり一人が12〜18人に感染させる能力があるため、全体の83〜94%が免疫を獲得しない限り、集団免疫は成立しない。

⑥ 訓練免疫

一般的なインフルエンザのR₀は1.4〜4.0で集団免疫閾値は30〜75%。誰も免疫を持たない新型コロナウイルスは全体の7割ほどが感染して抗体を得て、集団免疫が成立するまで感染拡大は終わらないともいわれる。

だが、新型コロナウイルスで大きな被害を受けたイタリアの感染率は約20%。感染の震源地となった人口1,100万人の中国・武漢でも感染者は10万人。仮にその10倍としても感染率は10%を切っている。どういうことか。

この謎を解く鍵を握るのは自然免疫。集団免疫では獲得免疫ばかりが注目されていたが、自然免疫もこれまでの感染の経験による記憶で自然免疫が高まる「訓練免疫」があり、それが十分高ければ、獲得免疫に頼らず新型コロナウイルスを撃退できる可能性もありそう。

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⑦ ウイルスと細菌と真菌の違い

ヒトの体内に侵入すると病気を引き起こす病原体には、細菌、真菌、ウイルスがある。

細菌は1個の細胞からなる。大きさもヒトの細胞の10分の1程度。真菌は単数または複数の細胞からなり、細菌よりサイズが大きい。

細菌と真菌の違いは遺伝情報を伝えるDNAやRNAなどの核酸を収める核があるか、ないか。核がないのが細菌、あるのが真菌だ。細菌にはコレラ菌、結核菌、破傷風菌、真菌にはカビ、水虫を起こす白癬菌などがある。

ウイルスは細菌や真菌と違い細胞を持たず、大きさも100分の1程度しかない。細菌も真菌もDNAとRNAを両方持つが、ウイルスはDNAかRNAのどちらか一方しか持たない。ウイルスは単独では生存できず、細胞内に侵入して乗っ取り、自らの遺伝情報に基づいたタンパク質を作って増殖していく。

⑧ エンベロープとノンエンベロープ

ウイルスとは、遺伝情報を伝える核酸を、カプシドというタンパク質の殻で囲んだもの。その外側にエンベロープという脂質の二重膜構造を持つエンベロープウイルスと、持たないノンエンベロープウイルスがある。インフルエンザウイルス、新型を含むコロナウイルス、麻疹ウイルス、ヘルペスなどは前者、ノロウイルス、ポリオウイルスなどは後者だ。

アルコールはエンベロープを破壊するので、インフルエンザや新型コロナウイルスの予防に最適。石鹼に含まれる界面活性剤もエンベロープを破壊できるので、アルコールがない場合は石鹼で入念に手洗いするだけでもOK。

⑨ 抗生物質と抗ウイルス薬と抗体

細菌には抗生物質が効く。抗生物質とは、他の微生物の生育を邪魔するために微生物が分泌する物質。本来抗生物質とは、自然界で発見された抗菌成分や微生物が作る抗菌物質。現在の抗生物質は化学的に合成されたものが大半なので、抗菌薬という表現が正確だ。

抗生物質は細菌向けでウイルスには効かない。ウイルス感染で防御力が落ち、細菌に感染した際は抗生物質も投与されるが、そうした二次感染がないのに予防的に抗生物質を使うと抗生物質が効かない耐性菌が生じて危険。

ウイルスに有効なのは、抗ウイルス剤。ウイルスを攻撃する力はないが、ウイルスが細胞に寄生してそこから脱出するプロセスなどを邪魔する。感染拡大防止がおもな狙い。新型コロナへの効果が期待される《アビガン(成分名ファビピラビル)》も抗ウイルス剤だ。

細菌にもウイルスにも有効なのは、感染やワクチンへの免疫反応で体内でオーダーメイドされた抗体。風邪もインフルエンザも最終的には自ら作った抗体の活躍で快方へ向かう。

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⑩ インフルエンザとコロナウイルス

インフルエンザウイルスのうちヒトで流行するのはA型とB型。エンベロープ表面にHA(ヘマグルチニン)とNA(ノイラミニダーゼ)という糖タンパク質があり、その組み合わせで免疫が作る抗体が異物として認識する性質(抗原性)が異なる。

コロナウイルスは球形で表面に多くの突起があり、形が王冠(クラウン)に似るため、ギリシャ語で王冠を意味するコロナという名が付いた。突起の正体はエンベロープから突き出すスパイク状の糖タンパク質だ。

⑪ 新型コロナウイルスは何が新型?

