糖質だけじゃない! 脳を活性化させる栄養の摂り方
糖質がないと脳は働かないが、糖質だけで働くわけではない。ではどうすればいい? 公立諏訪東京理科大学の篠原菊紀教授にお話をお聞きしました。
取材・文/井上健二 撮影/谷尚樹 イラストレーション/中村純司
初出『Tarzan』No.783・2020年3月12日
脳は「大食漢」。
脳の重さは体重の2%前後。体重65kgなら1,300gに相当する。それなのに、脳は1日に消費している総カロリーのおよそ20%を使っている大食漢でもある。1日の消費カロリーが2万キロカロリーだとするなら、4,000キロカロリー。体重65kgだと、6kmのランとほぼ同等の消費カロリーである。
仕事で頭から煙がモクモク出るくらい脳を使う日もあれば、休日のようにリラックスしてぼんやり過ごす日もある。どう考えても頭を使った方が脳の消費エネルギーも増えそうだが、実際はあまり変わらない。
「脳の消費エネルギーの80%ほどは、ぼんやり過ごして脳が意識的に活動していないデフォルト・モード・ネットワーク(DMN)のときのもの。意識して頭を使わなくても、脳はエネルギーを求めるのです」(公立諏訪東京理科大学の篠原菊紀教授)
DMNでは脳が内向き&自省的になり、それまでインプットした情報のリソースをランダムに組み合わせて新たな閃きを生み出してくれる。
「新しいアイデアが欲しい!」と焦ってキリキリしているときは何も浮かばないのに、コーヒーブレイクでひと息ついている最中に突如課題解決の糸口が見つかったりするのは、DMNのおかげなのである。
脳が好むのは糖質。ただし…。
筋肉が筋肉細胞の固まりなら、脳は脳細胞の固まり。脳細胞を正式には神経細胞、ニューロンと呼ぶ。脳全体でニューロンは1,000億個もある。そのエネルギー源は何か。
人体でエネルギーになるのは、糖質、脂質、タンパク質という3大栄養素のみ。
一般的にニューロンは、そのうち糖質しかエネルギーにできないとされる。糖質は3大栄養素のなかでいちばんエネルギーに変わりやすいからだ。脳の活動がストップすると困るから、脳には糖質を優先的に取り込む仕組みが備わる。
細胞がエネルギー源とするのは、血液中を流れる糖質である血糖。筋肉などの細胞が血糖を取り込むには、糖質を摂って血糖値が上がると膵臓から分泌されるインスリンというホルモンの手助けがいる。ところが、ニューロンは血糖値が上がるだけで、インスリンがなくても(インスリンにも反応するが)、血糖を取り込んでエネルギーに変えられる。
加えて脳の疲労感を抑えて集中力を高めたいなら、糖質以外の栄養素も同時に摂取した方がいい。糖質が働くにはビタミンやミネラルの作用が不可欠だし、ニューロンの活動にはタンパク質や脂質も必要だからだ。
ケトン体も脳のエネルギーになる。だが移行期がある。
糖質制限食がブームになった際、アンチは「脳は糖質しかエネルギーにできないから、糖質を制限すると頭が働かなくなる」と叩いた。でも、この批判には2つの誤りがある。
第一に、ニューロンが糖質を好むのは事実だが、その他にも脂質由来の脂肪酸やケトン体もエネルギーにできる。ケトン体とは、糖質やエネルギーが足りなくなると、肝臓で脂肪酸から作られる物質だ。
第二に、カラダには脂質やアミノ酸から糖質を作り出す糖新生という仕組みがある。ニューロンの大好物の血糖が不足しないようにバックアップしているので、糖質を制限しても脳が血糖不足に陥る恐れはない。
とはいえ、3食で糖質を長年たっぷり摂っていた人が、突如糖質制限食を始めたとすると、ハナから脂肪酸やケトン体を脳のエネルギーとして使ってスムーズかつ十分な糖新生が利用できるとは限らない。
「脳には可塑性があり適応力は高いので、脳科学者としての直感では、最終的にはケトン体でも脳は働けると思う。ただ、まだ不慣れな適応期間中には、脳のパフォーマンス低下が起こり得る。糖質を制限した食生活に完全に慣れるまで、脳力がダウンする可能性はあるのです」
認知症は脳が糖質を使えない「脳の糖尿病」だ。
日本人の糖尿病人口(糖尿病が強く疑われる人)は1,000万人。30〜40代でもなりやすいから注意が求められる。そして糖尿病になると、将来認知症になりやすい。なぜか。
「認知症は”脳の糖尿病”とも呼ばれ、両者の関わりは深いのです」
細胞の基本的なエネルギー源は糖質であり、血糖だ。糖尿病の95%以上を占める2型糖尿病は、細胞に血糖を導き入れるインスリンの働きが落ち、血中に血糖が溢れて血糖値が高くなりすぎる病気である。
前述のようにニューロンはインスリンなしでも血糖を取り込めるが、糖尿病などの理由でニューロンが血糖を取り込めず、ケトン体なども使えないとエネルギー不足で働きが落ちて認知症に陥りやすい。その意味で「脳の糖尿病」なのである。
認知症の原因の半分以上を占めるアルツハイマー病も、2型糖尿病と深く関わる。2型糖尿病だとアルツハイマー病の発症率が2倍なのだ。
2型糖尿病では、インスリンの効き目が落ちるインスリン抵抗性が生じる。インスリン抵抗性の要因となる代謝ストレスにより、脳内でアミロイドβという特殊なタンパク質が溜まり、それがアルツハイマー病の引き金となっているらしい。