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再起を期す格闘家・堀口恭司に密着。そのトレーニングと超回復に迫る

誰もが「まさか」と絶句したあの衝撃的な敗戦後、格闘家・堀口恭司を彼の本拠地フロリダで取材。「僕は負けた後に強くなるんです」。そう力強く語りながら、“超回復”を期す彼の現在に迫る。

アメリカで最も学んだのが、練習の“無駄を省く”こと。

「堀口恭司、1ラウンドKO負け」。そんな驚きのニュースが日本中を駆け巡ったのは8月18日。RIZINとアメリカ・ベラトールのタイトルをダブルで持つ、総合格闘技シーン屈指のビッグネームが、ゴングからわずか68秒で新鋭ファイターの狙い澄ましたカウンターに沈んだ。

そして近年最大級のインパクトを残したその“アップセット”から、2週間と少しが経った9月某日。再起を期す堀口選手を訪ねてアメリカ・フロリダ州ココナッツクリークにある彼の拠点〈アメリカン・トップチーム〉(以下ATT)の本部に向かった。

「回復」をテーマにあらゆる視点からリカバリーの重要性を探っていく雑誌『ターザン』Vol. 774。その冒頭でトップアスリートにリアルな体験談を聞くなら、今の彼ほどふさわしい存在はいないだろうと考えたからだ。

堀口恭司
フロリダ州ココナッツクリークのアメリカン・トップチーム本部の外観。全米屈指の規模、設備を誇る。

普段から人当たりのいい堀口選手だが、アメリカに“帰ってきた”安堵もあったのだろう。いつも以上に明るい表情で取材班を迎えてくれた。周囲の外国人ファイターたちからは、尊敬の眼差しとともに「キョウジさん、お帰り!」としきりに声をかけられる。今やここが彼のホームなのだ。

「いつも試合を終えてATTに戻ってくると落ち着きますし、“さあ、やるぞ!”というスイッチが入りますね。もともと“堀口弱い”なんて書かれても全く気にしないタイプではありますが、ここにいるとそういう雑音も一切届かないので(笑)。

しかし今回は試合からかなり日数が経っていたのでウズウズしてましたね。普段は試合直後から軽い運動をすぐに始めて汗を出しつつ、1週間ほどで通常のトレーニングに向かうというルーティンでやっているのですが、今回はドクターから脳のダメージを考慮して2週間はしっかり静養、その後1週間はジョギングなどの軽い有酸素運動から始めて、トータル1か月くらいはカラダの様子を見ながら徐々に強度を上げていくように指示されていましたので」

そんなわけでちょうどこの日が練習解禁日となった堀口選手。本人の言葉にもあるように、段階としては試合で受けたダメージからの回復具合を見ながらの軽いメニューではあったが、ここATTで普段行っているトレーニングの一部を実践してくれた。

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堀口恭司のトレーニングメニュー
ストレッチなどを組み合わせた準備運動4から始まり、

堀口恭司のトレーニングメニュー
重りを付けた台車を引くロープトレ、

堀口恭司のトレーニングメニュー
パンチのパワーを生み出すメディシンボール3、バーベル挙げと続く。

堀口恭司のトレーニングメニュー
この日の格闘トレはシャドー、

堀口恭司のトレーニングメニュー
サンドバッグ打ちと軽めに。

ストレッチなどの入念な準備運動から始まり、縄跳び、ロープ引き、メディシンボール、そしてバーベル挙げと、休養明けのカラダをゆっくり呼び覚ますようにフィジカルトレーニングを行う。

その後オープンフィンガーグローブを装着してのサンドバッグ打ち、そして久々に“オクタゴン”に上がると、じっくり、かつ丁寧に、リングの感触を確かめながらシャドーを数分間こなす。