ヒトに風邪を起こすコロナウイルスは従来4種類あった。それとは別に他の動物からヒトに感染するようになったものが、新型コロナウイルス。コウモリから感染したSARS(重症急性呼吸器症候群)コロナウイルス、ヒトコブラクダから感染したMERS(中東呼吸器症候群)コロナウイルスがあり、コウモリから感染したとされる今回の新型コロナウイルス(COVID-19)が新たに加わった。

コロナウイルスもインフルエンザウイルスも季節ごとに微妙に変化する。ヒトは遺伝情報の複製ミスを修正する仕組みを持つが、ウイルスは原始的すぎて同様の仕組みがなく、ランダムに形が変わる抗原ドリフトを起こす。このため過去の抗体もワクチンも効きにくい。

新型と呼ばれるインフルエンザやコロナウイルスは、抗原シフトという現象で生じる(新型コロナが抗原シフトで生じたかは不明)。一つの細胞に複数のウイルスが感染し、雑種ウイルスが出現。表面の抗原が刷新されるため、ほとんどの人が免疫を持たず、世界的な規模で流行するパンデミックが起こる。

免疫システムを学ぶ

⑫ 免疫力を測定するのは難しい

免疫がアップしたかどうかを鑑定するのにいちばん使われるのは、血液中のNK細胞やTリンパ球の数。でも、これらが増えても、免疫が上がったとは言い難い。血中で活動するリンパ球は全体のわずか2%。その数の変化が、免疫の強さを反映するわけではない。

加えて免疫は明暗のリズムを刻む体内時計の支配下にあり、免疫細胞の数は日中に増えて夕方以降は減る。いつ測るかで血液中の免疫細胞の数はガラリと変わるから、それだけでは免疫機能は正確には評価できないのだ。

⑬ 免疫力と病原体の強さのバランス

感染症に罹るかどうかは、免疫力の強さと、病原体の強さのバランスで決まる。

免疫力の強さは、自然免疫と獲得免疫のトータルパワー。病原体の強さは、体内に侵入した病原体の量と、病原体の感染力の強さを掛け合わせたもの。いくら免疫力を高めても、病原体の強さが強力だと感染症に罹る。イタリアでは、新型コロナと不眠不休で戦っていた医師が100人以上亡くなった。睡眠不足やストレスで免疫力が下がったところに、新型コロナに晒される機会と時間が長く病原体の攻撃力が強くなりすぎたからだろう。

⑭ 免疫力は高いほどいいわけではない

免疫力が病原体より強いと感染症の危険は去るが、免疫力は高いほどいいわけではない。

免疫は自己と非自己を区別し、病原体のような非自己を見つけて排除する。でも、自己と非自己の区別は不完全。正常な細胞を誤って攻撃することもある。そうした免疫の暴走を防ぐのが、リンパ球の一種の制御性T細胞。

過剰な免疫に制御性T細胞などでブレーキがかからなくなると、自分の正常な細胞を攻撃するリンパ球の数が増えすぎて組織を破壊する。これが自己免疫疾患。関節リウマチ、膠原病、1型糖尿病、多発性硬化症などだ。

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⑮ アレルギー疾患と免疫の関わり

花粉症や食物アレルギーなどのアレルギー疾患も免疫の暴走による。自己免疫疾患は免疫細胞が正常な細胞を攻撃して生じるが、アレルギー疾患は病原性のない無害な物質(アレルゲン)に免疫が過剰に応答して生じる。

アレルゲンと接する機会が多い皮膚や粘膜にはマスト細胞(肥満細胞)が控えており、細胞の表面にIgEと呼ばれる抗体をアンテナのように張り巡らせる。アレルゲンはIgEに合体すると、マスト細胞が刺激されて炎症の元となるヒスタミンなどの化学物質が分泌されてアレルギーの症状が出てくるのだ。

⑯ 慢性炎症が万病を招いている

昔は感染症で死ぬ人が多かったが、ワクチンの開発と公衆衛生の向上により感染症で死ぬ人は減ってきた。代わりに増えたのが、心臓病、脳卒中、がんなどの生活習慣病。免疫は実をいうと生活習慣病にも関わる。

背景にあるのは、免疫の暴走。具体的には慢性炎症だ。炎症も実は免疫の一種。異物が侵入すると、マクロファージなどが炎症を促すサイトカインを分泌する。この炎症性サイトカインで周囲の細胞が活性化され、免疫反応を促す。炎症で細胞が傷つくと、そこから傷害関連分子パターン(DAMP)が分泌される。それが全身の細胞の異物センサーを刺激して免疫反応が促され、本来一過性の炎症がダラダラ続いて慢性化。臓器の機能不全と代謝の乱れなどから、生活習慣病を起こす。

慢性炎症を起こすきっかけは、糖質、脂質、塩分、アルコール、カロリーの過剰摂取。これらが多い加工食品やファストフードを控えるなど、まずは食生活の改善を心がけたい。

⑰ なぜ免疫でがんは防げないのか

日本人の死因の1位はがん。がんは、突然変異による遺伝子の異常や、遺伝子変異を伴わない異変などで、正常な細胞が異常な増殖能力を得たもの。免疫でがんは防げないのか。

がん細胞には「ネオ抗原」と呼ばれる目印があるが、免疫反応を起こす力が弱い。加えてがんは、免疫の暴走を防ぐ制御性T細胞を増やし、免疫を抑える悪知恵も働く。

こうしたやっかいながんに、ワクチンで対抗しようという動きがある。ワクチンは通常予防のために用いられるが、がんワクチンは治療目的。がん患者から取り出したTリンパ球から、遺伝子工学的な手法により、ネオ抗原を認識してがん細胞を攻撃するCAR-T細胞に作り替えて戻すという方法などがある。

PROFILE

宮坂昌之(みやさか・まさゆき)/大阪大学免疫学フロンティア研究センター招へい教授。大阪大学医学部教授、同大大学院医学系研究科教授などを歴任。2007〜08年日本免疫学会会長。著書に『免疫力を強くする』(講談社)など。