ちなみに、ATTにおける堀口選手の一連のトレーニング風景は彼のYouTubeチャンネルでも見ることができるのでぜひチェックしてみていただきたい。

無駄な練習が選手生命を縮める。

さて、プロフェッショナルの総合格闘家にとってリカバリーが大事なのは何も今回のような試合後に限った話ではない。最新設備を備えたATTで日常的にハードワークをこなす堀口選手は、むしろ毎日のトレーニングのクオリティを高めるために常に心がけていることなのだそう。

「アメリカに来て一番変わったのがリカバリーに対する意識かもしれません。日本でやっていた頃は“自分を追い込まないと強くなれない”“こんなところで休んでる場合じゃない”という考えに支配されて、カラダを休める、回復させるという考えがほとんどなかったですから。

もしもその感覚のまま続けていたらとっくにカラダが壊れて格闘家としてのキャリアは終わっていたと思いますよ。

こっちでは、とにかくコーチからオーバーワークにならないよう口酸っぱく注意されるんです。“お前、昨日は何セットやったんだ。4〜5本だって!? だったら今日はもう絶対にやらせないぞ”って。練習したがりの僕だけに最初はかなり戸惑いましたけれど、“無駄な練習はしない”というスタンスを徹底的に叩き込まれたので今は慣れました」

堀口恭司のある一週間のトレーニングメニュー
ある一週間のトレーニングメニュー/フィジカルはもちろんボクシングから柔術まで全ての格闘トレを1か所でできるのがATT最大の利点。1セット約1時間半。筋トレは週3回行う。

ATTでの堀口選手は、あくまで一例だが上の表に記載したような練習スケジュールで1週間を過ごす。

「月曜から金曜まではレスリング、ボクシング、キック、柔術、そしてMMA(総合格闘技)をバランスよく盛り込んだ3部練習。でもそれぞれ1時間半くらいで、ダラダラとはやりません。土曜日は、試合前なら肺活量を上げるためのサーキットトレーニング、それ以外の期間は軽めのスパーリングという感じですね」

大体試合の1か月半から2か月ほど前に、ヘッドコーチであるマイク・ブラウン氏からウィークリーメニューが提示されるのだという。

レスリングコーチのスティーブ・モッコ氏
レスリングコーチのスティーブ・モッコ氏。アメリカ代表として五輪出場経験を持つ実力派だ。

「レスリングならスティーブ(・モッコ)というように、セクションごとにコーチがいて、彼らみんなで相談しながら理にかなったメニューを作ってくれています。

ただ、コーチたちは常に外にも目を向けながら新しい技術や練習方法を研究しているので、有効だと思ったメニューは週の途中でもどんどん投入されますね。日曜日はお休みですが、ジョグなどで軽くカラダは動かしますね。

どうしても疲れたなという時は完全オフ。平日でも本当に疲れたなと感じたら思い切って休んだりプールに行ったりもします。自分を追い込みすぎないことが何より大事ですので」

要はオン=ハードトレーニングとオフ=リカバリーのメリハリこそがカラダと精神のバランスを整え、ひいては格闘家寿命を延ばす最大の要因になるということ。

「格闘技だけじゃなく他のスポーツにも当てはまると思いますが、アメリカにはなぜかメンタルが異常に強いアスリートが多いと思いません? それって多分、彼らの中で、目の前の試合を全力で頑張りさえすれば後に楽しいことが待っているという考えが浸透しているからだと思うんです。

日本のように練習も試合も、毎日毎日とめどなくきつい状態ではやっぱりカラダも精神ももたないですよ(笑)。ここのコーチや選手たちは、そのあたりのメリハリのつけ方が本当に上手だなと感心しますね」

あの敗戦が「リカバリー」を見直すきっかけになった。

ここからは、トレーニング以外、いわゆるオフの時間を利用して堀口選手が自主的に取り組んでいるリカバリー術について掘り下げていこう。実はATT本部の2階には世界中から集うトップファイターたちのための居住フロアが設けられている。

ほとんどのファイターたちが試合の1か月〜1か月半前の集中トレーニング期間に合宿所として利用しているのだが、“12号室”だけは常に埋まっている。そこが所属ファイターでただ一人、特例で通年利用が認められている堀口選手の部屋。彼がATTの中でも特別なリスペクトを得ている存在であることがわかる。

部屋でリカバリーグッズを使用する堀口選手。

「最初にここに放り込まれた時は英語も全くわからなくてどうしようかと思いましたが(笑)、今はとても快適。我が家のように感じています」

部屋にお邪魔すると、さまざまな“日用品”としてのリカバリーグッズや、プロテインがずらり。

「練習以外の時間は、クルマで近所の食堂に出かけたり、たまに疲れが少ない時に趣味の釣りをするくらいで、ほとんどの時間をこの部屋で過ごしていますよ(笑)。練習後のプロテイン摂取やストレッチをこまめに行うのは基本中の基本。

最近、特に疲れの出る箇所には、電動のマッサージグッズをよく使っていますね。練習後から寝る前にかけて、ベッドやソファに座りながら入念に筋肉をほぐすようにしています。これらの道具を取り入れてからは翌日の動き出しにかなり違いが出ましたし、週の後半も疲れが溜まりにくく、質のいいトレーニングができています」

加えて、最近心がけるようになったのが食事面。一人暮らしのため必然的に外食が多く、今まではむしろその内容にも無頓着だったそうだが、8月の試合後から栄養士をつけることになった。そのつど食べるものの写真をメールで送り、栄養バランスを考えた食事を摂るためにアドバイスを受けているという。さらには、日本からカラダのケアをする整体師を呼ぶ準備も進めているそうだ。

部屋でリカバリーグッズを使用する堀口選手。

「僕も30歳手前。やはり若い頃の回復速度をいつまでもキープできないな、ということに気づけたのは、この前の敗戦がきっかけ。勝ちが続いている時って、“勝っているからそのままでいい”という考えになりがち。

ここ最近は試合間隔も短かったので、じっくり自分のカラダのリカバリーやメンテナンスについて考えることを怠っていたところもありました。そういう意味でも、負けてよかった、とまでは言えませんが、そのことで自分ともう一度向き合うことはできました。キックの試合を除けば6年半負けていなかったと思うと、随分長い間、立ち止まれていなかったなぁと。そりゃ当然、カラダの変化はありますよね(笑)」

当然、胸には悔しさが溢れていることだろう。しかし堀口選手自身も語るように、もしかしたら、リカバリー力を高めるきっかけになったという点でここがキャリアのターニングポイントになるかもしれない。

「僕はいつも、負けた後に強くなっているんですよ。だから今回も楽しみにしておいてほしいですし、僕自身も楽しみです。次の試合はたぶん年末。そこで僕が勝つとまた格闘技が盛り上がると思いますから、シナリオとしては最高じゃないですか。“超回復”した堀口、いや、回復前よりアップデートした堀口をお見せできるように頑張りますので!」

堀口選手愛用のリカバリーグッズの数々。

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電動マッサージガン《ハイパーボルト》
首や腿の筋膜などをピンポイントでほぐす電動マッサージガン《ハイパーボルト》。

〈ドクターエア〉のマッサージロール&ボール
〈ドクターエア〉のマッサージロール&ボール。ロールは腰まわりに。

プロテインは〈HALEO〉の《ハイパーリロード》
プロテインは〈HALEO〉の《ハイパーリロード》を愛用。練習後に摂取。

日本で大量購入してきたという堀口恭司の釣り用品
日本で大量購入してきたという釣り用品。休日に釣りに没頭するのも堀口選手にとって重要なリカバリー法の一つだ。

PROFILE

堀口恭司(ほりぐち・きょうじ)/1990年、群馬県生まれ。アメリカン・トップチーム所属。2010年に修斗でプロデビュー。UFC挑戦を経て17年より“逆輸入”ファイターとしてRIZINで活躍。現在はRIZINバンタム級とアメリカ・ベラトール世界バンタム級のダブル王者。自身のYouTubeチャンネルも人気。

取材・文/徳原海 撮影/田中大海

(初出『Tarzan』No.774・2019年10月10日発売)

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